34 憧れの人
「ようこそ、『ステラ・マリス』へ」
「『ステラ・マリス』……?」
「ああ、そうだよ。君は冒険者なんだろう? この店の名前ぐらい聞いたことがあるんじゃないか?」
「あっ……」
以前ギルドに出入りしていた時、冒険者の人たちが良く口にしていた店の名だ。
(確か、すごく上質のポーションが買えるお店っていう話だったような気が……)
「もしかして、ポーションを売ってたりします?」
「そのとおり。そのポーションを作っているのが、この僕」
グッと親指を向けた先、顔の造作はやはり印象に残らずぼやけたままだが、その表情に既視感を覚える。
「私、貴方に以前お会いしていますよね?」
「そう思うかい?」
「はい。あの”世紀の大マジック”の時に──」
「ご名答」
そう答えた途端、目の前で男の外見が一瞬で変化した。現れたのは、一度見れば忘れないド派手なオレンジ色の髪に、緑色と黄緑色のオッドアイ。エリザベートが憧れてやまない、ジュール・ポワティエその人だった。
「ジュール様!?……やっぱり……!!」
「"やっぱり"?……気づいていたのかい?」
「薄々ですけど。見た目と魔力の波長に、ズレがあると感じていたので」
「ほう。さすがはシュタインベルク家のお嬢様だ」
「……!!」
まさか、正体がバレていたとは。警戒するように周りを確認するエリザベート。ジュールはその様子を軽く笑い飛ばした。
「ここに入った時に結界を張ってある。気づいただろう」
「ええ。でも、追われている身なので、用心するに越したことはないですから」
「僕が君をアーデル国に突き出すメリットは一つもない。むしろ、魔法界には必要不可欠な人材だと思っているくらいだ」
「本当ですか?」
「ああ。本当だとも」
憧れのジュールに認められて、エリザベートは喜びを隠せないようで口元をニヨニヨさせている。少し前までの警戒度MAXの雰囲気からはかけ離れた様子に、ジュールは苦笑しながらも胸の奥が温かくなるのを感じた。
(……やはり生まれ変わっても、彼女の本質は変わっていない。明るく素直で探求心があって努力家、優しくて可愛らしい、私の──)
「あっ、あの。ジュール様」
「──うん? なんだい?」
釣り目気味の大きな紫色の瞳に見つめられて、不覚にもジュールの鼓動が跳ねる。しかしそんなことはおくびにも出さずに、にっこりと微笑んだ。
「ジュール様は、奥様とか恋人とかいるんですか?」
「いないよ。最近はここを拠点にしていることが多いけれど、基本は根無草だからね。特定の相手は作らないようにしているんだ。……とはいえ、僕も男だからね。全くそういう話がないわけではないけどね」
「それは……メリルさん、とか……?」
メリルというのは、ステラ・マリスのウェイトレスで、ボンキュッボンのお色気美女。彼女目当てに飲みにくる男性客も多いらしい。冒険者達の中では、マスターとデキているともっぱらの噂だった。
「彼女は既婚者だよ。知らなかったのかい?」
「ええ!?てっきりマスターとそういう仲だと…」
「もしそうだったら、どうするんだい?」
「もしそうなら、ジュール様に弟子にしていただくことは諦めようと思います」
「……君は、僕の弟子になりたいの?」
「はい」
「恋人ではなく?」
「こっ、恋人なんて畏れ多い!!いえ、弟子でも十分畏れ多いんですけど、そっちの方がまだ可能性はあるかと」
ジュールは大人の男で、お尻の青い小娘であるエリザベートなんて相手にしてもらえるわけがない。とはいえ、弟子になるにしても、もし妻や恋人がいたなら若い女が周りをうろつくことにいい気はしないだろう。そう思っての質問だった。
もじもじし始めたエリザベートを見てクスリと笑ったジュールが、彼女の耳元に唇を寄せた。
「弟子にする話、考えてもいいよ。ただし条件がある」
「なっ、なんですか?」
ビクリと身体を震わせたエリザベートの腰を引き寄せたジュールが、色気たっぷりに囁く。
「様付けはやめてくれるかな?ジュール、と呼んでくれないか?」
「そんな、畏れ多いです」
「……僕は君が思っているような立派な人間ではないよ。人より少しばかり魔力の扱いに長けているだけさ」
「で、でも…」
「呼ばないなら、この話は無しだ」
「呼びます!呼びますから!!」
「じゃあ言ってごらん?……ほら」
「っ……ジ、ジュール」
「うん。何だい、エリザベート?」
「あ、あの……もう少し、離れてはいただけないでしょうか?」
「ダーメ。これも弟子としての修行の一つだよ」
「ええ!?」
フフフ、と笑う吐息が耳にかかってくすぐったい。
(これ、どういう状況…?今、私の耳にジュール様の息がかかるほど近づいて……!?)
憧れの人が至近距離にいるという異常事態に脳が思考停止しかけたところで、さらにジュールから追加攻撃が落とされる。
「可愛いなぁ、プルプル震えちゃって。この前一緒にいたエヴァン君…だっけ? てっきり彼と恋人なんだと思ってたけど、違うの?」
「ちっ、違います! 彼は、その……同じ目的のために旅をしている、同志みたいなもので」
正確に言うと、友達以上恋人未満、といったところか。エヴァン、つまりシュテファンからは好きだと告白されているものの、エリザベートはまだ自分が彼のことが好きなのかよく分からないままだった。
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