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32 エリザベート、行方不明になる

「……来ないね」

「そうですね。我々が検問所を過ぎてから、かれこれ一刻は経っています」

「歩いて来ているとはいえ、かかり過ぎだよね。何かあったのかも」


 一足先に宿屋に着いたシュテファンとゲオルグだが、しばらく経っても残りの二人が来る気配がない。さすがにおかしいと感じ始めた頃、ドタドタと階段を上って来る音がした。


「……」

「……」


 いつでも魔法を放てるように手のひらに魔力を集め、息を殺して足音の主を待つ。数拍の間の後、ドンドンとドアを叩く音がした。


「エヴァン、グロウ! 俺だ、ガッシュだ。開けてくれ!」


 聞き覚えのある声に、室内の二人は顔を見合わせた。


「魔力の波動も本人で間違いないね」

「……開けてもよろしいですか?」

「いいよ」


 ゲオルグがドアを開けると、汗まみれでいつもよりさらに暑苦しい男が立っていた。焦り顔の男の背後にさっと目を走らせたシュテファンが、整った眉を寄せる。


「……何があった? リジーは?」

「それがですね──」

「とりあえず入ってください、ガッシュ」

「あ、ああ……そうだな」


 ゲオルグに促されて部屋の中へ入ったハンスが、驚くべき速さでシュテファンの前に滑り込んだかと思うと、ガバッと床にひれ伏した。


「申し訳ありません、殿下! お嬢とはぐれてしまいました!!」

「…………」


 頭を床に擦りつけたまま、微動だにしないハンス。険しい顔でじっと足元の男を見下ろすシュテファンの後ろで、ゲオルグがため息をついた。


「何があったか話してください。このままでは何も分かりませんから」

「そうだね。ちゃんと順を追って説明して」

「……はい、わかりました」


 目の前の男を殴りつけてやりたい気持ちはあるが、そうしたからといって事態が良くなるわけでもない。まずは話を聞いてやろうと、シュテファンは椅子に腰を下ろした。ハンスはもちろん床に座ったままである。


 シュテファン達と別れてからのことをハンスが話し始める。いろいろと突っ込みたい部分は多かったものの、シュテファンはとりあえず最後まで黙っていることにした。

 ハンスの話を聞き終えてからもしばらく言葉を発しなかったシュテファンが、自身の指輪に嵌った魔石に指で触れながら口を開いた。


「エリーが転移陣を発動させたとき、僕の指輪に転移するって言ったんだよね? 何の反応もなかったんだけど」

「ええっ、そんなはずは……確かにお嬢は殿下の魔石と繋げると……」

「──で、君だけがこの宿の近くに飛ばされて、エリーはどこへ行ったか分からない、と」

「申し訳ありません……」


 ハンスはシュタインベルク家傍流の出身のため魔力はあるが、あまり魔術には詳しくない。落ち込みうなだれる男を見下ろしたシュテファンが、自分なりの仮説を立ててみる。


「エリーは、魔術に関してはアカデミアでも1、2を争う実力の持ち主だ。いくら切羽詰まっていたとはいえ、移動陣を繋げる魔術の構築を間違えるとは思えない。そして、僕の持つ魔石にも異常は感じられない」

「ということは、つまり……?」

「エリーの持つ魔石に何らかの異常が生じたか、移動する際に誰かからの妨害を受けたか。考えられるのは、この二つだと思う」

「誰かからの、妨害……」


 シュテファンの出した答えに、ハンスが呆然と呟く。同じくいくつかの可能性を考えていたゲオルグが、シュテファンに発言の許可を求めた。


「殿下、私からもよろしいでしょうか」

「いいよ。なに?」

「この街へはそもそもジュール・ポワティエの指示でやってきました。ということは、彼奴がエリザベート様の移動陣を妨害して、自分のところへ移動させたと考えるのが妥当なのではないでしょうか?」

「うん、実は僕もそう思っていた。そんな芸当ができる奴なんて一人しか思いつかないし、あいつは明らかにエリーに興味を持っていたからね。……エリー本人にその自覚はないみたいだけど」

「では……今お嬢はジュール・ポワティエと一緒にいるということですか?」

「うーん、可能性としてはそれが一番濃厚かな。……あいつの仕業だとしたら、君にはどうすることもできないよ。だからそんなに責任を感じる必要はない」

「ですが──」


 まだ納得していない様子のハンスに、シュテファンがぴしゃりと言った。


「どうしても反省したいと言うなら、知り合いの騎士がいることに動揺して、尾行者を付けられるような不審な態度をとったことを反省するんだね」

「……はい、本当に申し訳ございません。以降気を付けます」

「まあ、君の反省は置いておくとして。これからどうするかな……」


 さっきからこの近辺に探査魔法を発動しているが、エリザベートの魔力は引っかかってこない。おそらくジュール・ポワティエが結界でも張っているのだろう。


(エリーを見るあいつの目は、完全に男の目をしていた)


 今この瞬間にも、自分の魅力に無自覚で初心なエリザベートが、あの男の毒牙にかかっているかもしれない。


(くそっ……ようやくエリーに意識してもらえるようになったっていうのに)


 じりじりと身を焼くような焦燥感に苛まれながら、シュテファンはエリザベートを探す手立てがないか必死に考えを巡らせていた。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

前回の最後に「第四章はこのお話で終了です」と書きましたが、構成の都合上もう一話追加することにしました。

次回からは第五章になる予定です。

よろしくお願いいたします。


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