31 追手からの逃走
小さくなっていく馬車を見送りながら、エリザベートとハンスはのんびりと歩き出した。何かトラブルがあれば、どちらかから合図が来ることになっている。
シュテファン達から特に合図もないまま国境へ着いた二人は、検問所の列に並んだ。
(どうか無事に抜けられますように……)
検問所の兵士はエリザベート達がアーベル国出身だと見ると、別室に行くよう指示してきた。言われた通りの部屋に入ると、他にも数人待っている人達がいた。
「前に通った時にはこんなことはなかったのに」
「ああ、あれだろ? あの懸賞金がかかってるっていう……」
「シュタインベルク家の令嬢と第二王子よね?」
「まだ見つかってないのかよ。ほんと、迷惑な話だぜ」
「疚しいことがないなら、さっさと自分から申し出ればいいのにね」
「疚しいことがあるから逃げてんだろ?」
「じゃあ、やっぱり魔女ってこと?」
「そうなんじゃない? 私前にちょっとだけ見たことがあるんだけど、綺麗なんだけどすごく冷たい感じで、なんか魔女っぽかったよ」
「え~? 俺は綺麗なら魔女でもいいけどなぁ」
「でも魔女って生気を吸い取るんだろ?」
「マジで!? 一回でいいから氷のような美人に吸い取られてみてぇ~」
「何バカなこと言ってんのよ!」
「あははは!」
(世間ではこんな風に思われてるんだ……)
怒りでプルプルと震えるハンスを密かに宥めながら、エリザベートは自分が思ったよりも冷静なことに驚いた。エルンストからの手紙で、実はゾフィーが魔女だと分かってしまったせいか、どちらかというとゾフィーにいいように利用されている王家に対する怒りの方が強い。
「静かにしろ! これから一人ずつ本人確認を行う。終わった者から出ることを許可する」
入ってきた騎士が、尊大な態度で告げる。エリザベートの隣から小さい声で「ゲッ」と言うのが聞こえた。
「……何? 知り合い?」
「アカデミアの同級生です」
「うーん、ちょっとマズイかもね。……顔の印象が分からないようにするから、オドオドせずに自然にしていてくれる?」
「わかりました」
髪と目の色は変えられるが、顔の造作そのものは変えられない。エリザベートは騎士から見えないように自分とハンスの顔の印象をぼやけさせる魔法をかけた。
「……次! そこの2人」
「はい」
最後に残ったエリザベート達を見て、騎士がピタリと動きを止めた。頭から爪先まで何度もジロジロと見られて、心地悪いことこの上ない。落ち着かない様子で視線を動かす自分の護衛騎士を見て、エリザベートの背中を冷汗が伝った。
「お前達は兄妹ということだが、アーベル国ではどこに住んでいる?」
「は、はい……王都の郊外のエリンゲン地区です」
「ほう……ヴァルキニア帝国には何の用事で来た?」
「知り合いが結婚式を挙げるので、それに参加するためです」
「なるほど。……お前、どこかで聞いたことがある声だな。俺の知り合いに似てる」
「そっ、そうですか。そりゃ光栄だ」
「…………」
じーっとハンスを見ていた騎士が、ふと視線をエリザベートの方へ移した。
「お前達、兄妹なのにあんまり似ていないな」
「ええ、よく言われます。私は父親似で、兄は母親似なので」
「……そうか。もう行っていいぞ」
(危なかったー……)
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、検問所を抜けてから違和感を覚えたエリザベートは辺りを見回した。
目で見た限り怪しい所はないが、念のため探索魔法の範囲を広げてみる。すると、少し離れた場所からついて来る人物がいることが分かった。
「……後を尾けられてるわ」
「えっ……マジですか」
「うん。距離にして……200メルといったところかしら」
メルというのは前世の地球でいうところのメートルとほぼ同じ距離。ダッシュしてもハンスなら逃げ切れるが、エリザベートには多分無理だ。
「どうしようかしら……」
「……お嬢。移動陣って決まった場所にしか移動できないんでしたっけ?」
「基本的にはそうね。でも、私のネックレスとシュテファンの指輪を繋げられれば移動できると思うわ」
「それって今できます?」
「……やってみるわ」
あらかじめシュテファンの指輪に付いている魔石の周波数は把握している。あとはチューニングすればいいだけだ。
歩きながらではさすがに難しいため、道端に積んである干し草の陰に隠れて全神経を集中させた。
(あともう少し……ここの魔術式を直して……)
一般的な魔術式をカスタマイズする作業を続けていくと、カチリと嵌った感覚がした。
「うん、できた!」
「え、早くないですか?」
「私を誰だと思ってるの?……行くわよ」
「はいっ!」
姿を見失った尾行者が慌てて近づいてくるのが分かる。空間移動の途中ではぐれないようハンスの腕をしっかり握ってから、移動陣に魔力を流す。尾行者との距離がさっきの半分ほどになったところで、エリザベートのネックレスが眩い光を放った。
狭い空間に閉じ込められてグルグルと振り回されたように耳がキーンとする。
「う、わわ……っ!」
「目を閉じていた方がいいわよ…………って、あれ……?」
トン、と足が地面に着いたのを感じてエリザベートが目を開けると、そこは何処かの室内のような薄暗い場所だった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
第四章はこのお話で終了です。
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