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3 兄と妹

 いつものように王太子妃教育を受けるために訪れた王城で、エリザベートは2つの嫌疑をかけられた。一つは、フランツがゾフィーに贈ったネックレスを盗んだというもの。そしてもう一つが、エリザベートが魔女であるというもの。


 魔女というのは世界を破滅に導く邪悪な存在で、聖女が召喚されるきっかけとなった世界の荒廃の元凶と言われている。


 それにしても、何故突然フランツはエリザベートが魔女だなどと言い出したのだろう?ネックレスの件にしても、妃教育を受けている間に預けていた荷物の中から出てきたのだからどう考えても不自然なのに、フランツはエリザベートの話を聞こうともしなかった。


(いくらあの王子がボンクラだといっても、さすがにおかしすぎる。……一体何が起こっているの?)


 部屋の外からは、捜索に来た騎士のものと思われる声がまだ聞こえている。犯罪者などの捜索に使われる探索魔法は、体内に流れるごく微量の魔力でも漏れなく拾う。そのため、対象者が魔法を使えない平民であっても正しく機能する。ましてや膨大な魔力を有するシュタインベルク家の者であれば、反応しないはずがない。


「おい!この部屋には、何があるんだ?」

「こちらの部屋は、使わない家具などがある物置部屋のようなものです。ネズミや猫が紛れ込んでいる可能性もありますが、何か反応がございますでしょうか?」


 執事の落ち着いた声が扉のすぐ向こうで聞こえてくる。部屋のソファーの上でじっと息を潜めて様子を窺っていると、一緒にいる騎士らしき人物の苛ついたような声が聞こえた。


「いや……わかった。もうここはいいから、他の階を案内しろ」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 遠ざかる足音が聞こえなくなったのを確認して、静かに息を吐き出す。ひとまずは何とか追手を撒くことができたらしい。さすがは天下のシュタインベルク家の魔道具。


(……これからどうしよう?私もジュール様のように大陸を旅をしようかしら?)


 国境に検問が敷かれる前に、少しでも早く国を出た方が良さそうだ。最初に行くのは何処の国がいいだろうか?


 西にあるラフィーネ国はジュール・ポワティエの出身国なので一度は行っておきたい国の一つだが、なんといっても地理的に近すぎる。なので、とりあえず却下。

 その南にある神聖カロナ国は、この大陸で主に信仰されているカロナ教の本拠地である。国の中心にある聖ドミンゴ教会はとても美しいドーム型の教会で有名な観光地でもあることから、ここも行ってみたい国の候補の一つ。


 方角を変えて東には、肥沃な大地を持つラングル連邦。ここはいくつかの自治国から成り立つ連邦国家で、多少の力の差はあるもののおしなべて豊かで住みやすい国が多いと聞く。

 北には、通称"魔女の森"と呼ばれる広大な森林地帯が広がる。魔物が多く生息し人が住める土地ではないため、どの国にも属さない中立地域である。

 そしてこの森のさらに北にあるのが、大陸の中でも一番の強大な力を持つ国、ヴァルキニア帝国。その昔魔女によって荒れ果てた大地を元の状態に戻すため聖女を召喚した国である。


 (ヴァルキニアは街も綺麗で交通網も発達していると聞くけれど、直接行くためには魔女の森を通らないといけないのよね……)


 それならやはり最初に行くべきなのは、ラングル連邦だろうか?ラングル連邦の北東部からなら、森を通らずにヴァルキニア帝国に行くことができる。


 頭の中がすっかり旅行モードになっていたエリザベートだったが、前触れもなく鳴ったコンコンという控えめなノックの音に身体を強ばらせた。


「エリー?……私だ。エルンストだ。ひとまず捜索隊は帰ったから、開けてくれるかい?」

「お兄様…!」


 大好きな兄の声を聞き間違えるはずがない。エリザベートは躊躇うことなく『無の間』のドアを開けた。

 兄は、未だかつて一度もエリザベートに不利益になるような行動を取ったことがない。案の定待ちきれない様子で開けられたドアから入ってきたエルンストが、力強くエリザベートを抱きしめた。


「ああ、エリー……!だから私は、あの能無しとの婚約には反対だったんだ。全く、父上が陛下に余計な忖度などするからこんなことに…」

「余計な忖度…?」

「いや、いい。エリーが気にするようなことではないよ。問題は、あの馬鹿な王太子がお前に濡れ衣を着せて捕らえようとしていることだ」


 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、それは兄によってあっさりと流されてしまった。部屋にしっかりと鍵をかけてから、エルンストはエリザベートをソファーへと促した。


(それにしても、馬鹿だの能無しだの……お兄様のフランツ殿下に対する評価は散々ね)


 王家側からは王太子の側近になるよう再三要請が来ているにもかかわらず、エルンストは研究が忙しいことを理由にずっと断り続けている。しかし今回こうしてエリザベートが罪人と決めつけられた以上、もうその要請が来ることもないだろう。


「私は検問が敷かれる前に、国を出ようと思うの。どうせフランツ殿下のことは嫌いだったから、これでせいせいするわ」

「エリー……お前がいないなんて耐えられないが、それでも地下牢に入れられるよりは遥かにマシだ。私はお前が無事でいてくれれば、それが何よりなのだから」

「ありがとう、お兄様。私は前から憧れていた旅に出られてむしろ嬉しいけれど、私が罪人として追われることになれば、この家も無事では済まされないわよね?」

「ああ、そのことなんだが……」


 暗い顔をしたエルンストが、エリザベートの手を握った。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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