22 魔女と聖女
その日泊まる宿に着いてから、エリザベート達は改めてこの先の予定を話し合った。冒険者パーティーという体なので、シュテファンが王子といえども特に高級というわけではなく、冒険者がよく利用するありふれた宿だ。
ベッドと小さなテーブル一つしかない簡素な部屋で、地図を広げたシュテファンにハンスが尋ねた。
「お二人が会ったという男は、本当にあのジュール・ポワティエなんですかね?」
「多分ね。見た目は噂に聞いていたものとは全く違っていたけど、彼ほどの腕前ならばそこは何とでもなるだろう」
「……追っ手の罠という可能性は?」
「もちろんそれも考えたよ。でももしそうなら、エリーを箱に移動させた時点で捕えているはずだ」
「そう思わせて一旦油断させておいて、俺達をタシャソワに誘き寄せて確実に全員を捕えるつもりなのかも……」
珍しく深読みするハンスに、エリザベートが目を丸くした。
「ハンスにしてはやけに慎重じゃない?」
「そりゃあ……あんな御触れが出回るくらいですからね。さすがに慎重にもなりますよ」
「それだけ陛下も本気だということなんだろうけど……どうしてそこまでして私を捕らえたいのかな?」
王太子フランツと聖女ゾフィーの婚約発表からしばらくして、これまでエリザベートとシュテファンだけだった手配書に新たにゲオルグとハンスの名前も加えられた。そのため最近では、エリザベートの魔法で残りの2人も変装している。
元が焦茶色の短髪のハンスは肩までの長いブロンドを一つに束ねた髪型に、背中まである緑色の長髪のゲオルグはなんと赤毛のモヒカンになっているのだが、これがどちらも意外に似合っている。
「これは僕の推測なんだけど、父上は僕達だけでなく君とゾフィーのことも試している気がするんだよね」
「……どちらが魔女かってこと?」
「それだけじゃない。エリーが聖女という可能性もあるだろう?」
「でも……私、聖なる力なんて使えないよ」
「ゾフィーだって使えるのかどうか怪しいよね」
「…………」
エリザベートが聖女の生まれ変わりだということは、誰にも話していない。何せエリザベート自身、そのことを思い出したのがほんの数年前なのだ。記憶も曖昧で、未だに自分の名前さえ思い出せていない。
聖女に関する本には、彼女の名前や年齢、何処から召喚されてきたかなど個人的な情報は一切載っていない。書物から分かるのは、聖女の生前の功績と最期に魔女を封印して命を失ったこと、そしてガザリンドにある教会に埋葬されているということだけ。
千年もの昔の、伝説の存在──それが聖女に対する一般的な認識なのだ。にもかかわらず、アーベル国王が聖女の生まれ変わりを確信できる理由は何なのだろう?
「そういえば、最近大陸のあちこちで奇妙な事件が起きていると耳にしました」
「昨日まで元気だった人間が、突然衰弱死するってやつだろ?」
「ええ。どうやら教会は、それらを魔女の仕業だと主張しているようですね。魔女というのは、人の生命力を自分の魔力として取り込むことによって生き存えることができると言われていますから」
ゲオルグとハンスの会話を聞いていたエリザベートの頭の中に、一つの可能性が浮かんできた。
(もしかして、国王陛下は聖女復活と魔女の封印が解けるタイミングが同じことを知っている?)
だとしたら、エリザベートを魔女と名指しした自称聖女ゾフィーの言葉も格段に信憑性を帯びてくる。
魔女がいるからこそ、聖女が必要とされるのだから。
思案するように手を顎の下にあてていたシュテファンが、顔を上げてエリザベートを見た。
「いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。兄上と僕のどちらが次の後継者として相応しいのか。そして、君とゾフィーどちらが聖女でどちらが魔女なのか。いつかはっきりさせなきゃいけないことは分かっているんだ」
「そうね」
「でも、それは今じゃない。そうだろう?」
「……ええ」
空色の瞳を真っ直ぐに見つめて頷けば、シュテファンは数秒の間エリザベートをじっと見た後、ふと目を逸らした。
(……あれ?)
普段ならここでにっこり微笑むところなのに、シュテファンの様子がいつもと違う。考えてみると、少し前からずっと機嫌が悪い気がする。エリザベートと目を合わせようとしないし、合わせたと思ったらこの調子だ。
(私、何か悪いことしたっけ?)
ジュール・ポワティエの術に逆らえず強制転移させられたことに関しては、油断していたと言わざるを得ない。まさかここにあれほどの魔術の使い手がいるなんて思わなかったのだ。それについてはエリザベートの落ち度なので謝るべきだと思うのだが、ずっと会いたかったジュールに会えたので結果オーライと言えるのでは……?
その後もエリザベートの方を見ようとしないシュテファンを不審に感じつつも、とりあえずジュールのメッセージどおりタシャソワに向かうことに決まった。
解散となりハンスとゲオルグが部屋から出ていったのを確認してから、エリザベートはそっとドアを閉めた。くるりと振り返り、地図を片付けているシュテファンに声をかける。
「ねえ、シュテファン。さっきからどうしたの?」
「どうって、何のこと?」
「ジュール様のメモよ。あの話をしてから、ずっと機嫌が悪いじゃない」
「……君って、こういうことに関してすごく鈍いよね」
「こういうこと?」
「…………はぁ」
大仰に溜息を吐いてみせるシュテファンに些かムッとしつつ、エリザベートが口を尖らせた。
「要するに、私の都合で行き先を決めようとしているのが気に入らないってこと?」
「違うよ」
「じゃあ何なの?」
シュテファンが何が気に入らないのか本気でわからない。不満顔から困惑顔へと変わったエリザベートを、地図を片付け終わったシュテファンがジト目で睨んだ。
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