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20 過去との邂逅

「……私、急いでるって言いましたよね?」

「いやあ、ごめんごめん。あまりに君が僕の好みだったものだからつい、ね」

「えぇ……?」


(そんな軽いノリで付き合わされたの? ものすごく警戒したのに、なんだか損した気分)


 抗議の気持ちをこめて非難めいた視線を投げたエリザベートだったが、後ろ頭を掻きながら返された言葉に力が抜けそうになってしまった。

 とはいえ、この男が上級魔法の使い手であることには変わりない。こちらへやって来たシュテファンの表情もいつになく険しい。


「あなたが好みなのは、この髪と目の色なんじゃないですか? 悪いけれど私の好みではないので、早いところこれを解いてくれませんか?」

「そんなにその色が嫌なのかい? さっきの色よりは似合っていると思うけど」

「……嫌です。あなた聖女様のファンなんですか? そんなに見たいのなら、アーベル王国に行くことをお勧めします」


 すげなく答えたエリザベートに、男がニヤリとした。


「君ほどの腕前なら、すぐにそんなものどうにかできるよね? 現にさっきの色だって本来の姿ではないだろう」

「……っ」


(やっぱりこの男、私が姿を変えていることに気づいてる……私達に近づいた目的は何なの?)


 警戒心MAXでジリジリと後退り始めたエリザベートに向かって、男は害意がないことを示すように両手を上げた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕は君達に何もするつもりはない」

「じゃあ、早くこれを戻して」

「分かったから、そんな恐い顔しないでよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」

「…………」

「……あれ? また警戒させちゃった? いや、参ったなぁ」


 男がヘラヘラと笑いながらパチン!と指を鳴らすと、一瞬でエリザベートの髪と目の色が茶色に戻った。


「リジー、そろそろ行こう」

「ええ」

「あ、ちょっと待って!」


 それじゃあ、と踵を返そうとしたエリザベートを男が呼び止めた。


「マジックに協力してくれたお礼に、これ持って行ってよ」

「……何の本ですか?」


 男が差し出してきた古い本にエリザベートは首を傾げた。


「初代聖女様の日記だよ」

「え……」


 確かに前世で自分は日記をつけていた。そのことを今、思い出した。その日記を何故この男が持っているんだろう?


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「もちろん。君にあげるつもりだし。……はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 受け取った本を入念に調べてみる。何かの植物らしき金色の模様が刻印された臙脂色の革表紙を見て、徐々に当時の記憶が蘇ってきた。


(そうだ……この日記帳には私が好きだった花を刻んでもらったんだ)


前世のバラとそっくりの植物の模様が描かれた表紙を開いてみるが、最初のページは真っ白のままだ。パラパラと捲ってみるものの、どのページにも何も書かれていない。


「……どうしてこれを私に?」

「その理由は君が一番よく分かってるんじゃない?」


(……この人、一体何を知ってるの?)


 自分が前世で聖女だったことは、エリザベート自身しか知らないはずだ。

 感情が読めない男の顔を見上げると、急に男の印象がぼやけたような気がしてエリザベートは何度か瞬きをした。


「それってどういう──」

「悪いけど、その質問には今は答えられない。時が来たら文字は読めるようになるはずだから、大切に持っててね」

「………」


 ただの通りすがりの魔術師だと思っていたが、ひょっとしてこれまでに会ったことがある人物だったりするのだろうか?

 今のエリザベートと同じような平凡な色味の髪と目をじっと見つめてみるが、全く記憶に引っかかってこない。


(ん? ちょっと待って……平凡な色……? って、まさか……!!)


「リジー……?」


 心配そうに声をかけてくるシュテファンに答える余裕がないほどに、動悸が激しくなってくる。


「貴方、もしかして──」

「また会おう、エ(・)リ(・)ザ(・)ベ(・)ー(・)ト(・)」

「──っ!?」


 不意に耳元で声がしたかと思うと、次の瞬間には男の姿は消えていた。


「は!? 消えた? 嘘だろう……」

「…………」


 男がいた場所を茫然と見つめるエリザベート。キョロキョロと周りを見渡すシュテファンが、そんな彼女を見て眉を顰める。それから小さく溜息をつくと、華奢な肩をそっと包み込むように腕を回した。


「とりあえずハンス達と合流しよう」

「…………ええ、そうね」


 シュテファンに促されるように肩を押されて、エリザベートはのろのろと歩き出した。


(さっき彼(・)が消える瞬間、全く魔術式の気配を感じなかった……)


 移動陣の発動時には多くの魔力を必要とするため、多少なりとも魔術式の気配を感じるものだ。それを全く感じさせずに発動するなどという芸当をやってのける人物なんて、この世に一人しか思いつかない。


「ねぇ、リジー。今の人って、もしかして」

「……うん。多分エヴァンが思ってる通りだと思う」


 長年憧れ続けてきた大魔術師が目の前にいたというのに、全く気づかなかった上に、かなり酷い態度を取ってしまった。


(でも、そもそも向こうから接触してきたんだし、私の名前を呼んでくれたってことは……弟子にしてもらえる可能性もまだ捨てなくていいんじゃ……?)


 何故彼がエリザベートの名前を知っているのか。そんなことは聞くだけ野暮だ。

 だって、彼は稀代の大魔術師ジュール・ポワティエなのだから。

ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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