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2 聖女、現る

 エリザベートが『無の間』に隠れてから間もなく、俄かに屋敷内が騒がしくなった。だんだんと近くなる荒々しい複数の足音や怒号に、自然とエリザベートの体にも力が入る。


 (もう追手が来たの?いくら何でも早すぎない…?)


 王城からシュタインベルク家までは、少なくとも馬車で30分はかかる。城の結界を抜けたところですぐに転移の魔法陣を起動したから、十分に時間は稼げたと思ったのに。


 (…ということは、やっぱり初めから私を投獄するつもりだったのね) 


 五大魔導爵家に生まれた者の中でも、エリザベートは特に魔力が多い。そのことは広く知られているため、彼女が未来の王妃となることに特に異論を唱える者がいなかったのだ。───そのはずだった、のだが。


 "ゾフィー・リンブレッドは、聖女の生まれ変わりである"


 そんな言葉が囁かれ始めたのは、一体いつからだったか。


  あれは、通称『アカデミア』と呼ばれる魔術学校に入学してちょうど一年が経った頃。滅多に入学できない平民であるにもかかわらず、一学年下の新入生ゾフィーは膨大な魔力を披露した。周りの生徒達が遠巻きに眺める中、魅入られたようにその姿を見つめ続けるフランツが呟いた一言を、エリザベートは聞き逃さなかった。


「聖女様……」


 (……聖女?大昔に異世界からやってきて、荒れ果てた大地に恵みをもたらしたという、あの伝説の……?)


 言い伝えによると、異世界からやってきた聖女は黒目黒髪であったという。奇しくもその言い伝えと同じ外見をしているゾフィーは、魔力以外には特に目立つところのない大人しそうな少女であった。


(ゾフィーが聖女の生まれ変わりって、そんなわけないじゃない。だって、聖女の生まれ変わりは───)


 「───この、私なんだもの」


 エリザベートには、周囲に秘密にしていることがあった。それは、エリザベートには前世の記憶があるということ。フランツが敬愛して止まない伝説の聖女は、西暦2000年代初頭の日本という国から召喚された転移者だった。


 そのことを思い出したのは2年前、エリザベートが15歳の時だった。見たことも聞いたこともない記憶が突如として頭の中に浮かんできて、初めは気がおかしくなったのかと思った。

 膨大な記憶の量を脳が処理しきれなかったのか、エリザベートは高熱を出して一週間ほど寝込んでしまった。熱が下がりすっかり回復した時、エリザベートは前の人格が自分と融合していることに気づいたのだった。


 それからエリザベートは、聖女に関してのありとあらゆる本を読み漁った。幸い聖女ラブなフランツが沢山のコレクションを持っていたことと、国中の本が所蔵された王城の書庫への出入りが許されていたため、読むべき本には事欠かなかった。

 おかげで、現在語り継がれている聖女像の中でも、事実と近いところ、事実とはかけ離れているところ、微妙に合っているところなど、いろいろ取り混ぜてあるものだということが分かった。まあ、えてして歴史上の人物などそういうものだとは思うが。


 フランツが幼い頃から聖女を崇拝していることは、エリザベートも知っていた。ただ、その傾倒っぷりが年々増しているのが少々気に掛かっていた。

 聖女の記憶があると打ち明ければ、フランツのエリザベートに対する態度は変わっていたかもしれない。しかし、エリザベートはそうしなかった。傲慢で性格の悪いフランツのことははっきり言って嫌いだったし、聖女への異常な傾倒ぶりを何だか気味悪く感じたからだ。


 そして、エリザベートの懸念は現実のものとなる。


 すっかり伝説の聖女に入れ込んだフランツは、エリザベートとの婚約を破棄することを独断で決めてしまった。代わりの婚約者として連れてきたのは、聖女の生まれ変わりと言われ、本人曰く"アカデミアで少しばかり親しくしている女子生徒"ゾフィー。


 (……いいえ、あれは"少しばかり親しい"なんていうレベルじゃないわ)


 ベタベタと腕を組んだり手を繋いだりなどというのは、まだ可愛い方だ。エリザベートの元にはお節介な生徒がひっきりなしに2人の様子を報告に来てくれるので、知りたくなくても耳に入ってしまう。


「2人が中庭の真ん中で抱き合っておりましたわ」

「廊下の隅で口付けしているところを見てしまいましたの」


 いちいちそんな報告をしてくれなくても、初めからフランツに興味など欠片も無い。昔から蛆虫を見るかのような目でエリザベートを見ていた、自分勝手で居丈高な王太子。こちらから頼んだ覚えなどないのに、まるで仕方なく婚約者にしてやったような物言いをされるのがいつも我慢ならなかった。


(あんたなんかこっちから願い下げよ!私には憧れの大魔術師ジュール様がいるんだから)


 大陸中を旅して回っているという稀代の天才魔術師、ジュール・ポワティエ。エリザベートは彼の大ファンだった。神出鬼没で滅多にお目にかかれないという彼の偉業を耳にするたび、その高みに少しでも近づきたくて鍛錬を積んできたのだ。


 これまで未来の王太子妃としてずいぶん窮屈な思いをしてきたが、婚約破棄されれば晴れて自由の身だ。───もちろん、このまま投獄されなければの話だが。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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