14 父の決意
「伝承によると、魔女は赤い髪に蛇のように光る黄色い瞳だとされていたな」
「左様にございます」
「今のところ他の国でも魔女の目撃情報は出ていないが、恐らく彼奴にとっては姿形を変えるなど造作もないことだろう」
「…仰る通りかと」
「とはいえ、私はエリザベートを幼少から知っている。赤ん坊の頃から姿形を変えてシュタインベルク家の娘に成りすますことも全く不可能とは思わないが、現実的には難しいだろう。……もしくは、何処かで本物のエリザベートと入れ替わったか」
「………それに気づかないほど我々が無能だと、そう仰るのですか?」
剣呑な光を帯び始めたアメジストの瞳を、国王は面白そうに見下ろした。
「エリザベートがフランツとの婚約に乗り気でなかったのは知っている。もし彼女が本当に魔女だったなら、あれの婚約者であった方が都合が良いだろう。そう考えると、これまでエリザベートが取ってきた態度とは辻褄が合わない。……他にもいくつか理由があるが、実のところ私はエリザベートが魔女かどうかについては少々懐疑的でな」
「では───」
もうエリザベートを追うのは止めてもらうよう進言しようとしたルードヴィヒを制して、国王が小さく手を挙げた。
「エリザベートをこの場に連れてきて、そなたにそれを証明してもらうのが良いのではないかと思う」
「───ここにエリザベートを……ですか?」
「左様。シュタインベルク家にある魔道具を使っても国中の腕の立つ魔導士を集めても、方法は何でもよい。ともかく、私の目の前でエリザベートが魔女でないことを証明して見せよ。そうすれば、彼女への疑いは自ずと晴れよう」
そうでないことを証明することは、そうであることを証明するよりも遥かに難しい。……いや、むしろほとんど不可能に近いと言ってもいい。それは先程のゾフィーの件がいい例だ。
聖女が使う癒しの力を見せられた人々は簡単に彼女が聖女だと信じた。しかし、もし仮にあれが癒しの力とは異なるということを誰かが証明したとしても、またそれ以外の証拠を持って来られればすぐにひっくり返ってしまう。
(このような無理難題をふっかけるとは……よほどシュタインベルク家が目障りとみえる)
この国の王家は代々、内政や産業、国防など国のあらゆる面で五つの魔導爵家に頼ってきたが、それと同時に彼らの力が強大になり過ぎないことに腐心し続けてきた。
エリザベートを王太子妃にと望む国王の要請には、シュタインベルク家の力を利用するだけでなく牽制の意味も込められていることは、ルードヴィヒも承知していた。
フランツの独断によりそれが無くなってしまった今、国王が違う形でシュタインベルク家に枷をはめようとしているのは明白だった。
「………かしこまりました」
「ほう?エリザベートをここに連れて来れるのだな?」
「なにぶん大陸は広うございますゆえ、時間はかかるかもしれませんが……」
「構わん。噂によると、私のもう一人の息子も彼女と行動を共にしていると聞く。そなたならば二人まとめて連れて来ることもできるであろう」
シュテファン王子のことはもちろんエルンストから聞いている。フランツはそのことを知らないようだが、さすがに国王の方が多くの情報を掴んでいるらしい。
「第二王子殿下については私が強制できる立場ではありませんのでお約束はできませんが……なるべく善処したいと思います」
「うむ、それで良い。フランツとシュタインベルク、どちらが先に二人を連れてくることができるか。楽しみにしているぞ」
「……御意」
満足げに頷いた国王に深く頭を下げて、ルードヴィヒは謁見の間を退出した。
(あのゾフィーという娘には絶対何か裏がある。まずはエルンストと相談だな)
フランツからの追手に捕まらないよう細心の注意を払いつつ、エリザベートには出来るだけ長い間逃げ延びてもらわなくてはならない。
彼らの大体の位置は把握しているものの、あとはエリザベートの運と実力、それから共に行動しているシュテファン王子の手腕に頼るしかない。
父親として今すぐに娘の汚名を晴らしてやることが出来ない無力さを感じつつも、何とか自分達にできることをやるしかないとルードヴィヒは腹を括ったのだった。
*****
まだ話が残っていると国王に留め置かれたフランツを置いて、ゾフィーは侍女と近衛騎士に付き添われて王太子の執務室に戻ってきた。
疲れた様子でソファーに腰を下ろすと、口々に褒めそやしてくる侍女達に曖昧な笑みを浮かべる。こうしておけば、大概は相手が適当に自分の都合が良いように解釈してくれる。
しばらくそうやって過ごしたあと、ゾフィーは侍女達に執務室内にある化粧室に行きたいと告げた。さすがに彼女達もここまでは入ってこない。
化粧室に入ったゾフィーは、壁にかかる大きな鏡に映る自分自身に向かって言い聞かせるように呟いた。
「もう少し……もう少しの辛抱よ。そうすれば貴方に会える。……早く会いたいわ……ユリウス……」
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