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12 聖女の条件

「失礼いたします。陛下が王太子殿下と筆頭魔導爵様をお呼びです」

「分かった。すぐに行く」


 王宮騎士の声に応えてフランツが返事をする。そして名残惜しそうに少女の手を離してから、流れるような仕草で細い顎を持ち上げ艶やかな唇に吸い付いた。

 明らかに人前でするには相応しくないディープなキスを続ける王太子に冷ややかな一瞥をくれてから、ルードヴィヒは立ち上がった。ドアの前で待っていると、たっぷり3ミル(約3分)ほど経ってからフランツの声が聞こえた。


「続きは戻ってからな、ゾフィー。今日もたっぷり可愛がってやるから、楽しみにしておけよ」

「……はい。いってらっしゃいませ」


 にやにやと締まらない口元には、少女のものと思われる口紅がベッタリと付いている。黙ってハンカチを差し出す専属騎士の様子から見るに、こういうのは日常茶飯事なのだろう。


 辟易しながら王太子と共に出ていったルードヴィヒの姿が見えなくなると、すぐに王太子付きの侍女が飛んできた。


「聖女様。お化粧直しを」


 されるがままに化粧を施されたゾフィーは、急激に眠気を感じて小さく欠伸を噛み殺した。


(ふわぁ……眠いわ……)


 アカデミアが夏休みに入ってから、ゾフィーはフランツに請われて王城に滞在していた。滞在用に充てがわれたのは来客用の部屋だが、実際にはほとんど王太子の部屋で過ごしている。

 とはいえ、やることといえばフランツの相手をすることぐらいで、基本的には何もない。本来なら聖女として祈りを捧げたり癒しを行ったりする勤めがあるのだが、神殿から再三要請が来ているにもかかわらず、全てフランツが却下していた。


 夜は連日フランツの相手をしていて、ここのところまともに寝ていない。仮眠を取るためゾフィーがベッドに横になろうとしているところに、再びドアが外からノックされた。


「……聖女様、国王陛下がお呼びです。直ちにお支度願います」


(国王が私を?一体何の用かしら……)


 二週間以上王城に滞在しているにもかかわらず、これまでゾフィーが国王夫妻と顔を合わせたことはない。今になって、それもわざわざエリザベートの父親がいる場所に呼ばれた意味を考えつつ、ゾフィーは呼びに来た騎士と共に謁見室へと向かった。


「ゾフィー!」

「………国王陛下にご挨拶申し上げます」


 部屋に入るなりフランツが駆け寄ってきたが、ゾフィーはそれに応えることなく国王に挨拶するため頭を垂れ膝を折った。


「顔を上げよ。……フランツがシュタインベルク家の令嬢との婚約を破棄して、そなたと婚約したいと申しておる。そなたの意思も同様と考えて良いか?」

「………はい」

「ゾフィー……!!」


 隣で感極まったようなフランツの声がしたがまるっと無視して、その代わりにゾフィーはフランツに良く似た黄金の髪とコバルトブルーの瞳を持つ美丈夫をじっと見つめた。30代後半の男盛りである国王には、フランツにはない大人の色香が漂っている。

 ゆっくりと瞬きした黒曜石の瞳と玉座の上の青い瞳。二つの視線が絡み合うのを見て何かただならぬものを感じ取ったのか、フランツが堪えきれずに声を上げた。


「っ……父上!このような場にゾフィーを呼び立てて、一体何をお考えなのですか?」

「そう騒ぐでない、フランツ。お前がこの娘を聖女だと言い張るゆえ、それをこの場で証明してもらおうと思ってな」

「証明……?」

「そうだ。………例の者達をここへ」

「はっ!」


 返事をした近衛騎士達が、みすぼらしい身なりの者達を数人連れてきた。ある者は脚を引き摺りながら、ある者は杖をついて付き添いの者に手を引かれ……と、明らかに身体に悪いところがある者ばかり。


(なるほど……この者達を癒やすことができれば、聖女として認めるということか)


 それまで部屋の隅で静観していたルードヴィヒは、この場にゾフィーを連れてきた国王の意図を汲み取って密かに口の端を上げた。事前に知らされない状態であれば、仕込みや言い逃れはできない。


「どういうことですか父上!?このような者達を国王の謁見室に入れるなど───」

「まぁ!なんとおいたわしい……!!」

「───え?ゾ、ゾフィー……?」


 猛然と父親である国王に抗議をしようとしたフランツが、近衛騎士に連れて来られた人々に駆け寄ったゾフィーを呆然と見つめる。玉座の上で長い足を組んで肘掛けに肘をついた国王が、面白いものを見るように目を細めた。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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