11 残された者たち
一方、その頃アーベル王国では──。
「エリザベートはまだ見つからないのか!」
「申し訳ございません。いろいろと手を尽くしているのですが、何しろあれは変装の名人ですので……」
「言い訳はいい。……そなた、娘可愛さにわざと逃がしたのではないだろうな?」
フランツにギロリと睨まれるも、ルードヴィヒは全く動じる様子もない。エリザベートが姿を消してから王太子の執務室に呼び出されるのは何度目かわからないが、ルードヴィヒはフランツの追及をのらりくらりと躱し続けていた。
「何故私がそのようなことを?娘を逃がしたとしても、私には何のメリットもありません」
「では、なぜ追跡できぬようにした?」
「殿下に疑いを持たれるような行いをしたエリザベートは、シュタインベルク家の恥。家門から追放するのが適当と五大魔導爵会議にて決定しましたゆえ、我が家門の保護魔法を解除いたしました。必然、追跡魔法も解除されてしまうのは致し方ないことかと」
ふむ…と顎に手をやり、何やら考えている様子のフランツ。そもそも未だ国王がエリザベートとの婚約破棄を認めていない以上、いくらフランツに追及されたとしてもルードヴィヒにとっては痛くも痒くもない。フランツは全くの馬鹿というわけではないものの、単純なため御し易くて非常に助かる。国のトップに立つ者としてどうなのかと問われれば、かなり微妙と言わざるを得ないが。
(王太子を丸め込むことなど造作もない。厄介なのはむしろ───)
豪奢な造りの王太子執務室で、ルードヴィヒは向かい合うソファーにいるもう一人の人物に視線を移す。伝説の聖女と同じ黒目黒髪の可憐な少女は、隣に座る王太子の上着の袖を遠慮がちに引っ張ると、口元を扇子で隠しながら何やら耳打ちした。
少女の言葉を聞いた王太子は、少し目を見張ったあと「確かにそのとおりだな。全く考えもつかなかった」と、感心したように大きく頷いた。
「我が聖女殿は美しいだけでなく、賢さも兼ね備えているのだな。プライドばかりが高く可愛げのない誰かとは大違いだ」
満足げに微笑みながら少女の腰を引き寄せて頬にキスを落としたあと、緩みきった表情を引き締めるように口元をきつく結んでフランツはルードヴィヒを再び睨み据えた。
「エリザベートはシュタインベルク家に戻っていないと聞いたが、本人がいなくても保護魔法は解除できるものなのか?」
(───痛いところを突いてくるな。この女……一体何者だ?)
扇子に隠れていて少女の表情は見えない。普通に学園で勉強しただけでは気づかないような矛盾点を確実に突いてくるゾフィーに対して、ルードヴィヒは密かに警戒レベルを引き上げる。
(エリザベートに相手にされていなかっただけのくせに、よくものうのうと……。国王に頼みこまれて仕方なく婚約者にしてやったというのに、恩知らずにもほどがある)
愛娘を貶める余計な一言を付け加えたフランツへ心の中で盛大に非難を浴びせつつも、それを全く顔に出すことなく返答を口にする。
「我が家の保護魔法がかけられた魔法石を身につけることによって保護魔法が発動する、というのが保護魔法の大まかな仕組みなのですが、それは屋敷内で管理されている魔法石が大元となっております。ですから、例え本人が離れていても大元で繋がりを断ち切ってしまえば、保護魔法の解除は可能です」
「そうなのか?」
「はい」
正確に言うと、実際は少しだけ違う。保護魔法がかけられた魔法石との繋がりを断ち切るには、片方からだけではなく双方で解除する必要がある。一番手っ取り早いのは、本人から魔法石を回収することである。しかし、今回ルードヴィヒはそうしなかった。両者の繋がりを断ち切ることなく、エリザベートの同意のもと保護魔法のみを解除したのである。そうしておけば、万一の場合エリザベートと連絡を取ることができる。ただしその場合は、彼女の居場所を王家に知られることになるが。
躊躇いもなく頷いたルードヴィヒを、フランツは信じることにしたようだ。なるほど、と呟いて、隣に座る少女の手を握って両手でさわさわと撫で始めた。「あっ…」と小さく漏れた声に気を良くしたのか、段々と手の動きが大胆になってくる。
「フランツ様……魔導爵様が居られますので……」
「なに、構わん。見せつけてやれば良いのだ。私がどれだけ聖女に心奪われているか分かれば、父上もあの高飛車女との婚約破棄を認めざるを得ないだろう」
(頭が弱いだけでなく、節操もないとは……全く救いようがないな。エルンストやエリザベートか避け続けた理由が知れるというものだ)
一体自分は何を見せられているのか。
娘を魔女呼ばわりして投獄しようとした馬鹿な男とその原因となった女がいちゃつく様子を横目で見ながらルードヴィヒが小さく嘆息していると、執務室のドアがノックされる音がした。
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