能動的自殺志願者
「……戻ってきたのか」
フランドールが手を離すと、気絶したディッツの体がずるずるとベッドわきの床に崩れ落ちていった。
何がどうなってこうなったのやら。
彼は右足を固定されたまま、上半身だけの力でディッツを捕らえて首を絞めたらしい。哀れなディッツは、白目をむいて床とキスする羽目になっている。
「こ……殺してないでしょうね?」
「軽く首の血管を圧迫しただけだ。命に別状はない」
「なんでこんなことやってんのよ」
「……彼がいては、そうそう自死もできないからな」
「死ぬために監視役を排除したってわけ? しかも、腕の力だけで人ひとり絞め落とすって……どんなゴリラよ」
「……ごりら?」
私は慎重に間合いを取ってフランドールを睨みつける。看病してくれているディッツを気絶させたくらいだ、下手に近寄ったら私も同じことをされるだろう。
ゲーム内のフランドールは目的のためには手段を選ばないキャラだったけど、今の彼もだいぶヤバすぎないかな?
なんだよ、自殺のために治療師を排除って。
「それだけ元気なら、わざわざ死ななくても暗殺者に対抗できるんじゃないの?」
「そう思うのは、お前が奴らの怖さを理解してないからだ。足が動かない時点で勝ち目がない」
「はぁ……まずは、その考えからどうにかしないとダメか」
「何の話だ?」
「冷静になれ、ってこと。あなた、少し落ち着きなさい」
「俺は冷静だ」
「はっ」
フランドールの返答を、私はわざと鼻で笑ってやった。
「死ぬことしか考えてないあんたの、どこが冷静なのよ。生き残ることをちゃんと考えた? 死ぬって結論だけ先に出して、他の可能性を考えもしてないでしょ」
「だが……俺は……」
「命がけで守られたのに、捨てるの?」
私は、ジェイドに渡された革袋をフランドールの胸元に放った。何が入っている袋か察したフランドールは、一瞬顔をしかめたあと、また元の無表情に戻る。
「だからだ。これ以上犠牲を出すわけにはいかない。俺も、彼らと同じようにお前たちを守って死ねばいい」
「それが最善だと、本当に思ってるの?」
「ああ。そもそも俺は宰相家において不要な人間だ。いなくなったところで何の問題もない」
「そんなわけないじゃない」
私は、まっすぐフランドールを見つめた。
私は知っている。
彼が、どれだけ宰相家のために尽くしてきたか。
どれだけ父と姉を愛していたのか。
そして、父と姉もまた、どれだけ彼を愛していたのか。
なぜなら、私はゲームの形とはいえ、彼との恋を疑似体験してきたのだから。
生き残った彼がどれほど苦しんだのか、その心の傷を全て見てきた。そしてその傷が一時の恋や愛で簡単に治らないということも、思い知らされた。
だから、まだ誰も失っていない彼に、同じ苦しみを背負ってほしくない。
「あなたが死ねば、まず間違いなく、宰相閣下もマリアンヌ様も傷つくわよ」
「まさか。生まれる前に不用品の烙印を押したのは父だぞ」
「馬鹿ね。それ、言ったの宰相閣下じゃないでしょ」
「……なに?」
フランドールの無表情が崩れた。





