がけっぷち(カーミラ視点)
「ローゼリアの裁判ですって……?!」
伝えられた用件に、目の前が真っ赤に染まるのを感じた。
無能だ、無能だと思っていたが。
まさかあの無能侍女がここまで無能だったとは。
暗殺に失敗しただけでなく、裁判まで起こさせてしまうとは、なんたる無能。
あの宰相がわざわざ国王の前で裁判を起こすのなら、事実関係の確認などでは終わらない。
ローゼリアに指示したのが誰なのか。
王城にローゼリアを引き入れたのが誰なのか。
絶対に追及してくるに違いない。
そして、黒幕として名指しされるのは、カーミラ・ハーティア。
王妃である自分だ。
「あの馬鹿……死ねばいいのに」
裁判は訴えられる相手がいてこそ成立するものである。
ローゼリアが死んでしまえば、そこでくだらない茶番劇は終わる。
しかし、待てど暮らせど、ローゼリアが牢で自死したという知らせは伝わってこない。
失敗の時には必ず死ね、と命じておいたのに。
この期に及んで怖気づいたのか。
そんなところまで無能なのか。
「誰かさっさと殺してくれないかしら」
「いや~それは無理ですねえ~」
飄々とした声が部屋に響いた。振り向くと、男がひとり悠々とソファに座っている。
きめの細かい象牙の肌に、真っ黒な髪と瞳。
ハーティアをはさんで西と東、お互いにこの国の崩壊を願う協力者だ。
しかし、目的は同じでも抱いている熱量は全く違う。
何が起きても、男はいつも他人ごとだ。
「ミセリコルデ宰相の息子が、ローゼリアの牢につきっきりで張り付いてて、まったくスキがないんですよ。あれを殺すなんてとてもとても」
ユラはヘラヘラと笑っている。
こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに。
「だったら、他の方法を考えなさい!」
衝動に任せて、男の顔に扇を振り下ろす。
バチンと大きな音がして、男は殴られるまま顔をそむけた。
しかしそれだけだ。
男の表情は変わらない。
相当な力が加わったはずの頬には、痕すらなかった。
へら、とまた笑い顔がこちらに向けられる。
あまりのおぞましさにぞっと、背筋が粟立った。
「わ、私はこんなところで失脚するわけにいかないの! 生きて……生きてキラウェアに帰らなくちゃいけないのよ」
「わかってますって」
ユラは肩をすくめて立ち上がった。
「要は、裁判で有罪にならなければいいんでしょう?」
「そ……そうよ」
男はにいっと口をつりあげた。
「じゃあ、めちゃくちゃにしてあげますよ。有罪だ無罪だなんて、悠長なことが言えなくなるくらいに」
何をするつもりなのか。
問いただすことはしなかった。
まともではない男が、まともなことをするとは思わなかったからだ。





