宰相閣下の次なる一手
『今大丈夫か?』
スマホをビデオ通話モードにすると、聞き心地のいい低い声がすぐに聞こえてきた。
私は、お互いに顔が見えやすいようスマホを適当な場所に立てかける。
「セシリアと庭で話してたところよ」
「あ、あの……私、お邪魔でしょうし、退席しますね」
恋人同士のイチャイチャ通話だと思ったらしい。セシリアはあわてて腰を浮かせた。
しかし、元が真面目人間のフランは勤務時間中に私用通話をしてこない。十中八九、仕事関係の通話だ。
『いや、セシリアにも同席してほしい。君にも関係あることだ』
案の定、仕事モードのままセシリアの同席を指示してきた。
「わかり……ました」
セシリアはちょこん、と椅子に座り直した。私たちが聞く姿勢になったのを見て、フランが話し始める。
『リリィたちを襲った暗殺者、ローゼリアの裁判が王宮で行われることになった』
「さいばん?」
唐突な報告に、私とセシリアはそろってきょとんとしてしまう。
「王城に火を放って、王族と侯爵令嬢を殺しかけたんだから、裁かれるのは当然だけど、それってわざわざ報告すること?」
『ああ。何しろ、国王陛下の御前での、大法廷で行うからな』
「ええ……?」
大法廷、と聞いてますます首をかしげてしまう。
「それって……大きな戦争犯罪をした指揮官や、重大事件を起こした政治犯を裁くための法廷ですよね?」
セシリアがたずねる。
『王族暗殺未遂が重大事件じゃなかったら、なんだというんだ』
それはそうなんだけど。
「やっぱり疑問は残るわ。重大事件は重大事件でも、本当に責任があったのは誰なのか、とか、政治的な争点を明らかにするのが目的でしょ」
王様がわざわざ出席する、とはそういうことである。
しかし、ローゼリアが犯人だということは、すでに明らかになっている。
『争点ならある。ローゼリアに暗殺を指示したのは誰か、だ』
「え、指示したってまさか……」
『父宰相は、この裁判で王族暗殺未遂の黒幕として、王妃を断罪するつもりだ』
「できるの?」
今まで、さんざん政敵からの追及を逃れてきた王妃だ。ローゼリアに暗殺未遂事件を起こさせて、逃げ道を用意してなかったとは思えない。
ローゼリアは王妃の配下の中でも特に忠誠心が高かった。
黒幕の名前を問われても、そう簡単に口を割るとは思えない。
『それなりに勝算はある。現在の王宮には王妃派閥はほとんど残っていない。父宰相の主張を否定する貴族は少数派だ。ローゼリアが王妃の子飼いであるという証拠もある』
「そういうものなんだ」
王妃の味方をする貴族が少ないから有罪にできそう、と聞いて少し複雑な気分になる。
現代日本の裁判は証拠が一番で、検察や弁護士が体制の主流派かどうかは、関係ない。しかしここは科学捜査が全く発達してないファンタジー世界だ。証拠が残りにくいし、見つけにくい。
裁判のやり方もまた、動かぬ証拠だけでってわけにはいかないんだろう。
『そこで、ローゼリアに直接襲われた被害者として、リリィとクリス殿下に出席してもらいたい』
「裁判には証人が必要ってことね」
『すでにクリス殿下からは、承諾を得ている』
「怪我人のクリスが出席するのに、私だけサボるわけにいかないわね。行くわ」
『それから……』
フランはふと視線をセシリアに向けた。
セシリアはきちんと背筋を伸ばしてフランの意志を受けとめる。
「私も、法廷に行くべきですよね」
『……君は本来、あの場で裁決を下す立場だ。直接参加せずとも、何が行われているのか、見て知っておいたほうがいい』
今はラインヘルト子爵家令嬢ってことになってるけど、本来のセシリアはハーティア王家の正当後継者だ。ずっと王家と無関係というわけにはいかない。
「私のおつきのひとり、ってことにすればセシリアも王城に連れていけるものね」
『襲われた直後だ。付き添いが増えても、咎める者はいない』
「わかりました。私もリリィ様に同行させてください」
『あなたの勇気に感謝します』
ふ、と口元を柔らかくほころばせて、フランが一礼した。
王族としてのセシリアに敬意をはらったんだろう。
私たちは頷きあってから、通話を終了した。





