姫をさらったのは誰か
「あ~久しぶりの自分の部屋~!」
私は自室のソファに座ると、大きく伸びをした。
子供のころはハルバード城、進学してからはもっぱら女子寮にいた私がハルバード邸で過ごした期間は短い。それでも、私の小物が置かれて私のために整えられた部屋は、やっぱり自分の部屋だ。
気安さが離宮と段違いである。
「お疲れでしたね。お茶とお菓子をどうぞ」
セシリアが私の前にお茶とお菓子を置いてくれた。カップからはいいにおいが立ちのぼっている。
「フィーアさんほどは、おいしくないかもしれませんけど」
「あなたのお茶がまずいわけないじゃない。たまには違う味もいいものよ」
部屋に有能侍女フィーアの姿はない。
私が彼女に休憩を命じたからだ。
味方の少ない離宮で暮らす間、フィーアはずっと気を張ってばかりだった。しかしハルバード邸には優秀な護衛騎士が何人も詰めているし、女中や使用人も信頼できる者しかいない。
フィーアが肩の荷を降ろせる貴重な機会だ。休めるうちに休んでもらおう。
私はテーブルに置かれた焼き菓子に手を延ばした。
サクサクの生地に、ほんのりとした上品な甘みが、疲れた体にしみいるようだ。
「ん~おいしい。これ作ったの誰? いつものシェフの味じゃないよね?」
「あ、あの、それ、私です……リリィ様が帰ってくるなら、おいしいもので迎えてあげたいな、って思って」
「尊い」
さすがヒロイン、女子力高い。
相手を癒してあげたいから、と自発的に行動するところも含めて完璧である。
「え……とうと……? リリィ様?」
「セシリア大好きってことよ」
私は笑ってごまかした。
セシリアは女神のゲームプレイ実況動画民だけど、さすがにネットスラングまでは理解できないだろうしなあ。
「それより、王城の話をしましょ。セシリアに聞いておいてほしいことがあるの」
「使用人の前では言えない秘密、ですね」
セシリアは椅子に座って背筋を伸ばした。
詳しいことは語ってなくても、重大事だってことは伝わってたみたいだ。
「シュゼットが誘拐されたわ」
「……!」
セシリアの顔からさっと血の気がひいた。
「王城で火事が起きて、私の命が狙われたってところまでは伝わってるわよね? その騒ぎに乗じて、誰かがシュゼットを連れ去ったようなの」
「……」
青い顔のまま、セシリアはぎゅっと膝の上で拳をにぎりしめる。
「シュゼットと一緒にいた留学生からは、まともな証言が得られなかったわ。まるで、そこだけ夢を見ていたように、シュゼットのことだけ記憶にないらしいの」
「夢を見ていた……それって」
「ええ。おそらく、っていうか、確実にユラの仕業よ」
セシリアはうつむく。
「外国人であるシュゼット様には、女神の加護がおよびませんからね」
「彼女に限っては、邪神が直接危害を加えられるのよね。無事でいてくれるといいんだけど……」
嫌な予感が頭をよぎる。
「大丈夫ですよ」
セシリアがそっと私の手に、自分の手を重ねた。
「シュゼット様は生きています」
「どうして、そう思うの?」
相手は邪神の化身だ。
考えたくもない、最低の事件を起こすことこそがユラの仕事だ。
「だってただ殺しただけじゃ、つまらないじゃないですか」
「つま……!」
絶句した私を、セシリアは静かに見返している。
「シュゼット様は隣国キラウェアのお姫様で、戦争の火種です。誰も知らない場所でただ殺しても意味がありません。どうせ殺すなら、大勢の観客のいる場所で、最も残酷に、最も劇的に殺す。ユラ・アギトならきっとそうします」
「ああ……あの男は、そういうヤツだったわ」
あいつの性格の悪さは、女神ダンジョンに閉じ込められた時に、嫌というほど思い知らされている。
大きく息を吐いて、私は椅子に座り直した。
「逆に言えば、あいつが舞台を整えている間がチャンスね。コトが起きる前に彼女を見つけて保護すれば、悲劇を回避できるはず」
「国の……いえ、宰相閣下の方針は、どうなっていますか?」
私はうなずいた。
この件で動くのは置物王ではない。今や政治のすべてを采配しているフランの父、ギュスターヴ・ミセリコルデ宰相閣下だ。
「凶悪な魔獣出現を理由に、キラウェアとの国境を封鎖。さらに、シュゼットの不在についてはかん口令が敷かれたわ。今、シュゼットの不在を明確に知っているのは、私たち勇士七家の中心メンバーとその配下だけ」
私はため息をついて窓の外を見た。
「シュゼットと一緒に帰国する予定だったキラウェア留学生は王城内で保護、というよりは、情報漏洩防止のために軟禁されてるわ」
「キラウェアに知れたら、即戦争でしょうからね」
私はうなずく。
情報を隠すなんて不誠実と思われるかもしれない。だが、ただお姫様がいなくなったと報告したって、相手を怒らせ攻撃の理由を与えるだけだ。
キラウェアに気づかれる前にシュゼットを取り返して国に送り返す。
それが最も穏便な手段だ。
「宰相閣下たちも、ただ情報を隠してるだけじゃないわ」
「情報統制の次は、ええと……シュゼット様の捜索ですか?」
「あたり。今、信頼できる騎士や諜報員を使って、シュゼットを探しているの。それだけじゃない、もちおに命令してドローンや監視衛星を使った画像捜索もしてる」
シュゼット捜索に女神の超技術が使われていると聞いて、セシリアの顔が少し明るくなった。
「監視衛星は国土すべてをカバーしてます。シュゼット様がどこへ運ばれてもみつけられますね」
「ところがそうもいかなくて……」
私はポケットからスマホを取り出した。
画面に、監視衛星が映した街の様子を映し出す。
「監視衛星はこの地表すべてを見下ろす、まさに神の目よ。でも真上から撮影する特性上、屋根みたいな遮蔽物の下は見えないの」
「あ……!」
「ドローンも同じね。小さいからどこへでも飛んで行って、なんでも撮影できるように見えるでしょう? でも実は、ローターが風を切る音がこの世界の人たちにとっては、かなり異常な音に聞こえるみたいなの。昼に人目のある場所を飛んでたらすぐに見つかっちゃうわ」
離宮に立てこもってた時にドローンを監視カメラとして使ってたけど、あれだって昼間は観葉植物の間に置いたままにしてた。夜に飛ばしてたこともあったけど、護衛騎士に気づかれないよう細心の注意をはらっていたのだ。
「屋根のある馬車の中に押し込まれて、建物の下から下へと運ばれたら、追いきれないのよ」
「そういうことですか……」
「シュゼットの誘拐にユラが関わってる、って思うもうひとつの理由がコレね。犯人は、明らかに神の超兵器の特性を知ってる」
「そんな知識があるのは、邪神の化身だけ、ですね」
私はうなずいた。
「とにかく、人手を使ってシュゼットを探さなくちゃいけない、っていうのが現状ね」
しかし、誰を探しているか。なぜ探しているかは明かせない。
なぜなら、シュゼットの不在をキラウェアに知られるわけにいかないからだ。
動かせる人員には限りがある。
私はお互いに重いため息をついた。





