ユラ・アギト
「が……っ、は……」
カーテンの奥に潜んでいた謎の少年、ユラの口から、真っ赤な血が一筋こぼれた。
こちらからはよく見えないけど、フィーアが持っていた刃物か何かが、体に深く刺さっているんだと思う。傷つけられた苦痛に、少年の体がこわばる。
その隙にフィーアは少年に体当たりして、聖女セシリアを奪った。ふたり一緒になってバルコニーから飛び降りる。彼女の動きを察知したフランが飛び出し、彼女たちが床に激突する寸前で抱きとめた。
アギト国第六王子、ユラ・アギト。
ハーティアを幾度となく攻撃してきたアギト国の王位継承者だ。滅多に表に出てこない謎の人物で、あれだけゲームをやりこんでいた小夜子も、彼を見たのはたった一度きり。様々な条件が重なって偶然発生した、特殊イベントでしかお目にかかったことがない。
でも、出現難易度が高いぶん、その印象は強く残っている。
彼は間違いなく、ゲーム内最強の敵だ。
カトラスを操る黒幕の正体は大物だと思ってたけど、まさか一国の王子が関わってたとはねー。
でも、ユラが黒幕だと思えば、今までのことに辻褄があってくる。
ハーティア国外の優秀な人材を集めることができたのは、アギト国そのものがバックにいるから。
カトラス候を操り、ゲーム内でダリオを返り討ちにできたのは彼が優秀な王子だったからだ。
「ひどいことするなあ」
ぐい、と袖で口元の血をぬぐうと、少年はバルコニーの下を覗き込んできた。
まだ背中には刃物が刺さっているはずなのに、苦しそうな様子はない。
「こんなに体を壊されたのは久しぶりだよ」
「あなた……痛くないの?」
「判断力が落ちるから、痛覚はオフにしてるんだ。でも、このまま放置すると失血で死ぬかな」
できればそのまま死んでもらいたいところなんだけど。
「ふうん……どうして僕の名前がわかったのかと思ったら」
ユラの漆黒の瞳が私を見据えた。
それだけで、なんとも言えない寒気が背中をのぼってくる。
なんか、嫌だ。
すごく気持ち悪い。
彼と目を合わせていたくない!
「君が女神の使徒なんだね。はは、ちょっと驚いたよ」
「何の話かしら?」
「しらばっくれても、意味はないと思うけどね」
ふ、と笑ったユラの口から、また血がこぼれた。
「うーん、体が限界かあ。もうちょっと遊んでいたいけど、しょうがないね」
「待て! 貴様……!」
ダリオが声をあげる。
領内をめちゃくちゃにされたカトラス家嫡男として許せないのはわかるけど、ここはこらえてほしい。相手は規格外の魔力を操る化け物だ。
限界だというなら、このままお引き取りいただいたほうがいい。
「大丈夫、君たちが退屈しないよう、とびっきりの置き土産を残してあげる」
ユラはにっこり笑った。
そして、破滅の言葉を口にする。
「狂乱、ツヴァイ」
その声に応えるようにして、ガン! とすさまじい音が劇場内に響き渡った。
振り向くと、全身の毛を逆立てた獣人戦士が自身を閉じ込める檻を殴っていた。鋼鉄で作られているはずの檻は、戦士の拳を受けるたびに飴細工のように曲がっていく。
そういえば、舞台上ではフィーアの兄、ツヴァイが競売にかけられていたんだっけ……。
アギト国は奴隷にした獣人たちに服従の呪いをかけている。彼らは、言葉ひとつで呪われた戦士たちを自由自在に操ることができるのだ。
「獣人戦士を止めるまでに、何人死ぬかな? 大変だと思うけど、がんばって殺してあげてね」
ユラはそれだけ言うと、カーテンの奥へと引っ込んでしまった。
そのまま、劇場から逃走するつもりなのだろう。ダリオは追いすがろうと一瞬足を踏み出しかけたけど、目の前の脅威がそれを許さなかった。
バーサーカーなツヴァイ、めちゃくちゃ怖いんだけど!
これをどうにかしないといけないわけ?!
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