金貨の魔女
私が魔法の家庭教師に選んだのは、『マヌエラ・エマーソン』という女性魔法使いだった。その名前を聞くなり、兄の顔が引きつる。
「マヌエラ? 悪名高い『金貨の魔女』じゃないか」
「知ってるの?」
「王都では有名だぞ。とんでもない守銭奴で、金さえ積まれれば、どんな危険な魔法薬でも作るらしい。どうして彼女を候補に入れたんだ、クライヴ」
「魔法の知識を持つ女性教師は少ないので、少々問題ありの方もリストに載せておりました。……といっても、念のためといった感じですが」
クライヴの意図はなんとなくわかる。
金貨の魔女は、他の真っ当な経歴を持つ教師候補の引き立て役だ。
ゲームの選択肢でもよくあるよね。明らかに正解がわかる場面で表示されている、絶対に選んじゃいけないネタ選択肢。
でも、そういう選択肢ほど選びたくなっちゃうものなんだよなー。
マヌエラを選んだ理由は、彼女の連れている弟子にある。
弟子の名前はジェイド。私よりふたつ年上の12歳の男の子だ。そして、5年後に最悪最強の死霊術師として王国西部にある魔の森の一角をアンデッドパラダイスにする人物でもある。
いやー……骨人間やゾンビを従えながら、師匠の頭蓋骨を愛でる登場シーンのインパクトは強烈だった。しかも、自分の世界にどっぷりつかってて、何回声かけてもブツブツ独り言を繰り返すばっかりで会話にならんし。私の中で、攻略が面倒くさいキャラトップ3にランクインしている人物だ。
森の一部がアンデッドに占拠されるだけなので、ルートによっては攻略する必要はない。しかし、闇堕ちしないですむならそれに越したことはないだろう。幸い、彼が死霊術師になる原因ははっきりしているから、今行動すれば止めることができると思う。
「リリアーナは、どうしてこの方がいいと思ったの?」
母様がおっとりと首をかしげた。魔法使いの弟子の闇堕ちを防ぎたいから、とは言えないので私は別の理由をでっちあげる。
「どんな危険な魔法薬でも作る、ということは、この方は薬や治療術にくわしいんでしょう? 戦闘用の攻撃魔法や防御魔法を学ぶより、人を助ける方法を身に着けたほうが、淑女らしいと思うの」
「ふむ、それは一理あるな」
「あっさり納得しないでください、父様」
「お嬢様、魔法薬であれば、薬学の権威である東の賢者様でもよいのでは……」
デキる執事、クライヴが珍しくうろたえる。まさか、私が一番のネタ候補にここまで執着するとは思わなかったんだろう。でも、選んでほしくないなら最初から出さなければいいのだ。
「もー、クライヴうるさい!」
そして、この場の決定権を持っているのはクライヴではない。
「私はマヌエラがいいのー!!!」
ハルバード家で一番強いのは、私のワガママである。





