賭けの行方
そんなこんなで冬至の休暇。
負けず嫌いの兄は私との約束を守って、律儀に領地まで帰ってきてくれた。
……しかし、兄と仲直りするはずだった私は、目が合うなり首根っこを掴まれて、頭からお説教されていた。
あれ? どうしてこんなことに。
「何をやってるんだお前は!」
「使用人の健康を守ってただけよ」
「わざわざ仕事を止めさせて、集団で怪しい踊りをさせることの、何が健康だ!」
「毎日の体操は立派な健康法だって!」
お説教の原因は先月から城内で義務化された『体操』だ。
昼休憩のあと、私を中心に某国民的ラジオな体操をやっていたのを、帰省したばかりの兄に発見され、怒鳴られたのである。
「ちゃんと父様の許可はとってるもん」
「あの人はお前の言うことなら何でも許可するだろうが!」
まあ、それはわかってて、体操の義務化をおねだりしたけどさー。
結果的に使用人たちが健康になったのなら結果オーライじゃない? 現代日本とちがって、怪我や病気が死に直結してる世界なんだから。
「まあまあ、落ち着いて。確かに見た目はヘンテコだけど、タイソウをするようになってから、使用人が腰や肩を痛めなくなったのよ」
横からおっとりした声がかけられた。
「部外者は黙っててください。……って、どなた、ですか……?」
声の主を見た兄が固まった。
そこにはシルバーブロンドの、ほっそりとした絶世の美女が立っていた。
「声に聞き覚えはあるが……使用人には見えないし、こんなに印象的な親戚はいなかったはずだが……」
「変な子ねえ。たった半年会わなかっただけで、お母様の顔を忘れたの?」
「おかあ……さま……?」
兄の顔が面白いくらいに引きつる。
「あの、確かに声は似ていますが、お母様はもっと……その」
兄様、気持ちはわかります。
もっとボリュームのある人だって言いたいんですよね。
でも、間違いなくこの人は私たちのお母様ですから。
「体形が変わってしまって、サイズ合わなくなったから娘時代のドレスを着ているのだけど、やっぱり若作りすぎたかしら?」
論点はそこじゃありません、お母様。
「……リリアーナ、何があった」
「別に何も。私にダンスのレッスンをつけるついでに、一緒に踊ってたらしゅるしゅるしゅるって、しぼんでいっただけ」
「嘘だろ……」
現実です、兄様。
「元気な声がすると思ったら、アルヴィンが帰ってきていたのか」
今度は上から声がかかった。
見上げると、二階の窓から執事のクライヴを連れた男性が私たちを見下ろしている。
「まさか、あれは……」
「父様よ」
『父様』は、二階の窓を開けるとそこから軽やかに降りてきた。
鍛えられた体は落下の衝撃をものともせずに吸収し、何事もなかったように優雅にこちらへ向かって歩いてくる。
兄とそっくり同じ顔をした長身の美丈夫は、にこやかに私たちに微笑みかけた。
「おかえり、アルヴィン」
「ただいま戻りました……父様」
父親と握手をした兄は、再び私に耳打ちしてくる。
「父様もダンスが原因か?」
「あと、練兵場で兵の指導をしている時に、『戦う父様かっこいい!』って言ったら筋肉ムキムキになった」
「……白百合と炎刃の名前は本物だったのか。作り話だと思っていたんだが」
「あー、私も先にその名前聞いてたら、ほら話だと思ってたわ」
ちなみに、伝説の白百合の君の再来に、侍女長を初めとした城内の使用人たちのやる気は爆上がりした。炎刃に仕えることができる、と城内の兵士たちの指揮も爆上がりしていて、気が付いたらハルバードのお城は以前とは比べ物にならないほど活気に満ちている。
領主夫婦が痩せただけなんだけど、美男美女効果ってすごいね。
「父様と母様がこんなに変わるなんて思わなかったな」
「変わったのは父様だけじゃないわよ」
「お前は相変わらず、わけのわからんワガママを言ってるだけだろ」
「そうでもないわよ、はいこれ」
私は紙の束を兄様に押し付けた。
「なんだこれは」
「私の修了証明書よ。家庭教師全員のサインがあるわ」
「なに……? 数学に、文学、歴史……」
「兄様が指定した科目分、全部あるわよ」
スキあらば私にダンスを仕込もうとする両親につきあっていたせいで、最後のサインをもらったのが昨日になったのは内緒だ。間に合えばいいのだ、間に合えば。
兄は、両親に向けたのと同じように、別人を見るような目を私に向けた。
「お前、何があった」
「半年前のお茶会大失敗で反省しただけよ。やればできる、って兄様に思わせたかったし」
「そう……だったな」
「賭けは私の勝ちね。言うことを聞いてもらうわよ」
「いいだろう、何でも言え」
兄は、やっと真正面から私を見た。
ふふふふふふ、この時を待ってたのよ!
「頭をナデナデして!」
「……は?」
「よくやった、って誉めてー!!」
まだちゃんと認めてないかもしれないけど、もう無理やりにでも認めたってことにさせてやる! さあ!! 私の頭をなでるのだ!!!
「は……」
兄様は困ったような顔をしたあと、私の頭に手を置いた。
「よくやった」
よしっ! 私の勝ち!!