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自分の能力の程度は、案外自分でわからないもの

 ダンジョン探索は、さすがに初心者でもないので慣れている。

 いくらソロでやってきていたとはいえ、魔道士のシビラに前衛を任せるわけにはいかないよな。


 買ったばかりの剣を鞘から抜き、シビラの横へと並ぶ。


「俺が前に出る」


「あら、回復役が前に出ていいの?」


「……攻撃魔法使いが前に出る方が有り得なくないか?」


「んー、回復役は絶対必須で一番安全なところってのが定説よ。……でも、確かに剣買ったし。あんたが前に出たいって言うのなら、ダンジョンも広めだしお互い警戒しつつ一緒に並ぶのでどうかしら」


 その提案に頷くと、シビラの隣に並んで歩く。


 やや斜め下の坂道になっているダンジョンを、周囲を警戒しながら降りていく。ダンジョンは壁からの魔力の光があり、不思議と暗い場所はない。

 ただの洞窟とは違う、ということだ。

 横に道がないか、注意深く観察する。迂闊に後ろから狙われたら、今の後衛職二人じゃたまったものじゃないからな。


 それなりに歩いた頃だろうか。


「どうやら、ちゃんと魔物はいるようね」


 シビラが剣でダンジョンの奥を差すと、うっすらと影が見える。

 あれは、ゴブリンだな。


「まず基本的なのが来たわねー、それじゃあ——っと!」


 シビラは左手を前に出すと、手から火の玉を飛ばした。

 ……無言で撃ったよな、今?


『ギャッ』


 その火の玉を顔面に浴びると、ゴブリンは小さく悲鳴を上げて動かなくなった。


「……今のは?」


「無詠唱よ、見たことないかしら? まあ、集中しないと上手くいかないし、覚えたての上位魔法ではできないから、知る人ぞ知るちょっとした裏技よ。頭の中で意識するだけであれぐらいは使えるわよ」


「そんなことが出来るのか……」


 パーティーがピンチに陥らなかっただけに、そういうスピードが必要になる場面がなかった。

 保有魔力が豊富なジャネットは、【賢者】としての強力な魔法をいつも遠くから先制で撃っていたもんな。


「ふふふ、攻撃魔法、うらやましい?」


「……まあ、な」


「そう。……力が、ほしいか?」


「なんだ藪から棒に」


 シビラはちょいと真顔っぽくなりながら、こちらに顔を寄せてくる。

 力が欲しいかとか、やっぱり怪しい宗教勧誘じゃねーか。


「魔物を倒す、圧倒的な力がほしいか……?」


 なんだ、それ続けるのか?

 妙にねちっこく聞いてくるな、このお調子者魔道士。


 俺は呆れながら、空いている左手でチョップの準備をする。

 もうちょい近づくと、ちょうどいいところに頭が来るな。今度はたんこぶでも作って——。


「恨みを晴らし、復讐する力がほしいか?」


 ——ッ!?


 一瞬、反応が遅れた。


 復讐。

 考えないように、考えないようにしていた……しかし、決して全く考えなかったわけではない。


 気がついたら、シビラの顔がすぐ近くにある。


 力が、欲しいかだって。

 そんなの……。


 そんなの、欲しいに決まっているだろ。


 活躍できなかった自分への失望。

 同じように育ったのに、攻撃への力を持った親友。

 圧倒的な力。

 攻撃するための、力。


 俺にも、力があれば。

 勇者のヴィンスとぶつかり合って、負けないほどの力が。


 ……シビラ、お前は……。


「ほしいか……。……ほしいか、さきいか……するめいか食べたいわね」


「ふんっ」


「痛ッたァー!」


 気持ち強めに脳天チョップ。


 一瞬で緊張が抜けた。

 なんだ今のアホな台詞は。

 こっちが真面目にトラウマ思い出していたのが完全に馬鹿みたいじゃないかっていうか馬鹿そのものだったな……。


 やれやれ、こいつに対して真面目に考えるのはやめよう。




 しかし、無詠唱魔法か。


「ということは、俺も無詠唱が……」


「いてて……。ま、アンタでもヒールぐらいはいけるんじゃない? 【聖者】ってのがどういうものかは知らないけど、3で覚えてるだろうし」


 ゴブリンの近くに寄り、紫色の耳を切りながらシビラが返事をする。


「回復魔法はレベル1で覚えるから、いけそうだな」


 ぴたり、とゴブリンの耳を片手に持ったままシビラが止まり、こちらを向いた。


「レベル、1で、ヒール?」


「【神官】系ならそれぐらい普通じゃないのか? そうじゃないと役に立てないだろ」


「……アタシがさっきのファイアボール覚えたの、レベル2よ。1から職業の特性を発揮して活躍できるっていうのは聞かないわね……」


「そう、なのか」


 比較対象がないから全く分からない。

 敢えて言うなら、魔法はジャネットか。


 ……いや、【賢者】が比較対象になるわけがないな。あいつはレベル1からガンガン魔法を使っていたし。


「なるほど……これが聖者、ね。それじゃ進みましょ」


 シビラはバッグに耳を入れながら疑問を軽く流すと、再び前を歩き出した。

 少し気になる話ではあるが、俺もシビラに並んで歩く。




 ところが、ほとんど先に進むまでもなく目の前に、新たなる魔物がいた。

 全身黒で見えづらいが、武器が妙に光っているので、位置の特定は難しくない。


 よく見ると、その姿は先ほどのゴブリンと同じだった。


「……黒じゃないの、いきなり厄介ダンジョンの予感がするわね」


「強いのか?」


「普通のヤツよりかなり強いわよ。あんたも気合い入れなさい」


 その言葉を受けて剣を構え直したところで、シビラは左手を前に出した。


「《ファイアアロー》」


 手から出た火の矢が、黒ゴブリンに直進する。

 これは倒したなと俺は楽観視していたが、驚いたことにこの黒いゴブリンは魔法の直撃を避けて、シビラに向かって高速接近してきた。


 黒ゴブリンの手に、小さなナイフが光る。


「シビラ!」


 俺はシビラを狙ったゴブリンを、横から素早く剣で刺した。

 その攻撃は黒ゴブリンの喉に深く突き刺さり、一撃で絶命させた手応えがある。

 ずっと握ってきた剣の腕はなまっていないようで、新しい剣での戦いはすぐ手に馴染みそうだ。


 しかし、今はその達成感に浸れるような心境ではない。


「チッ、やられたわね……」


 憎々しげにシビラが傷口を見る。

 白い太股から、赤い血が流れていた。

 かなり傷が深い。さっきまでの余裕そうな顔と違って、かなり辛そうだ。


 急いで回復魔法を使わなければ。

 ……そうだ、こういう怪我を戦いの時にも治せるように、無詠唱魔法ができるようになっておいた方がいいだろう。


(……《ヒール》)


 こう、だろうか。

 頭の中で魔法を使ったときと同じ感覚で念じると、シビラの太股の赤い部分はすぐに消えた。


 シビラは自分の太股を軽く撫でると、驚きに目を見開きながらこちらを見た。


「使ったわよね、今。結構深い切り傷だったと思ったんだけど……こんな一瞬で。さすが【聖者】様ね、お礼を言っておくわ」


「ああ」


「……でも、これ以上の探索は無理ね」


「ん? 何故だ。見た限り、もう怪我はないようだが……」


 シビラは、黒ゴブリンの握るナイフをつま先で蹴る。


「この黒ゴブリンのナイフ、毒よ。多分もうちょいしたら、アタシの調子ががくっと落ちるわ。……まったく、毒消しは準備したのに黒がいきなり出るなんて……怪我が治ってもこれじゃあね……」


 毒……そうか、ブレンダの母親が襲われたのはこいつか。

 ダンジョンの魔物を追い払って、それから寝込んだという話。

 よく撃退したか、逃走できたな。案外あの母親は強いのかもしれない。


 なるほど、そうなると……。


(《キュア》)


 毒の治療魔法を、同じように無詠唱で使った。

 これでどうだ?


 俺が魔法を使ったあと、シビラは何かに気付いたように首を傾げると、そのまま手を握ったり足を上げたりと、身体の調子を確かめるように動く。


「……。……ん? んん? ラセル、あんた今アタシに……」


「話しただろ、豆畑の母親。昨日キュアで治した、だから恐らく同じ毒にかかったと思って無詠唱で使っただけだ。効果はあったようだな」


 俺がやったことを話すと……シビラは今までで一番驚いたように、目も口も大きく開いた。


「……キュアが、無詠唱? レベル5で?」


「そうだが、何か?」


「ちなみに覚えたのはいつよ」


「レベル2の時だが」


 それを聞くと、シビラは何やら考え込むようなポーズを取った後に、大きく溜息をついた。


「……とりあえず、ありがと。あんたと組めてよかったわ」


「そうか、俺もシビラには助かっている実感があるな」


「やっぱ惚れた?」


「叩くぞ」


 また調子に乗りそうだったので、軽く流して俺は先を歩き出した。


「……こりゃ、やらかしたなー……?」


 シビラは後ろで何か言っていたが、最早こいつにいちいち付き合う意味はないと学習した俺は、独り言を無視して進むことにした。

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