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一人だから分かることも、きっと多いのだろう

「絶好の探索日和ね!」


「ダンジョンの中だと天気なんて関係ないぞ」


「あんたね、帰りの疲れた時に降ってるとマジで気分最悪よ、分かってんの?」


 そんなわけで、俺はシビラを連れて村の南までやってきた。


 武器を買った俺は、その足で防具も見繕うと思ったが、そこでシビラに止められた。


『その服変えるの? 多分必要ないわよ』


『何故だ? もっと動きやすい方がいいと思うが』


 俺は、白い布に金の刺繍が施されたローブを着ていた。

 これは【聖者】となってから、皆で決めて買ったものだ。


『見たところだけどね、そのローブは軽いし丈夫だし、あと魔法耐性もある感じでけっこーいい奴よ。下手な軽装に変えるよりは、無難だと思うわね」


『そういうものなのか』


 このローブは確かに高価ではあったが、今の姿のまま剣を持つ自分というのはどうにもイメージできなかった。

 そのことを伝えると、むしろ鼻で笑われた。


『なんでローブ姿のヤツが剣持っちゃダメなのよ』


『シビラは軽装だろう』


『アタシはローブがないからいいのよ。ローブの方が優秀だったらローブを着るし、杖の方が強かったら剣を投げ捨ててブーツで蹴りながら杖で殴るし、魔法発動できる魔具の方が強かったら自分の魔法は控えるわよ』


 最初は疑わしいかと思ったが、理屈を聞くと納得だ。

 ……なるほどな、俺はまだ変なイメージに囚われていたらしい。

 剣と杖、鎧とローブ、それらの装備を選ぶ上で職業ジョブは一切の関係がない。

 もちろん【剣士】に剣が向いているなどの側面もあるが、そういうところを含めて最終的に優れた結果を残せる方を選べばいいのだ。


 俺は改めて、このシビラという田舎どころか都会でも先進的な考え方を持つ女の柔軟性に感心した。

 ……まあ、褒めたらすぐに調子に乗るだろうから言わないが。


「ん? なになに? アタシのこと凄いって思ったでしょ。もう惚れちゃったかしらぁ〜〜〜って痛ッた!?」


 俺はシビラの頭に遠慮なくチョップを叩き込むと、さっさと先を歩いた。

 な? 言わんこっちゃない。


「ちょっと! 女の子には優しくしなさいよ!」


 そういう遠慮をしなくて良さそうな性格してるのが、お前の一番気に入ってるところだよ。




 晴れた空の日差しを遮るように頭に手を当て、南の山を見る。


「昨日のコウモリ野郎はあっちから来たってわけね。ホラ、ここからでも見えるわよ」


 シビラの指さす方を見ると、一部山の木々が大きく削り取られている。

 そして、その禿げた斜面の中心部にぽっかりと大きな穴が開いていた。


「本当にこんなのが出たんだな……」


「あんたはここ生まれなんでしょ。こういうのって今までなかったわけ?」


「知らないな。少なくとも俺が生まれてからこの村は比較的平穏だったはずだ」


 だから、あんなダンジョンが急に現れたことに対して、村では急に対処できないのだろう。

 本当に出たばかりだから、街からわざわざ未知のダンジョン探索に来る人もいない。


 ダンジョンは、予め危険度を調査される。

 それがまだ測れていないのなら、当然危険度が高いものとして認識される。

 未知の存在には悪い方を想定するのが、自然な感覚だ。


 そして、危険であることも避けられている理由の一つだが、他にも『宝のないダンジョンである可能性が高い』というのも問題であった。


 つまり、食料を買い込んで野営しながらダンジョンを探索して、一切金になるものを得られずに帰ってくる、なんてパターンもあるのだ。

 だから皆よっぽどの余裕がない限り、未調査ダンジョンに入るなんてことはない。

 ダンジョンは沢山あるのだ。


 新規ダンジョンは、近場に大きなギルドがあるなら、最初にギルドが探索や報酬を決めた任務を依頼してダンジョンの中身を調べる。

 それによって、ダンジョンは晴れてどういう内容なのかが知られるのだ。


 そして、この村のギルドは、あの男一人が暇そうにしている、寂れた小さいところ一つである。


「一切の情報はない。豆畑の母親が、毒をもらったぐらいだ。俺たちで、このダンジョンを把握するしかないな」


「へえ、腕が鳴るわね」


「お前に恐怖とかはないのか?」


 ともすれば、無謀としか取られないような言葉。

 未知のダンジョンに対する、明らかに余裕が見られる態度。

 それなりのレベルではあるものの、さすがにレベル8程度でここまで余裕綽々なのは、世間知らずに思える。


 俺の質問に対しての、シビラの返答は意外なものだった。


「何言ってんの、怖いわよ」


「……そうなのか?」


「怖いに決まってるでしょ。どんな御しやすいダンジョンでも死ぬときは死ぬし、知らない罠は分からない。特に今日は既知のダンジョンじゃないんだから、余計に怖いわよね」


 今日は回復術士ヒーラーがいるから大分気が楽、と付け加えて、シビラはジャケットの裏に隠した小盾を取り出しながらダンジョンの中へと入っていった。


 ……そういえば、俺はずっと何だかんだと強いパーティーと組んでいたわけだ。

 前衛の強さと職業の優秀さは間違いなく世界屈指であったし、数が多い敵でもなければ俺にまで攻撃が届くことはまずなかった。


 しかし、シビラはソロの魔道士だったんだよな。

 本来後衛職であるはずのシビラが近接武器を持っている時点で気付くべきだったが、彼女は協力者なしでここまでやってきたのだ。

 恐らくその美貌から引く手数多だっただろうな。それらを全て断ったであろうことは容易に想像つく。


 シビラは、ずっと一人でやってきた。

 だから危険に対する認識が違うんだろう、ある意味ではこういうパーティーにおける先輩になるな。

 そして、そのことに気付いた俺も、同じく一人になったのだなと納得した。




 生意気で、お調子者。

 身元不明の怪しい女だが、少しの間話してみて分かったことぐらいはある。


 恐らくこいつは、そんなに悪い奴じゃない。

 知恵と知識、そして経験がある。

 だから認める時は認めるし、ダメな時はダメだと言う。


「……頼りにしてるぞ、単独ソロの先輩」


 俺はシビラの背中に向かって小声で呟き、その背中を追った。

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