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本当の自分を見つけてからが、始まりの一歩と言えるのかもしれない

 ……今、俺は村の簡易ギルドにいる。

 簡易ギルドといっても、魔法で王都に保管されてあるリストから引用するため、その内容に街との差異はない。

 俺が自分の『単独ソロ』というパーティーを抜けたことを明確に表す文字を見ていると、カウンターの隣に手をついて乗り出す、女の横顔が現れる。


 断られることなど全く想定していない様子で、シビラは当然のように俺についてきた。

 実際、断るつもりはなかったが……一体何がそんなに気に入ったのか、分からない。

 精々『女神が嫌いだ』と俺が言い放ったぐらいだったが、そもそも宗教勧誘でなかった上に、あの質問が一体何の琴線に触れたのか、全く理解ができないのだ。


「レベル5、って低いわね。……職業ジョブが【聖者】? あんた、神官じゃなくて女神教の聖者なの?」

「……そうだ」


 昨日の発言と表示されてある職業ジョブ。その意味は説明するまでもないだろう。

 女神教における神官の頂点である職業を受け取っておきながら、我ながら昨日は思い切ったことを言い放ったなと思う。

 敬虔な信者なら、突き出しそうなものだが——。


「面白いわね、あんた。気に入ったわ」


 ——シビラはむしろ、俺の顔を見ながらニーッと猫のように笑った。


 何がどうなったらそういう結論になるんだ、本気でこの女が分からない。

 まさか無神教なんだろうか。


 ……ところで、前述した通り村の人間は黒髪の俺を邪険にしている。

 優れた最上位職を手に入れて祝われたとはいえ、俺個人に関して皆が好意的なわけではない。

 その上で、今日はこんな美女を連れている。余程気に入らないのだろう、受付の男はつまらなさそうに舌打ちをした。


 ……いや、お前は知らないだろうが、『最上位職の聖者』と、『女神が嫌いだと言った聖者』なら、全く印象が違ってくるからな。

 お前は前者だから気に入られていると思ってるだろうが、シビラは後者だから俺のことに興味を持っている。


「私もラセルと組むから、よろしく」


「あ、ああはい、わかりました」


 急に美女に声をかけられてしどろもどろになる受付の男を見ながら、シビラのステータスが目に入る。


 ……【魔道士】で、レベル8。

 こいつは魔法タイプだったのか、悪くないな。

 レベルもそれなりにある。


「細かいことはおいおい決めていくとして、まずは組むわよ」


「俺は構わないが、食料とかは自分で面倒見ろよ」


「そんなに金欠じゃないわよ」


 なら、構わないか。後は……。


「……パーティーの名前はどうする?」


「決めてあるわ!」


 今日ダンジョン探索を知って、更にいきなり押しかけてきたにしては早いなおい。


 俺が何か言う前に、シビラはさっさと宣言した。


「『宵闇よいやみ誓約せいやく』よ」


 ドヤ顔で腰に手を当て、胸を張る。

 こう即答するということは、予め考えていたような感じだろうか。


「名前に何か意味はあるのか?」


「ないわ。なんとなく黒ってかっこいいじゃない」


 まさかの、なんとなく宣言。


 堂々と満足げな顔をしてこちらを見る勝ち気な瞳は、自信に満ちあふれている。

 どうやら本当に、気分で決めたみたいだ。こちらが呆れる間すらない。

 何故そんなに自信満々で楽しそうなのかは分からないが、そういう先入観を除けば——。


「——まあ、別に悪くはないか」


「でしょ!」


 そして胸の前で腕を組んで、うんうんと満足そうに頷く。

 宵闇の誓約、か。


「リーダーはラセル、あんたに任せるわ」


「元々探索を言い出したのが俺だが、いいのか?」


「いくらレベルが上でも、【聖者】持ちの上になるほど図太くないわ。それに……」


「それに?」


「……なんて言うか忘れたわ」


 いちいち何を言ったか考えて話を聞くのが疲れるほど、本当に気分屋だな、この女……。

 美女だから緊張するかと思っていたが、全くそうならない。その動きやすいファッションと同じように、彼女自身の内面も活発な感じでさばさばとしている。

 装備が【魔道士】という概念に囚われていない。


 それにしても……魔道士でもズボンファッションで剣を持つレベル8の魔道士、か。

 素直に、優れた選択だなと思う。


「……次の目的地が決まった」


「ん、ダンジョンじゃないの?」


「いや、次に向かうべきは——」




 俺は、村の北門近くに来た。

 ここには、門番や、賊からの護衛、そしてこの村に来た人、等々……そういう人達に向けて、武器屋が店を構えている。


「はいよ、いらっしゃい……って、ラセル君じゃないの。昨日帰ってきたってのは本当だったんだ」


「ああ、久しぶり」


 俺をあまり避けなかった数少ないうちの一人である、武器屋の店主のおばさんに軽く返事して店の中へと入る。

 こちらが黙々と目当てのものを探しながらも、店主は俺に話しかける。


「それにしても、大きくなったらヴィンスとエミーと一緒に買いに来ると思ったのに、まさか【聖者】になっちゃうなんてね」


「……」


「買いに来てくれるかなって思ったんだけど、当てが一人減っちゃって残念だったわ」


「……そうか、なら」


 俺は、探し当てた軽めの剣を、店主の前に置く。


「そのときの分ってことで、こいつを買おう」


「……【聖者】なのに?」


 この人も、俺たちの職業授与後のお祭り騒ぎを当然知っている。

 俺が剣を持たなくなった理由も。


「【聖者】なのに、だ。隣のこいつ……シビラなんて、【魔道士】なのにこんな格好で剣使ってるからな」


「へえ、綺麗な子じゃない」


「お姉さん見る目あるわね! もっとアタシのこと褒めていいわよ」


 褒めるんじゃない、こいつはすぐ調子に乗るぞ。

 二言三言交わして、店主は俺の顔を見る。


「なるほど、【聖者】で剣ね……いいじゃない。店としても嬉しいわ」


「ああ。もう誰にも遠慮しなくていいからな」


 これからは、前衛の剣士に遠慮して杖だけ持つ、などという意識はなくても構わない。

 シビラのように、型に囚われず自由に、最も自分にとって優れた武器を取ればいいのだ。


 そうだ、自分で言ったじゃないか。

 各々に授けられる能力は、デメリットではない。

 選択肢が増えたに過ぎないのだ。


 その選択肢を狭めていたのが、よりによって勇者パーティーだったというのは皮肉な話ではあるが。


「これからは、回復魔法を使う剣士として戦う」


「うん、いいわね。ラセル君は【聖者】より【剣士】として積み上げてきた時間が長かったんだから、ちゃんとそっちを利用しなくちゃね」


 店主に頷きながら、パーティーから追放された時の残りの金をがっつり使って、鋼の剣を買った。


 ヴィンス達の思惑通りに安穏とした余生など、送ってやるものか。

 俺はこれから皆で稼いだ金で、まだ冒険者を続けるぞ。


 ……それにしても、あいつらは今頃何やってるんだろうな……。


「どうしたの? ラセル」


「ああいや、何でもない。次こそダンジョンに行くぞ」


「よっし、ようやくね」


 今はあいつらのことを考えるのはやめよう。

 シビラという遠距離攻撃に対応した協力者も得られた。


 今日から俺の新たな一歩……いや、本当の自分としては初めての一歩だ。

 村に突然現れた謎のダンジョン、どんな場所なのか見させてもらおうか。

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