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エミーの真の力と、俺の与えた影響。そして、ここにいない少女への感謝

 セイリスには、三つのダンジョンがある。

 第一ダンジョンは、完全初心者向けコース。青いスライムと、紫色の最弱ゴブリンが出る本当に簡単なダンジョンだ。

 初心者でもほとんど負けることはない。反面魔物の換金額も低く、経験値も低い。ただし、中層から下は難易度が上がる。

 孤児のイヴが向かった(と思われる)場所が、この第一ダンジョンだ。


 第二ダンジョンは、熟練者のためのダンジョン。

 上層でも既に油断すると命を落とすような兎型の魔物ニードルラビットが徘徊し、中層からは猪型のニードルボアとなる。

 下層は急に倍以上大きい鹿型のニードルムースが現れ、額に三本生えた角と巨体の体当たりで冒険者を圧殺する。よっぽど命知らずか自信過剰の馬鹿じゃないと、普通は潜らない。

 ただ情報が出回ってないのか、そんな馬鹿が数年おきに潜っては戻ってこないのも定番の話。


 そして最後に、第三ダンジョン。

 この港の街セイリスの冒険者達が、ほとんど誰も寄りつかないという高難易度ダンジョン。

 上位一握りだけが、上層のみを狩り場にする——。


「——ってわけで、今からアタシらはここのダンジョンでまずは第六層目指した後は、初めての三人パーティーを楽しんじゃおうってワケよ、わくわくするわね」


「今の説明でその反応になるあたりが、いかにもシビラらしくて実に安心するな」


 もちろん不安も同じ程度にあるがな!

 そんな俺の心情まで分かっていそうな顔で、腰に手を当てうんうん満足そうに笑うシビラ。

 ちなみにエミーの顔は不安十割だ。その反応を見て、エミーが普通の感性であることに感動すら覚えるな。

 だが、このはっちゃけ女神相手には無意味だ。


「それで今回このダンジョンなんだけど、もちろん勝手に入らないかどうか厳しいチェックがあってね」


「おい、大丈夫なのか?」


「まあ見てなさいって」


 シビラはダンジョンの柵付近の小屋で暇そうにしている髭面の初老の男へと、エミーの手を引いて向かう。


「ハーイお疲れ様、入場希望するわ!」


「……ほほお……あんたら、見ない顔だな」


 いかにも好色そうな顔を寄せて……シビラは寸前で身を引き、エミーの冒険者タグを持つ。

 それでエミーは理解したのか、自らのステータスを表示した。


 【聖騎士】レベル25。

 分かってはいたが、やはり圧倒的に強い。


 もちろん先程まで色ボケしていた男も、驚愕に目を剥いて顔を引く。


「せせ、聖騎士っ!?」


「そうよ、アタシ達はこの最上位職のエミーちゃんのパーティーなの。三人みんな強いわよ〜。……で、あなたのお眼鏡にかなうかしら?」


「はは……もちろんだとも……。念のため、二人も確認してもいいか?」


「ええ、いいわよ」


 シビラは自分のタグを出す。【魔道士】レベル26。……あれ、大分上がってないか? つーかエミーより上なのかよシビラ。

 ……いや待て。そもそも俺はどうするんだ?


 俺が困惑しているのを余所に、シビラは俺のタグを持つと、何やら数秒黙って目を閉じる。その瞬間現れるのは……。


「……【聖者】レベル8……! 兄ちゃんも凄いヤツなんだな」


「あ、ああ……」


「どもどもー。そういえば今日、他に入った人いる?」


「五人組が入ったな」


「む……そうなのね、分かったわ」


 シビラは手をひらひらさせると、堂々と柵を通っていった。

 かなり簡素な柵で、この人を無視して飛び越えられそうではあるが……まあこんな危険な場所に違反してまで飛び込むヤツ、止めたところで仕方ないだろうな。


「それじゃ、エミーちゃん前へ! 行くわよー」


「はいっ!」


 レベル25のエミーを前衛に、俺達はダンジョンへと足を踏み入れた。




 ダンジョンは普通の土の色をしており、天井までは剣を持って伸ばしても倍は高さがあり全く届かない。横幅も広く、かなり道自体が大きなダンジョンだ。


 ちなみに先ほど俺のタグで【聖者】だけを出したのは、シビラの持つ魔法の一つらしい。職業変換といい、知らない魔法がまだまだありそうだな。

 俺がギルドで受付に行く度にシビラがタグに触れるのは不自然に映るだろうと、代わりにただの【魔道士】であるシビラがパーティーの代表代理をしていると説明された。


 それらの説明の後、シビラは俺の肩を叩いた。


「ラセルは、分かってると思うけど中層までは回復魔法オンリーね」


「他のパーティーの件だろ? その方がいいだろうな。そういえば随分とこのダンジョンに詳しいようだが、前も来たことがあるんだな?」


「ええ。アドリアのダンジョンは出来たてだったから全く情報がなかったけど、ここなら大丈夫。第三ダンジョンの魔物は、でかいけど遅い。ある意味ではリビングアーマーと近いわね」


 シビラがそう言っていると、奥から重い振動が伝わってくる。


 ——何か、いる。

 俺とエミーが集中している中、シビラはエミーの横から手を出して、ファイアボールを投げつけた。

 魔物に当たった瞬間、ドスドスと音を立ててやってきたのは……!


「こいつがここの魔物、ギガントよ」


「悠長に説明してる場合かよ!」


 もうすぐエミーと接触する。

 俺が慌てていると、シビラは後ろからエミーに囁いた。


「エミーちゃん、貴方には今、ラセルがいる。ちゃんと意識してね」


「あ……っ、はいっ!」


 エミーが盾を構えると、身の丈2メートル半は下らないギガントが、拳を握って盾を殴りつけてくる。


 俺が回復魔法を意識して、エミーの無事を祈っていると……エミーの盾が光り、ギガントは遠くに飛ばされた。

 あの巨体が浮き上がり、天井にぶつかって頭から落ちる。


「……やはり、倒せるほどじゃないわね。でも十分。エミーちゃん、腕は大丈夫?」


「はい、何ともありませんっ!」


 マジかよ、凄いな。

 やはりエミーの防御力なのか、それともスキルの技なのか。


 それからシビラが中心に攻撃魔法を使い、エミーは防御と攻撃を交互に繰り返す。

 無詠唱、口頭詠唱……もしかすると二重詠唱を使っているかもしれない。

 最後にシビラのファイアジャベリンが相手の胸に決まり、ギガントは胸から血を流しながら倒れる。

 その姿を数秒しっかり確認し、エミーは息を吐きながら盾を下ろす。


「エミーちゃん、いけそう?」


「もちろんです。魔物は強いんですけど、不思議と前のパーティーよりやりやすいぐらい」


 前のパーティーというと、【勇者】ヴィンス、【賢者】ジャネットの二人の攻撃魔法を支援してもらうよりもなのか?

 さすがにそれは、少しこちらに気を遣いすぎじゃないだろうか。


 そのことを伝えると、エミーはむしろ首を傾げながら否定をする。


「ううん、本当に。なんだか調子いいんだよね」


「信じていいんだな」


「うんっ!」


 本当だろうか……無理をしていないといいが。

 大分明るくなったが、それでも俺の救援に駆けつけたときのエミーを見ていると……なんだか今にも無理をしそうで心配なんだよな。


 そんな俺の心配を、シビラが先に俺の考えを読んでか答える。


「あ、ちなみにラセル、あんたのお陰でもあるのよ」


「俺の……? あ、もしかすると……その、俺のことを意識すると、ってやつか?」


「まーね」


 どうしても意識してしまうが、それでエミーを守れるのならいくらでも俺のことを使ってくれていい。いや、俺が守られているんだったな……。

 エミーも照れながら、頬をカリカリ掻いている。


「でもそれだけじゃないわ。分からないかしら」


「……俺がやったことがか?」


「そりゃー色々あって忘れちゃってるけど……エミーちゃんは、これよ」


 シビラがエミーの盾を、手の甲で軽く叩く。


「盾が新しくなったのが滅茶苦茶大きいのよ」


 ああ、そういえば……今のエミーの盾は、ファイアドラゴンの鱗から作った大盾だ。いくら金を積んだところで、簡単に手に入るような代物じゃない。


「この大盾は軽いのに、相手の衝撃を受ける力があるわ。更に魔力を伝える力も備わっている、エミーちゃんが今使っているスキルとも相性がいい……はずなんだけどね」


「……何か問題があるのか?」


「単純に、もうちょっとギガントを倒せるぐらい吹き飛ばすかなって思ってたの。思ったよりは、控えめな技かなって」


 その言葉の意味を理解し、やや悔しそうに眉根を寄せるエミーを、今度はシビラが手で笑い飛ばした。


「なーに深刻になってんのよ! エミーちゃんはアタシとラセルの術士組にとっちゃ、本当に頼りになる凄い女の子なんだから。自分に自信を持たないと、ラセルにはちょっと嫌味よ?」


「あっ……そう、でしたね。うん、そうだ。ラセルだって前に出て力を出したり、したいよね。でも前に出るのは、私の役目だから」


 シビラに指摘されたことで、エミーははっと気付くと、俺に申し訳なさそうな顔をした。

 元々戦いの上で役に立てなかったことで追い出された俺のことを、自分の方がレベルも力も上であることを気にかけて、申し訳なく思っているのだろう。

 あれは俺のせいでもあるし、自分を鍛えてきただけのエミーは何も悪くないと言ったんだが……どこまでも優しいヤツだよお前は。


 なら、俺の答えはこうだな。


「分かってる。今の俺はただの一人の回復術士でしかないが、それをもう悲嘆したりはしない。むしろ自分の役目を意識した今、ほんの少しの怪我から死にかけの大怪我まで、一瞬で完璧に治してみせよう。それが【聖者】である俺の役目だ」


「聖者の、ラセルの、回復魔法……うん、うんっ! ラセルの回復魔法なら、私を回復してくれるよね、絶対!」


 前のパーティーではなかった、俺の回復魔法を頼ってもらえること。

 俺の回復魔法が、必要とされ、これだけ喜んでもらえること。

 何よりエミーが、【聖女】の奇跡と同じ魔法によって、今も俺の隣でこうやって笑ってくれること。

 ……その顔が、病を治したヴィクトリアに泣きながら抱きついたブレンダの喜びに重なる。


 ああ、本当に——聖者をやめなくてよかったな。


 心の底からそう思って、今ここにいない少女に心の中で感謝を伝えた。

 まだ俺は『黒鳶の()()』だからな。エミーが俺を守るように、俺もエミーを、全ての病気や怪我……いや、死の息吹からさえも守ろう。


 セイリスの第三ダンジョンでの手応えを感じながら、俺達は先へと進んでいった。

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