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神罰

「…………。…………?」


 目の前に現れた存在に対し、唖然とした顔でアホ面を晒す帝国の連中。

 まあ、無理もないだろう。

 太陽の女神本人が目の前にいるのだから。


「はぁ、全く……どこから話せばいいものか……」


 シャーロットは壇上の面々に頭を押さえて溜息を吐き、ジャネットの方を振り返る。

 それから手を差し出し、ジャネットははっと思い当たって、手元の『帝国太陽教』の本を渡した。

 一度にバララララと、ページをめくりきると……。


「……話にならない」


 そう言って本を空中に放り出し、一瞬で巨大な火球を出して消し飛ばしてしまった。

 軽く手を振ることによって、その火球が一瞬で消える。


「ひいい……!」


 枢機卿のうち数名は、今にも逃げ出しそうな様子だ。

 その姿を横目で睨みながら、シャーロットは話を続ける。


「女神の代弁? 私が言ったことになる? 本気でこんなものがまかり通るとでも?」


「……!」


「特に七章で話していたマニエルムの話が、まるで逆の内容になってるのは酷いわ。本人が聞いたら怒るわよ。一章からずっとそんなのばかりだけど」


 シャーロットが始めた話に、俺もさすがに驚いた。

 思わずジャネットと目を合わせるも、向こうも似た表情だ。


 あいつ、あの僅か三秒ぐらいのうちに、中身を全部暗記しやがった……!


 当然、その尋常ではない能力の高さに教皇達も気付いた。

 言うまでもなく、本を一瞬で焼き尽くした魔法も。


「……い、インチキ、だ」


 誰かが、言い放った。

 枢機卿のうち、端の方にいた一人だ。


「そ、そうです教皇様! この者、きっと何かトリックがあるのです! あんな光る羽など……!」


 一人が言い始めたことで、周りの者が一斉に「そうだそうだ!」と囃し立て始める。

 信じたいことに縋りたい気持ちも分かるが、目の前の現実も直視できないとは。


「く、曲者だ……! 緊急召集を!」


 ヘルマンが壇上にあった壁のランプ下にあったスイッチを、思いっきり叩いた。

 その瞬間、けたたましいベルの音が鳴り響く!


 何事かと思えば、左右と後ろにある扉が一斉に開き、兵士がなだれ込んできた!

 あれは、以前ケルベロスと戦った際に出会った、あの金の鎧をした者達だ。

 魔物の討伐には出ないが、人間相手には景気よく動くらしいな……!


「教皇様!……は?」


 教皇に忠誠を誓う神官戦士連中も、やはり光る羽を持った女が空中に浮いている光景は予想外だったのだろう。


「そ、そいつは乱入者だ! 捕らえろ!」


 大声で叫ぶヘルマンに反応し、消極的ながらも中央へとじりじりと進んで行く兵士達。


「はぁ~、なんと愚かな……ていうか待って」


 シャーロットは溜息をつくと、ふと一つのものを見つけて手元に光る弓を出す。

 もう片方の手に矢を持つと、ほんのコンマ一秒ほど構えたように見えた瞬間に、一撃のもと女神像を破壊した!


 轟音を立てて、彫像の腹部から上が砕け散り小さな破片になる。

 これが、【弓術士】レベル100の、太陽の女神(シャーロット)の力!

 あそこまで正確に、予備動作なく撃てるのか……!

 さっきから思っているが、やはり本物の『太陽の女神』というヤツの持つ力は特別凄まじいな……!


 話によると地上限定らしいが、文字通り地上なら敵なしだろう。

 魔王連中もダンジョンに籠もるわけだ、これを警戒しているんだな。


 一方シャーロットも、愕然とした顔をしていた。


「アレが私とか、冗談にも程があるでしょ……なんで愛の女神(キャシー)より盛ってるの、私あんなにないんですけど……」


 キレて破壊した理由それかよ!?


 結構個人的な恨みも入ってる女神様だなおい。いや確かに個人的な感情で動くと言っていたが。


 一方、自慢の女神像を破壊された教皇は実にお冠だ。


「ふ、不敬! 不敬だ! 女神像を破壊するなど……!」


「あんな欲のはけ口にしかなってなさそうな像、不要です。どうせ普段から崇めてもいないでしょうに」


 淡々とシャーロットは言い放ち、周りを見回す。


 兵士達は……さすがにもう戦う気はなさそうだな。

 そりゃそうだ、普段から『金獅子討伐隊』を名乗らせてもらっておいて、ずっと逃げ回ってばかりの奴らだ。

 魔王より遥かに強いシャーロットに立ち向かえるはずもあるまい。


「この、インチキ女め……! 我に、教皇に逆らうなど……!」


「間違っていたら訂正する。それだけのこともできないほど、貴方は曲がってしまった」


 あくまで冷静に、シャーロットは裁定を下す。


「どうしようもないですね。どんな失敗も成功したことにしてしまった。結果、あなたは自分の偉さを誇示するために、必要がなかった指示を出して失敗した」


「不敬、不敬、不……な、に?」


「神の名を借りて、命令を聞かせる。相手が命令を聞けば、上下関係が確定。聞かなければ、神の教えに背くことを喧伝。そうですよね」


 シャーロットが言ったのは、恐らく実際に教皇が行ったことなのだろう。

 こうやって聞くと、なんと何も考えずにできる楽な商売なのだろう。


「だから、この国に必要な存在をまた失ってしまった。そうでしょう?」


「何だと……」


 必要な存在をまた失ってしまった? あの教皇、一度のやらかしじゃないのか?


「まあ、いいです。ローレンス枢機卿を追放せずにあなたが降りていれば、この国には【賢者】が親子で二人いたことになります。魔峡谷が広がる中、その戦力を自分の手で刈り取ったのは、貴方たちです。……バート皇帝が聞いたらどう思いますかね?」


 ああ、確かにそうだ。

 なかなか回復術士どころか魔道士も現れにくいバート帝国にとって、優秀な【賢者】は喉から手が出るほど欲しい人材。

 しかも今の魔物が地上に溢れる状況となると、余計にだろう。


「結局のところ、全てはあなたが傲慢であったが故に。それと、無能であったが故に引き起こされたこと。民を護る者として、最悪の部類です」


「お、おの、れ……誰か! 早くこの手品女を引っ捕らえろ!」


 大声で叫ぶ教皇と、互いの顔を見て浮き足立つ金獅子の連中。


「……それは、もう無理でしょう」


 そのうち一人が、明確に断る。

 あいつは見たことがある。ケルベロスが襲撃してきた時に、俺と会話したヤツだ。

 一瞬そいつと目が合うが、再び教皇の方へと向き直った。


「どう見ても、今の女神像の破壊は仕込めない。それぐらいは分かりそうなもんじゃないですかね」


「お、お前、教皇に逆らうのか……!」


「教皇には逆らいませんが、もうそろそろ教皇じゃなくなりそうなヤツには逆らいます」


 へえ、言うじゃないか。何だかさっぱりした雰囲気だな。

 男は俺の方を向いて、ニヤリと笑う。


「後悔しない選択になったと思うか?」


「さあな、分からん。が、以前よりは子供に憧れられる背中になったんじゃないか?」


「そうか……それならやり甲斐はあるな」


 この教会にいながら自らの方向を決めた男に、シャーロットは微笑む。

 その目に射貫かれてか、男は照れたように視線を外した。


 シャーロットは再び、教壇に座る男へと冷たい視線を浴びせた。


「未だ、自分の過ちを認めませんか?」


「この……ッ! 神職最高位たる教皇に向かって過ちなど! 第一お前はそこの、ただの王国民が呼んだのではないか! たかが一神官の知人が、この教皇に対し……」


「――無礼者ッ!!」


「な……ッ!?」


 シャーロットは教皇の言った言葉に反応し、大声で一喝した。

 そこで何かに気付いたのか、俺の方に振り向く。


「というか、もしかして見せていないのですか……。貴方らしいというか」


「勝手に変な勘違いをするな、俺は単に絶好のタイミングを見計らっていただけだ」


「まあ。ならば、そのタイミングは」


「ああ――今だ」


 俺は胸のタグを手に取り、存分に相手へと【聖者】の文字を見せる。

 教皇が目を見開き、遂にそのべらべらと饒舌な口が言葉を発しなくなった。


「俺は今代の【聖者】だ。だが別に偉くなったつもりはないが……あんたは何を得た?」


「王、国民、風情が……」


「それしか縋るネタがないのも、段々哀れに思えてきたな。つーかお前、俺が太陽の女神と知己であることを見て、それぐらい予想もできなかったのか? ヘルマンはどうだ?」


「……!」


 ああ、実働部隊で頭を働かせていただけあって、ヘルマンは気付いていた顔だな。

 苦々しい表情で視線を逸らす。このタグの情報が偽装ではないと理解しているのだろう。


 シャーロットは、一連の流れを見届けて再び高く浮き上がった。


「さて、もういいでしょう。たかが【神官】の職業(ジョブ)でしかない貴方が、この私に、そして【聖者】に対してここまでの無礼を働いたのです。言い残すことはありませんか?」


 シャーロットは平時なら決して言わないであろう、職業(ジョブ)を引き合いに出しての嫌味を、教皇に叩き付けた。生まれの貴賎に縋ってきた教皇からしたら、最大の皮肉だろうな。


「違う……ちがう、こんな……余はまちがってない……。なにをやっても、ゆるされる……皇帝よりえらい、世界で一番えらい、この余が……まちがって、いる、はずが……」


 もう自分の体裁を保つこともできない教皇に、いつかの魔王の言葉を思い出す。


 一度も殴られたことのないヤツほど、殴られれば(もろ)い。

 哀れなものだな。


「それでは、本物の神判を下します。コルネーリウス……有罪につき、加護剥奪!」


 太陽の女神が叫び、教皇をはじめとした七名の胸元が光る。

 冒険者タグが浮き上がっていた。


「いつ以来でしょうか……この力を使うのは」


「や、め……」


「《魔力変換》、《魔力回収》……。――《天職(ジョブ)没収(アウスト)》ッ!!」


 教皇の胸元で浮き上がっていたタグが、力なく落ちる。


「一目見て、女神に逆らったと分かるものです。あなたたちが生涯尊敬を受けることはありません。誰が見ても、罪人だと分かりますから。それこそ――第三者がつけただけの『奴隷紋』などより、よっぽどね」


 教皇……いや、ただのコルネーリウスは、自らのタグを握りしめた。


『バート』――コルネーリウス【  】レベル0。


「あ……あ、あ……」


 そこには、何の職業も入っていなかった。

 ただの空白。何も得ていない。


 あれは、見たことがある。

 まだ職業を得ていない時、フレデリカのタグをヴィンスが取った時に出た表示だ。


 だが幼少期のヴィンスなら兎も角、凶作の大地のように皺で干上がった老人のタグ。

 つまり、コルネーリウスは誰が見ても、『女神から罰を受けた者』であった。


「馬鹿な……こんな、ことが……こんなことがあってたまるか……!」


 コルネーリウスが放心する一方、烈火の如く怒りを露わにしたのはヘルマンだ。

 余裕のない顔で、ジャネットを睨み付ける。


「よもや、ローレンスの……あいつの娘に、この私が敗れるなど……! この、世間知らずの、ガキが……!」


 ヘルマンも自分のタグに触れて確認するが、やはり職業の欄は空白。

 完全に失墜したな。


 だが、まだまだそれだけ怒りを浮かべる余裕があるのは、すっきりしねえな。


「こういう時、何と言えば一番効くだろうか。ジャネットはどうだ?」


「僕に任せていいのかい?」


 俺は無言で頷く。

 ジャネットから言う方が効くだろうし、何を言うか気になるからな。


 ジャネットは怒りに顔を赤くするヘルマンとは対照的に、無表情で話し始めた。


「……僕は、物心ついた時から孤児だった。それでも恵まれた方の環境だと思っていたし、今でも反省するほど過去に欲望のままに酷いことをした」


 ジャネットが語るのは……俺を追放した時、その誘導を行ったことだな。

 気にするなと言うのは簡単だが、それでジャネットが満足するわけではない。

 彼女は、それを抱えながら未来に活かす。


「そんな僕から見ても……いくら何でも、不相応な欲がありすぎる。その結果こうして女神に見捨てられるという奴隷以下の破滅をしているのに、何故そこまで権力にしがみついたのか」


「き、貴様……、……や、やめろ……あいつ(ローレンス)と同じ目で、俺を見るな……!」


 遂にヘルマンが、教会の戦士達によって連行される。

 部屋から出て行く寸前、ジャネットは淡々と言った。


「罰を……呪いを与えよう。十七年前、ローレンス枢機卿に……父に従っていれば、今も必要十分に恵まれた生活だった。それを自分で棄てたのは、あなた自身。そのことを思い出して、後悔し続けるでしょう――毎日、死ぬまで」


 最後に、冷たい目でヘルマンを見下ろした。


「もう起きている間は、片時も忘れられないだろうね。生き地獄の始まりだ」


「……!……!」


 口をぱくぱく開けるも、何も言葉が出て来ないままヘルマンは礼拝堂から消えていった。

 ジャネットはその間、ヘルマンの姿を最後まで無表情で見続けていた。


父上(ローレンス)母上(イェニー)。終わりました」


 最後に、礼拝堂の割れたステンドグラスを見上げながらそう呟いた。

 その声色と表情は、僅かに満足しているように感じられた。

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