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僅か一瞬の邂逅が、十年越しの信用になる

 ヴィクトリアを認識してからのレティシアは、人が変わったように対応を軟化させた。


「みんな解散していいわよ。後は私が話すから」


「し、しかしレティシア様……」


「ジェローム。彼女は私の古い友人なの。悪いようにはならないわ」


 最後まで部屋に残ることを粘ったジェロームと呼ばれた男も、渋々部屋を出て行った。


 部屋に俺達『宵闇の誓約』とレティシアだけになったところで、ヴィクトリアが口を開いた。


「本当にいいの? 私が今どんな仕事してるかなんて知らないでしょ?」


「王国から来たのよね。それに、わざわざそういうことを聞く人が今更私をどうこうしようなんて考えてないって」


「それもそうね」


 本当に、心から信頼されているみたいだな。

 さっきまでの緊張した雰囲気とは大違いだ。


「さて……あっ、こっちの自己紹介がまだだったわね。では改めて……初めまして、ヴィッキーのお友達さん達。私はレティシア、ここ『不可視』っていう闇ギルドの暫定リーダーをしているわ」


 あっけらかんと、レティシアは自分のことを答えた。

 それにしても、闇ギルドのリーダーと堂々と言ってしまうか。


「暫定って?」


「……もう若い衆しか残ってないのよ。その中でも組織の理解が一番だった私が前任から大分前に指名されたの。この場所だって二十年ぐらいと新しいのよ」


 レティシアは両腕を広げて、部屋の中を軽く歩いて回る。


 確かに作られて間もないというほど綺麗だ。

 部屋には相応の高さがあり、自然な明るさで息苦しい感じがしない。

 観葉植物を置いていて、下手したら俺達が泊まっていた旅館よりよっぽど優雅かもな。


「なるほど、これは凄いね」


 ジャネットが室内を見渡して、感心している。


「どうした?」


「窓だよ。あまり魔力の光という感じがしないと思ったら、天井に外の光を入れるための窓が無数にあるんだ」


 その言葉に俺達は視線を上を向けるとと、確かに天井から直接光が差し込んでいるのが分かった。

 ってことは、この上はあの雑木林の中か。


「本来日光と水がなければ植物は育たないけど、地上からの光を取り入れ、造花や水が少なくて済むサンスベリア等を置いている。よく工夫されている」


 なるほど……それがこの地下の雰囲気をより開放的にしているというわけか。


 その回答が正解だったのだろう、レティシアはジャネットの話に驚いていた。


「そこまで分かるなんて凄いね。そっちの子は学者?」


「ただの知識ばかりの本好きですよ。でも最近は知識以上に、こうした実物を見る方が好きですね。ああ、僕はジャネットといいます」


 こちらも今日も実にジャネットらしい答えであった。


「本棚はないんですか?」


「壁の中よ。日光が入ると痛むからって……そんなこと気にしなくていいのにね」


 そう言って壁の模様に手をかけると、扉になっていた壁面部が開いて数冊の本が現れる。

 ジャネットから珍しく「へえ……」と素の感心が漏れる。


 その反応にレティシアが肩を揺らすと、ヴィクトリアの方へ視線を向ける。


「面白いメンバーじゃない」


「一緒に旅してると楽しいのよ~。特にパーティーを組むのは生まれて初めてで、年甲斐も無くはしゃいじゃってるわね」


「初めて、ね」


 ヴィクトリアの言葉に、ふとレティシアが気になったのか反芻する。


「ヴィッキー。あなたが今まで何をしていたのか、聞いてもいい?」


「ええ、もちろんよ」


 それからヴィクトリアは、いくつかの話をした。

 俺達にとっては既に知っている話ではあるが、やはり馬車が襲われ夫が殺されたという話は衝撃的である。

 ただ、レティシアはその件に関してはあまり驚いていない様子だ。


 レティシアは、ヴィクトリアの話を静かに頷きながら聞いていた。

 アドリアの村に着いたこと。

 豆畑を始めて村の一員となったこと。

 娘が産まれたこと。


「娘!? ヴィッキーって娘いるの!?」


「いるわよ~、ブレンダっていって、すごく可愛いの。あの人みたいなブラウンの髪が綺麗で、優しいところもそっくり。顔つきもパパ似で可愛くって」


「うわー、なんか先越された気分ー。そりゃ私の顔じゃ無理だけどさあ……」


 レティシアは自分の眼帯を叩きながら、自嘲気味に笑った。


 ……元はかなり可愛かったとヴィクトリアが言っていたな。

 確かにその面影は感じられる。

 それが今まで、誰にも相手にされずか。


 俺と同じような境遇。親に捨てられた孤児。

 だが、扱いの差があまりにも――。


「ラセル」


 考え事をしていた俺に、シビラが声をかける。


「いろいろ思うことはあると思うけど、アタシに舵取りは任せてもらえるかしら」


「いつも通りじゃねーか、なんか考えがあるんだな?」


「ええ」


 俺の【聖者】としての能力なら……そう考えたが、これは濫用していいものではない。

 当たり前になってしまっても困るしな。


 レティシアが一瞬こちらの会話に視線を向けたが、すぐにヴィクトリアに向き直った。


「私はね。実は、ずっとヴィッキーのことを調べていたの」


「調べていた……って、行方不明になってから?」


「そう。というのも、マリウスとヴィクトリアの二人が乗った馬車が襲われたことは、不可視(うち)の情報屋も握ってたから」


 帝都を出てからとはいえ、さすがに殺人事件ともなると話も広まるか。


「耳を疑ったし、何度も確認した。捜索もしたかったけど、馬車を襲った連中が王国側のマデーラまで何度も往復していてね。だから情報屋には調査を途中で引いてもらった」


 山賊……に見せかけた傭兵がうろついているということは、ヴィクトリアは生きている。

 そう想像しつつも、横転して破損した状態の馬車に赤黒い血がこびりついているのを確認した辺りで、レティシアは捜索を諦めたのだ。


「そういえば、その時馬車の足取りを調査していた『不可視』メンバーの一人が、大昔の友人とばったり会ったらしいのよ」


「まあ、あの時の私達のように?」


 ヴィクトリアの返事にレティシアは頷き、意味深に口角を上げて一拍置いた。


「口元に指を立てて静かにするようジェスチャーしたんだけど、いきなり大声で兵士を呼ばれたらしいわ」


 その反応を聞いて、ヴィクトリアも絶句した。

 ところがレティシアは、むしろ笑っていた。


「犯罪者を突き出したら紋があっても冒険者ギルドや国から一定の評価があるのよ? だから友達だって売るのが普通」


「……そうね。確かにこの国ではそうするのが普通だったわ」


「ええ。だから」


 レティシアは眼帯を指でなぞりながら、旧友を眺めた。


「ヴィッキーは、命の恩人にも等しい」


「さすがにそれは大げさ」


 笑いながら軽く返事をするヴィクトリアに、むしろ乗る形でレティシアは言葉を返す。


「うん、大げさに言ってみた。それを否定したヴィッキーだから、信用できる。普通は相手が私に対して『命の恩人だ』と感謝の押し売りに来るもの」


 何を言っても感謝が返って来ると諦めたのか、ヴィクトリアは両肩を竦めた。

 いや、俺もヴィクトリアはヴィクトリアが思ってるよりも真っ直ぐなヤツだと思うよ。

 だからあんたの背中をみて、ブレンダは育ったんだろうな。


「調査を諦めた時、死んでしまったことを認めるようで嫌だった。お礼が言えないままって思って……だから本当に嬉しい。十年以上抱えていたものが落ちたみたい」


 そう言って、当時を思い出すようにその片眼を細めて静かに微笑んだ。

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