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どんなに使うのが久しぶりでも、回復魔法は忘れない

 この子供はブレンダという名前らしい。

 遠目に顔は見たことがあっても会話をしたことはないため、今日が初めての会話だ。


「ラセルは、どうして村に行くの?」


「……長い間帰ってなかった。一応、顔だけでも出しておこうかと思ってな」


「そうなんだ」


 そこで、一旦会話が途切れる。


 治療を自分から申し出たはいいものの、大して高くないレベルから出せる回復魔法なのだ。

 だから、治せたら治す。治せなくても、それは俺が気にすることではないはずだ。


 ……それにしても、よくこの距離を歩いてきたな。


「街へ向かっていたのか?」


「うん」


「その後は、どうするつもりだった?」


「……誰か、助けてくれそうな人を、探すつもりだったの」


「そうか」


 やはり、そこまで深く考えて行動していたわけではないらしい。

 無謀だとは思うが、その結果こうやって俺が捕まったわけだから、こいつにとっては十分な成果なのだろう。

 ……活躍の場がなかった俺を選んだのが、正解だったとは限らないが。


「……」


 俺が会話を続ける気がないと分かると、ブレンダも黙って歩き出した。




 村へは長い間帰っていなかっただけあって、気軽に来られる距離ではない。

 街は朝早くに出たはずだったが、俺たちが村に着いた頃には既に少し日が暮れかかっていた。


 門の周りが騒がしい。

 何やら言い争っているようだ。


「あの辺りにはいなかったぞ!」


「まだ見つからないか。……もう、暗くなるな」


「俺は捜索を打ち切る気はないぞ……って、おい」


 そこで門の前の一人が、俺に気付く。


「お前、ラセルか!? おい、待て、ブレンダもいるぞ! ラセルが捜してきてくれたのか!」


「捜して……というより、街の近くで偶然出会っただけだ。それよりも」


 門番のやつに、俺は近づきながら頭を殴る。

 俺の拳骨による痛みで頭を押さえるこいつに、一応確認しておかなければならない。


「村には高い柵があり、夜は門も閉じている。警報器具もあるっつーのに……門隣の管理小屋に住んでて、ブレンダが抜け出したってことは、お前どっかで手抜いたな?」


「うっ……」


 やはり、そうか。

 臨時交代を出す際に、交代要員が来る前に遊びに出やがったな。

 それでこんな騒動になっているのだから、呆れるしかない。


「とりあえず俺は用事あるからもう行くが、次はしっかり閉めとけよ」


 久々の帰郷の挨拶にしては散々だったが、まあ……錦を飾る凱旋でもない。

 それに、今はこちらよりも優先順位の高いことがある。病状というものは、いつ急変するかわからないからな。


 俺はブレンダを連れて、病魔に冒されているという母親のもとへと足を速めた。




 空が茜色から薄暗くなる頃、無事にブレンダの母親の家まで来た。


「ただいま!」


「……っ! ブレンダ……どこに、行っていたの……!」


 かなり体調が悪いと聞いていたが、母親はベッドではなく玄関近くにいた。

 立っているのもつらいはずだが……これは相当心配をかけているな。


「まあ、いろいろあってな。それよりあんた、体調相当悪いんだろう」


「あなたは……確か、孤児の子、よね。ヴィンス君と一緒にいた……」


「……ラセルだ」


 この人も、あいつの名前は知っているんだな。

 さすが、俺にも声をかけただけあって交友の広いことだ。

 俺自身は、他の誰かに声をかけられることはほとんどなかったが。


 それよりも、この人の体調が気になる。

 今にも倒れそうな雰囲気だ。


「まずは部屋に戻るぞ。効くかどうかはわからんが、回復魔法を使う」


「ま、待って……! ラセル君、うちには……治療費用を払うような、お金は……」


「なくても構わないし、払う気があるなら後払いでも構わない。俺はレベルも低いし、大した効果もないかもしれないからな」


 そう説得して、まずはベッドに寝かせる。

 よっぽど無理をしていたのか、横になった瞬間にぶわっと汗が噴き出た。

 顔色が一気に変わり、呼吸が浅くなる。


「重病だなこいつは。何故こうなるまで無理をした? 街の神官が戻ってきても、お前が死んでいると意味がないぞ」


「だって、ブレンダが、いなかったのだもの……」


「……そうか」


「うう、おかあさん、ごめんなさい……」


 ブレンダの失踪は、村をひっかき回すほどの騒動になっていたと思われる。

 さすがにことの重大さが分かってきたのか、心配をかけた反省からブレンダが頭を下げる。


「とりあえず、まずは様子見だ。《キュア》」


 毒を抜くための、簡単な魔法。

 俺がレベル2の頃から使えた魔法。

 ……そして、【賢者】のジャネットが《ヒール》習得後に覚えてしまった魔法だ。


 魔法を使う感覚も久しぶりだ。パーティーでは最初の一回に試しに使ってみて以来、使ったことがなかったからな……。

 あまり仰々しい治療魔法は使えない。それでも気休め程度に、使うだけ使うが、果たしてどうなるか——。


 ——意外にも、変化はすぐに訪れた。


「……あら」


 ブレンダの母親は、魔法を受けた直後、自然に起き上がった。

 そして自分の体調を確認するように、身体を動かす。


「治って、いるわ……」


「そうか。重い病気かと思っていたが、どうやら下位の魔法で治る簡単な毒だったようだな」


「そんなはずは——」


「わああん! おかあさあああん!」


 ブレンダが、大泣きしながら母親に飛びつく。

 その衝撃を受けた結果、ブレンダとともに母親はベッドへと再び座り込んだ。

 母親も、その反応からどれだけ娘に心配をかけてしまったのか理解したのだろう。ブレンダを抱きながら「ごめん、ごめんね」と涙を流す。


「ブレンダ、その人の体力はまだ戻ってないぞ、あまり無理をさせるな」


「あっ、うん! ごめんね、おかあさん」


「……っ、うん、いいのよ。……あ、あの、ラセル君。助けてくれてありがとう。なんとお礼をすればいいか……」


「本当にしょうもない魔法だ、気にしていないが……まあ、どうしても礼がしたいってんなら、軽く一食もらえるぐらいでいい」


「それでよければ、すぐに!」


 まだ身体が万全ではないが、それでも先ほどとは比ぶべくもない。

 明瞭な声で返事をすると、母親はしっかりとした足取りで台所の方へと向かった。




 平常時は活躍できなかったパーティーでの回復魔法や治療魔法。

 それは決して俺が悪いわけでも、あいつらが悪いわけでもない。


 ただ、組み合わせがあまりに悪かった。それだけだ。


 笑顔になったブレンダを見ながら、少しずつささくれ立った心が落ち着いてくる。

 この村の神官として過ごすのも、悪くないかもしれないな。




 元気の戻った母親が、隣の付き合いのある人から運んできてもらった干し肉を使った料理を作っていた。

 これでしばらく、体調が悪くても食いつないでいたということか。


「すごい回復魔法だったわよね。ラセル君は何か、特殊な職業ジョブを授かったの?」


 そうか、村の中心部の話題であった職業を授かった話題は、こちらには届いてなかったか。


「……普通の回復魔法使いだ。一緒に剣をやってたら【勇者】をもらったヴィンスとは違う、いかにも脇役って感じの職業ジョブだな」


「そんなことは……」


「いや、いいんだ。気にするな。誰も怪我しないと、【神官】なんて出番はない。出番はないに越したことはない」


 別に、否定してもらいたくて言ったわけではない。

 ただ当然のこととして、【勇者】に比べたら端役だな、という事実を再確認しただけのこと。


 そう、いつだってあいつは主役だったように思う。

 だから、こんなに村の中心から離れた家の、年上の未亡人が相手でも、名前が知られている。


「それにしても、どうしてこんな病気にかかったのかしら」


「思い当たることはないのか?」


 何気なく、答えが返ってくるとは思わず疑問を発した。

 そしてこの人が返した言葉を聞いた瞬間、時が止まったような気がした。

 落ち着きかけた心が、再び暴れ出そうとする。


 これも、女神の定めた運命だっていうのか。

 だったら……やはり女神は、相当嫌なヤツだろう。




「村の近くに突然ダンジョンが現れたの。それで私は、様子を見に行ったときに怪我してね。体調が悪くなったのはそこで魔物の攻撃を受けてから」


 ダンジョン探索で活躍できなかった俺が冒険者パーティーを追い出され、久しぶりに戻ってきた故郷で待っていたのは……新たなるダンジョンだった。

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