違和感の正体と、強さの秘密
ジャネットの言葉を受けて、ヴィクトリアは明確に雰囲気を変えた。
「……何故、そう思ったのですか?」
そう問うヴィクトリアだが、最早その聞き方が肯定になっているようなものだ。
——バート帝国『剣闘士』。
以前シビラから帝国に『闘技会』というものがあると説明をされたことがあった。
王国では女王命令——つまり『太陽の女神』シャーロットの命令——によって禁止されるようになったが、帝国では未だに行われているらしい。
つまり、そもそも王国住まいの人間なら『剣闘士』自体知らないのだ。
既にないのだから。
恐らく、ヴィクトリアも失言に気付いたのだろう。
自らの口元を手で押さえると、眉間に皺を寄せて押し黙る。
ジャネットも緊張しているのか、テーブルの下で俺の拳を握る力が強くなる。
「——はいはい」
と、ここでシビラが軽く手を叩いて注目を集める。
「事前に言ってたけど、かなり配慮した上で聞いてるわよ。大人として、ブレンダちゃんが寝たタイミングで話を切り出した意味も察して。ジャネットちゃんの話を聞くぐらいは、してあげてもいいんじゃない?」
「……そう、ですね」
まずは話を聞いてから考えた方がいいと判断したのだろう。
ヴィクトリアは幾分雰囲気を和らげた。
「ごめんなさいね、ジャネットちゃん。本当はもっと強引な手段だって取れたはずなのに」
「いえ、いいのです、先ほども言ったとおり、僕が身勝手なお願いをすることに変わりはありませんから。……では、改めて」
何故、剣闘士だと思ったのか。
その問いに、ジャネットは自らの考えを話し始めた。
ヴィクトリア。
冒険者ギルドのアドリア支部での記録がある【剣士】で、レベルは23。
ダンジョンのない田舎村では、女神の職業レベルは10もあれば高い方である。
更に、10から上になかなか上がらない。
それでも20以上を望む場合は、かなり長期の探索経験か、中層をメインとした探索に切り換えるしかない。
それらを踏まえた上で、彼女のレベルの高さは突出している。
特に、ダンジョン自体が存在しないアドリアでは有り得ないほど。
「俺も高いとは思うが、それだけで剣闘士とは思わないんじゃないか?」
「もちろん、それ以外にも根拠はある」
ジャネットが疑問に思ったのは、ヴィクトリアの戦い方。
そのスタイルを、ジャネットは『歪な強さ』と称した。
ヴィクトリアの戦闘スタイルは——。
「——空を舞ったり、踊るように動く」
それが特徴だ。
特にあの大胆な動きは、女神の職業なしでは再現するのは難しいだろう。
脚を伸ばして空中に弧を描くように飛ぶ様は、大胆で迫力がある。
「この戦い方、ラセルは疑問に思わないか?」
「疑問といっても、まあ実際に強いからな」
「そうだね。ただし、この戦い方ができるのは屋外の対人戦だ」
ジャネットの言葉に、ようやく俺もはっと気付く。
俺達人類は、『太陽の女神』から女神の職業を得る。
その目的は何かといえば、ダンジョン探索だ。
ダンジョンは主に山の斜面などに現れる大きな洞窟となっている。
そう。基本的にダンジョンは屋内だ。
魔物と対峙した時、そこには当然ながら『天井』がある。
ヴィクトリアの戦い方は、相手の頭上を飛ぶ。
今日も変幻自在にエミーの攻撃を躱していたが、その際わざわざ脚を伸ばしてバク宙したりするのだ。
こんな動きを、ダンジョン内でやることなど有り得ない。
脚が引っかかったりして、却って危険だ。
上級者ほど、身体の面積を減らそうとするだろう。
だが、そんな動きをしなければならない理由があるとすれば——。
「——戦いを見せることを目的としている」
即ち、『闘技会』の観客に見せるために派手な動きをしていたということだ。
「根拠は、もう一点ある」
ジャネットは、二本目の指を立てて説明を続けた。
「ヴィクトリアさんが、自分の盾のことを『バックラー』と呼んだこと」
その答えに、シビラが「あー、あー」と気の抜けた声を上げる。
「何だよ」
「王国じゃ小盾を使う剣士はまず見ないし、これをバックラーと呼んでいる人は帝国中心だったわ。王国で使っているのは術士か斥候ぐらいなのよね」
「何故だ?」
「そりゃあんた、シャーロットが『安全第一』だからよ。怪我をしてでも攻撃するより、倒せなくても守りと逃げに徹してほしいというのが、女神教の基本方針。通称『命大事に』ってわけ」
ああ……なるほど、そう考えると小盾を主に使う剣士は珍しいな。
通常、盾は用途によって数種類ある。
エミーが以前使っていた中盾と、今使っている大盾。更には全身を覆えるようなタワーシールド。
これらは相手の攻撃を防ぐか、盾で押すのが主な使い方だ。
反面、ヴィクトリアが使っている小盾は大幅に使い方が異なる。
積極的に相手の攻撃を受けに行かなければ、防御にならない。
時には相手の攻撃を払うために、前に動く必要も出てくるだろう。
「他にも、僕はバックラーをわざわざ選んでいる理由から、そうじゃないかと思った。対人用なんだ、基本的に」
特に、これらが全て、相手が『人型』であることを前提としていることもある。
つらつらと述べたが、前提として狼やバットなど相手には有効ではない。
更にこの小盾というものは、相手の技量があるほど効果を発揮する装備だ。
魔物の攻撃を受けるのなら、大きい盾の方が安全だろう。
それは何故か。
殆どの人型の魔物はその怪力に頼った動きをするためだ。技量などないに等しい。
故に、ダンジョン探索で小盾を選ぶメリットは少ない。
そう。
前述したとおり、小盾は相手の技量がなければ有効ではない。
もし小盾を選ぶ理由があるとすれば、相手が大盾の取り回しにくさを理解している場合だ。
そういう頭脳と技量を持つ相手とは。
「人間を相手にするから、バックラーを選んだということだな」
「ん」
ようやく、ジャネットの言う『歪な強さ』という言い回しが分かった。
ヴィクトリアは強い剣士だ。だが、明らかに魔物との戦いを想定した強さではないのだ。
ハモンドのブラッドタウロス相手にエミーが苦戦したが、ヴィクトリアはそもそも盾で受けることをしないだろう。
牛頭の魔物が持つ大槌の叩き潰し攻撃に、小盾のパリイは不可能だ。
回避した方がいいし、そもそも小盾自体持たない方がいい。
だが、事実としてヴィクトリアは小盾を使うのが上手い、高レベルの【剣士】だ。
ドラゴンスレイヤーのエミーといい勝負をする一方で、ヴィクトリアは黒ゴブリンの毒矢に倒れた。
このちぐはぐな強さが、彼女の違和感だろう。
ヴィクトリアは溜息を吐くと、ふっと笑った。
「……凄いですね。ここまで言い当てられると、否定しようがありません」
それは、明確に認めた言葉だった。
「ジャネットちゃんは、いろいろ詳しくて頭が良いのよね。……だから知っているはず。『剣闘士』なんて呼び方も、配慮してくれたからなんでしょう?」
「……その、僕は王国の呼び方に従ったまでで」
「ううん、いいの。優しいのね。そこから先は、私が話しますから。……最初にバレたのがあなたで良かったのかもしれません」
再びジャネットの手に力が入り、自ら切り裂かれたように痛ましく顔が歪む。
諦めたように笑う糸目の母親はゆったりと立ち上がり……突如、服をめくりあげた。
突然の行為にすぐに目を逸らそうとしたが——俺は、そこに現れたものから視線を外すことができなかった。
うっすらと割れた腹筋の、へその上側に、それはあった。
「では、改めて自己紹介を。バート帝国『元剣闘奴隷』ヴィクトリアです」
その位置には、痛ましい焼き印の跡があった。






