捕まった者、逃げた者
かつては情報収集なども担っていた、パーティーの要のジャネット。
その彼女が放った言葉は、シビラも含めて驚くものだった。
帝国出身者の人物に心当たりがいる。
ここでその名を語ることはなかったが、既に何かしら確信を得ているのだろう。
俺達はすぐに、出発の準備を始めた。
◇
出発後のセントゴダート孤児院は、人手が足りない状況だった。
元々シスターの一人として働いてはいたミラベルが逮捕されたことにより、単純に一名減った分の負担が増えるのだ。
とはいえ、エマ達もその辺りはさすがに考えているようで。
「そちらに指示があったと同時に、現在魔峡谷の方に出ている待機冒険者から一名来てくださることになりました。先に手配いただいていたようで……」
イザベラが、安堵したように息を吐く。
しばらく手伝いに来ていたマーデリンを含めて一度にいなくなるため、その辺りも気がかりだったようだ。
「元々三〜四人でやっていたから、むしろ来てくれた時期の分助かったのです。あなたたちにはやるべきことがあるのでしょう」
「ああ」
「でしたら、こちらのことは任せなさい。それより……ミラベルについて」
院長は眉間の皺を深くし、先月まで一緒に働いていたその名を呼び捨てた。
「今は放心状態で、ほとんど会話もできないようです」
そうか……まああれだけ心の内を吐露したのだ。
若くして管理メンバーとなったフレデリカと自分を重ねたのだろう。
「反省は、しているようです。話を聞くに、ミラベルはどうやら帝都に向かう予定だったようなのです」
「帝都に?」
「はい。そこでロブという名の相手と落ち合うと言っていました」
ロブ、か。一応覚えておこう。
——ふと隣から、何かを握りしめる音が聞こえた。
「後は皆さんもご存じの通り、ケイティという女性と接触したということだけです」
「そうか……分かった、情報感謝する」
俺はイザベラから聞ける話はもうないと思い、話を切り上げた。
後は、行動あるのみだ。
イザベラが自室に戻ったのを確認し、シビラは二階の誰もいない通路で「ねえ」と皆を呼び止めた。
「フレっち、何かあった?」
あだ名で呼ばれたフレデリカが桃色の髪を揺らし、髪の奥からシビラに少し驚いた表情を見せる。
「何で……」
「おかしいことぐらい分かるわよ。ミラベルの件はもちろんだけど、特に——ロブの名前を聞いた時からね」
その名前が再びシビラの口から出た瞬間、穏やかな顔に似合わない苦しみの表情と、手元からつい先ほど聞いたばかりのキュッという音がした。
これは……何かを堪えるように、手袋を握りしめた音だったか。
「……さすが、ですね。よく見ていらっしゃいます」
内面を言い当てられたことにふっと表情を緩め、深呼吸をして話した。
「ロブ先生は、セイリスの孤児院担当だった人です」
その言葉を聞いて、彼女がどんな気持ちになったかすぐに理解した。
海の綺麗な港町セイリス。その孤児院は、俺が到着する直前に、神官の男に金を持ち逃げされた。
フレデリカはそのことで子供達に苦労をかけたことを気にしていた様子だったし、実際それで苦労をした少女がいた。
金を持ち逃げした生臭坊主と、少女を売ったシスターが金を持って帝国入りか。あまり考えたくない状況だな。
「そう、そうだったのね。ごめんフレっち、嫌なこと思い出させたわね」
「……ううん、気に掛けてくれてありがとう」
あまり深掘りするべきではないだろう。
シビラはすぐに話を切り上げた。
既に支度は出来ているので、後は予約している馬車の停泊所に向かうのみだ。
それなりに長い間一緒にいた皆に別れを告げる。
「ラセル!」
最後、ルナが俺の名を呼ぶ。
そこには先日までの俯いた顔はなく、明るく見開いた目があった。
周りにはルナを受け入れた同じ年代の子らや、マーカス、イザベラがいた。
「ラセルは、あのまきょーこくってやつも、ばーんと閉じてくれる!?」
魔峡谷を閉じると来たか。
普通に考えたら無理と答えるところだが。
「ま、挑戦してみるよ」
そう答えて、親指を立てた。
そんな俺を見て……ルナの隣の子が「さすが『影の英雄』だ!」と言い出し、隣の生意気そうなガキは「フハハハハ! やみまほー最強!」と片眼を押さえるようなポーズを撮った。
うん、いい感じじゃないか。
すっかり受け入れられている。
イザベラ院長は溜息を吐いて額を抑えているが、もうシャーロットお墨付きなので諦めてくれ。
最後に皆も一言ずつ交わし、王都の生活に一旦のピリオドを打った。
馬車での長時間移動も、王都で見聞きした話を互いに交換していればあっという間だった。
特に、口数の少なかったマーデリンがいろいろと話すことになったのも大きい。
孤児院がドラゴンによって破壊された時、皆を守ったのはマーデリンだった。
上級天使として地上に降りつつも、主体性の薄かったマーデリンが初めて明確に意思を示した瞬間だった。
以来、手伝いとして一緒にいる時間の多かったフレデリカとは距離が縮まっていた。
フレデリカとしても、子供達を守った存在としてマーデリンに感謝しているのも大きい。
今の二人は、すっかり仲の良い友人関係となっている。
もちろん俺達としても、フレデリカを守ってくれたマーデリンは代え難い存在だ。
「ほんと、楽しい時間はあっという間よねー」
ふと発したシビラの声と同時に、馬車は森を抜ける。
やがて御者の声とともに馬の嘶きが聞こえ、馬車は緩やかに減速していく。
到着だな。
「むにゃむにゃ……」
俺の膝で寝ているエミーは随分気持ちよさそうだが、さすがにこのまま眠ったままでは迷惑だろう。
「エミー、着いたぞ」
「……ふあぁ……ラセル、おはよぉ〜……」
「ああ、おはよう」
「……。…………!?」
俺の膝の上で突如目を見開くと、きょろきょろを目玉を動かす。
気付いたら、シビラとジャネットが思いっきり覗き込んでいた。
「……あ、あはは……どーもぉ……」
ジャネットに肘で突っつかれながら、エミーは馬車を降りた。
「膝枕したのがアタシじゃなくて残念?」
「お前の髪は刺さりそうだから遠慮しておく」
「いやぁん、されたい方なのね! ラセルもアタシの天界一と呼ばれたふとももにメロメロ!」
何でそうなるんだ。後それは自画自賛なのか?
と突っ込もうと思ったが、既にシビラはちゃっちゃと御者に支払いに行っていた。
やれやれ、今日も元気なことで。
孤児院に向かいながら、皆で肩を回したりしながら凝り固まった身体をほぐす。
楽しい時間とはいえさすがに疲れたな。軽く回復魔法でも皆にかけておくか。
「……あら? あらあら! フレデリカさんに、シビラさん達も! 王都からお帰りになったのですね」
そろそろ到着という辺りで、紫の髪が風に靡いた。
楽しげな細い目は相変わらずで、それでも声は普段より明るく感じられる。
そこにいたのは、ブレンダの母親であるヴィクトリアだ。
次いで「えっ、ラセルさん!?」と元気のいい声とともにブレンダも顔を出した。






