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忘れることはない、捜していた姿

 青髪のギルドマスターが手元にある巨大な板に触れると、空中に次々と絵が出現した。

 タグのレベル表示に近いが、現れてくる情報量はその比ではない。

 文面だけでなく姿を映した絵まで、様々なものがある。


「情報を一元管理していてね、これで様々な情報をまとめているんだよ。ちなみにシビラからの報告もこの中の一つだ」


 トントンと板に触れると、シビラを『姿留めの魔道具』で複写した顔が現れ、その下側には『魔峡谷の考察』『プリシラと会ってきた』『第七の魔王の特徴』『うぇーい吞んでまーす』『セント第八の件』といった文面が並ぶ。

 一件ほど明らかにギルドマスターに送るべきではない文字列が見えた気がしたが、見なかったことにした。


「さて、本題といこうか」


 エマはシビラの一覧を消すと、次に白い髪のマスクを着けた女を出した。

 名前の欄には『セカンド』としか書かれていない。


「こいつは誰だ?」


「斥候、第二番。私の所有する情報収集部隊の一人だ」


 示された答えとともに、その下側に並ぶ文字列。

 シビラと同じように『金髪の女性について』『報告』『帝国の近況』といった報告の文面が並んでいく。


「そうか、この人物はマーデリンと同じ地上にいる天使というわけか」


 俺の言葉を肯定するように口の片側をニヤリと上げたエマが、数ある報告のうちの一つに触れる。

 一番上、最新の報告——『金髪の女性について』。


 目の前にあった文字が消え、そこには重々しい黒鉄くろがねの街が現れた。

 腰に剣を提げた男女が、道を歩いている姿が撮影されている。

 バート帝国は、こんな雰囲気か。


 その姿留めの下側には、同じ位置から特定の場所を拡大して撮影したものがあった。

 そこに現れたものは——!


「——ケイティ!」


 忘れもしない、金髪の姿。

 愛の女神キャスリーンが、魔神の特殊な洗脳で意識を別の何かに変化させられた。

 シビラの姉プリシラの元相棒であり、桃色の髪が金髪になった以外はそのままの姿とのことだ。


 最後に会った時と、服装すら変わっていない。

 その堂々とした姿に、シビラが溜息を吐く。


「こっちが血眼で探してるっつーのに、当たり前のように歩いてるんだからね。まったく、解明していない能力も多いっていうのに」


「解明していない? 記憶の上書きや複写、レベルを奪う能力までは分かっているが……他にも能力があるのか?」


「あら、気付かない?」


 シビラは今日も、俺を試すように聞き返した。

 こいつはこんなふうに、俺が自分で答えを導き出すように促す。

 やれやれ、そう言うってことは俺が分かるようなことなんだろうな。


「エミーちゃんでも、ジャネットちゃんでもいいわよ。ラセルはまたポイント取られちゃうかしら? 優勝できないわよー?」


 何に優勝するんだよ……相も変わらず時々マジで分からんことを言い放つんだよなこいつ。


「ああ、これは一度疑問に思った僕にとって有利かもしれませんね。ラセルも分かるはずだよ」


 一方、ジャネットは既に答えを得たらしい。

 俺に分かるはず? ジャネットが疑問に思ったことということは、それを俺に伝えたわけで……。


「……ああ、そういうことか」


 俺は改めて、この姿留めの絵が、あまりに不自然であることに気がついた。


「愛の女神であるあの姿を見て……男が誰も、視線すら向けていない」


「正解、リードが縮まったわね」


 こうしてシビラに指摘されると、改めてこの光景の異様さに気がつく。

 バート帝国は、私服が厚着な方だ。【剣士】や【魔道士】らしき冒険者も含めて、帝国では顔以外の露出がほどんどない。


 一方ケイティは、あの胸を大きく開けたドレスを着て、アリアと共に堂々と歩いている。

 近くの男は……誰一人、興味を示していない。


 姿留めはいくつも撮られているようだが、どの写しにもケイティを見ている男はただの一人もいなかった。


「認識阻害でもしてるのか、男がマジでチラ見すらしないわーマジありえねー。子供作って世代繋いでる以上、男という生き物がケイティの見た目に興味ゼロなんて有り得ないはず。だけど」


「誰も見ていない、か。そういえば、ここにはヴィンスがいないな」


 俺の疑問に、今度はジャネットがふと気付く。


「もしかして……この隠密能力、僕やヴィンスやエミーがいない時だけ使っているのかも。一緒にいる時は目立ってたから」


「うんうん、ケイティさん目立ちまくるからすっごく見られるんだよね。お尻もどーん! って感じだから、後ろからも視線が止まらないぐらい見られちゃって。ていうか女の人でもすっごく見るよ」


 そう、エミーの言った内容も今のことを後押しする。

 見ていることを意識されたくない男でも、振り返って後ろから確認することだってあるだろう。

 それが男女含めて、誰も見ていない。


 まるでそこに、最初から誰もいないかのように。


「……なるほど、いい観察眼だね」


 ここで、俺達の会話を黙して聞いていたエマが仮面を撫でながら微笑む。


「やはり追加調査は君達に任せるべきだろう。だが、帝国はシャーロットが人間の自由意志を尊重して運営を完全に任せた国だ。危険な任務になるだろうし、追加人員も必要になるだろう」


「追加人員ってことは、俺達だけでは不安か?」


「まあね、例えばそれこそ目立たず情報収集できる係はいるかい?」


 それは……難しいだろうな。

 敢えて言うなら俺のシャドウステップが人を避けるのに向いているだろうが、黒髪自体がかなり目立つ。

 帝国の人間は全体的に白っぽい髪が多いようだから、俺じゃ完全に浮くな。


「スパイもイケてるわね! みんな格好良いアタシに大注目」


「ハハ、シビラは一番目立つ上に即カジノで騒動起こすだろう?」


 確かにシビラが隠密行動とかサラマンダーが海で泳ぐようなもんだな。ま、さすがに本気でやるつもりはないだろうが。


 とはいえ、やや悩ましい問題だ。

 ギルドの協力者か。完全に見ず知らずの、組織の部下を一名入れる形だ。

 あまり気乗りはしないな……。


 そう思っていると、シビラは堂々と胸を張った。


「信用できる相手のアテはあるから心配しなくていいわよ」


「そうかい? ならば後は『帝国籍』ぐらいだね。いや、セントゴダートも厳しい方だがバートは比ではない。セカンドの報告によると、魔峡谷の出現以降、あちらは過去の在住者がいなければ必ず追い返すらしい。君達だけで入るのは苦労するだろう」


 なるほど、確かにそれは能力どうこうでどうにかするのは難しいだろうな……。

 同時に、ケイティが誰にも見つからない能力で入って行ったことも予想がつく。


「こちらは今からセカンドを呼び戻すことで対応してもらうつもりだ。それまでに、セントゴダートの者としばし時間を過ごしてくれたまえ」


「分かった、セカンドという者の手配を頼む」


 一通りの連絡事項を終えると、ギルドマスターの部屋を退出した。

 次の行き先は、バート帝国。

 出発は、セカンドが到着次第だ。


 しかしそうか、俺達が出るとなると——。



 その日の夜、俺はフレデリカ達と、一人の孤児を呼んだ。


「……ラセル、行っちゃうの?」


 部屋には、揺れる灯りに不安そうな瞳を揺らすルナの姿があった。


 そう。

 次の場所に行くということは、一ヶ月過ごした皆とも近いうちに離れることとなる。

 別れの日は近い。

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