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【勇者パーティー】エミー:不得意でも穴を埋めようとする同い年の子が眩しくなるほど、自分の暗い影がどんどん濃くなるようで

「グレイト、ヒール?」


 私は、目の前のジャネットの言葉を復唱する。


 あれから第八層のフロアボスを倒した私たちは、ケイティさんの『ヴィンスさんの勇姿は十分見させてもらいましたわ』という宣言とともに、引き上げとなった。


 そして私とジャネットは部屋に戻り、ヴィンスはケイティさんを正式に誘った。

 もちろん、ケイティさんは二つ返事で了承。誘われた瞬間はヴィンスに抱きついたりして、なんかもー積極的ですごいなーって感じ。都会の人ってすごい。


 後はまあ、換金して食べて、新しい宿に帰還。前住んでたところより大きめのものだ。


 そして、当のヴィンスは宿に併設されてある湯浴み場を使っていて、今は私たちと部屋で女子組による懇親会。


「うん。回復魔法の上位版らしいね」


 そのことを説明するジャネットは、心なしか普段より嬉しそうな気がする。


 もしかすると、さっきのボス討伐で私の回復が間に合わなかったのを後ろからしっかり見ていたのかも。

 いやあ、ご心配おかけしました。いざ困った時はジャネットが頼りだなと思う。

 私もヴィンスも、頭の方はいまひとつ自信ないからなあ。


「あらあらまあまあ」


 と、私たちの会話の中へケイティさんが混ざってきた。


「グレイトヒールを覚えたのは良かったですね〜。そろそろ足りない時期なんじゃないかなーと思ってたんです。ところで覚えたレベルは?」


「あ、はい……僕が覚えたのは、30でした」


「ふうむ……」


 何か、考え込むように口に手を当てるケイティさん。


「……あの……どうか、したんですか?」


「ん? あら! 考え込んじゃってましたね。いえいえ〜なんでもないですよぉ〜」


 その明らかにはぐらかされたような感じの返答を聞いて、私より先にジャネットがケイティさんの肩を掴む。普段控えめなジャネットにしては思い切った行動に驚いた。

 ……ちょっと身長差があって肩を掴むの大変そうだけど。


「ケイティさん」


「あ、あら? 何でしょうか」


「教えてください。【神官】はいつ、グレイトヒールを覚えるのですか?」


 ジャネットが質問したのは、覚えたばかりの回復魔法のことだった。

 しかも、ここにいない神官の情報。


 ……ジャネットは【賢者】という職業ジョブをもらった。

 しかしケイティさんの話によると、【賢者】とは【聖女】と【魔卿】の間の職業なのだという。

 ジャネットの魔法習得レベルを聞いたケイティさんは、ジャネットを【魔卿寄りの賢者】と断定した。


 その判断どおり、ジャネットは四属性の攻撃魔法を使い、レベル1から火の魔法を撃ちまくる攻撃魔法のエキスパートだ。

 最近は習得レベルも高くなって新しい魔法を覚えることは少ないけど、扱う魔法の規模は半端なものではない。


 それ故に……回復魔法を覚えるタイミングが遅い。それも、普通の神官よりも。

 今まではそれでよかったけど、さっきのボスでその魔法が全く頼りにならないことに気付かされた。

 私たちは、回復魔法の情報が必要だ。


 ジャネットはさっきの防御も回復も当事者じゃないのに、それをすぐに察知して回復魔法の習得レベルを教えてもらおうと思ったのだろう。

 さすがの頭脳派、頼りになる。


「んんー……グレイトヒールを覚えるのは、個人差もありますが……【神官】だと大体18ぐらいなんですよね。ジャネットさんは、魔卿寄りの中でも少し遅いかなと」


「……ふうん、そうなんだ。……あっ、すみません。教えていただきありがとうございます」


「いえいえ〜! 分からないことがあったら、何でもお気軽に聞いてくださいね〜、ふふっ!」


 ちょっとタメ語が入ろうと、謝られただけでこの楽しそうな顔。ケイティさんってほんと大人の余裕って感じ。

 そしてケイティさんから返信を聞いて、ジャネットは少し暗い表情をしていた。


 私が何か声をかけようかと思ったところで、扉が開く。

 簡素な格好をしたヴィンスが部屋にやってきた。


「おう、上がったぞ」


「ちょっと! ノックぐらいしてよ!」


「うおっ!? おいおい、今までそんなんじゃなかっただろ、大体——」


 ヴィンスが何か言いかけたところで、ジャネットが大きく手を二回叩く。

 珍しい行動に驚き、ヴィンスも私も口を閉じる。

 気合い入ってるのか、今日は大胆な行動多いなあ。


「はい、お話はそこまで。ケイティさん、今日はお疲れさまでした。湯浴みはお先にどうぞ」


「あら、いいんですか?」


「はい」


 ジャネットが返答すると、それですぐに決定ってわけで、ケイティさんは宿の湯浴みをしに行った。

 姿が見えなくなるまで扉の前でジャネットが最後までじーっと見ていて、私もヴィンスもさすがに様子がおかしいなとお互いに目を合わせて首を傾げる。


 ちゃんと入浴したであろうことを確認すると、ジャネットは部屋に入って扉を閉め、溜息をつく。


「……ジャネット、どうしたの? 何かあった?」


「何かも何も、あるに決まってるじゃん……」


 あきれ顔のジャネットは、ヴィンスと私を手で招きながら、顔を寄せてくる。

 そして小声で言ったのだ。


「今まではラセルがいたから女だけって状況にあまりならなかっただけ。ケイティさんにはそれを知られたくないでしょ」


「うっ……!」


「そ、そーだった……!」


 うわーっ、とんでもない間抜けっぷり! 今さっき私とヴィンスは、ケイティさんの前でラセルの話題を出しかけたんだ。

 ケイティさんには、勇者パーティーがみんなでラセルを追いだしたことを知られたくはない。

 心の奥底から意地汚いと思うけど……あれだけ憧れの目で見てくれた人に、失望されるような失敗だけは隠したい。


 ……ほんと、嘘をつき続けるのって、泥沼だ……。

 ジャネットがいないと、私とヴィンスだけじゃどう足掻いても無理だよ。


「ごめん、ほんと助かるよ……」


「ん。僕も少し油断してたからね。そしてここで皆に相談」


 頭の回るジャネット自らの相談ということで、私はすぐに頷く。


「ヴィンス、薄々気付いていると思うけど、ヒールは発動した。二回かけないとフロアボスの攻撃では全回復しなかった」


「……俺は——」


「《グレイトヒール》」


 ジャネットが、いきなり魔法を使った。

 私たちは誰も怪我していない状態。魔法を発動したという光はあるが、当然何も効果はない。

 ……そうか、あくまでヴィンスに魔法を覚えたことを見せるためだけに魔法を使ったのだ。


「上位の回復魔法を覚えた。消費魔力は、覚えた高威力の攻撃魔法よりは低い。僕なら、多少は常用できる」


「……っ! ははっ……そうか! 凄いなジャネットは!」


「もちろん。僕は【賢者】だからね」


 パーティーの危機の空気から一転、ちょっと得意気な顔をするジャネット。

 その魔法を使えること、嬉しそうだね。


「そしてここからが提案」


「ああ、何だ?」


「【神官】を雇う代わりに、僕が回復術士の役をする」


 ジャネットが言い出したのは、驚くことに回復術士の役目を買って出ることだった。


「今のパーティーのままならば、神官を雇った方が良かった。ヴィンスも痛感したでしょ」


「……いや、俺は——」


「言う必要はないよ。僕も、皆も、本当にタイミングが悪かったと思う。……だけど、ケイティさんが入ってきた。あの人、僕も知らないことをいろいろ知っている。魔道士としても、レベル以上に優秀」


 確かにケイティさん、ダンジョンでは理解不能な単語を次々喋ってたから怖がっちゃったけど……パーティーバランスとしては、ケイティさんが攻撃魔法に集中してくれたら私たちもやりやすい。

 突然押しかけてきた怪しい美女、ただの色仕掛けってのならまだしも、容姿も性格もいいし知識豊富で能力も十分。……あんまりにすごすぎて、私じゃ女の子らしい部分以外でしか太刀打ちできなさそー……。

 頑丈さとか、筋力とかね……自分で言っててちょっと泣けてきた。


 お人形さんみたいな可愛いお姫様に憧れてた頃もあったのになー……。


「でも、ジャネットは攻撃魔法が……」


「僕は、両方する。無茶だと分かっていても、両方こなしてみせる。回復魔法を優先しつつ戦うから、僕に経験値を集めてほしい」


 ジャネットは、何があってもその主張を曲げる気はない、といわんばかりにハッキリと言い切った。

 今日のジャネットは、なんだか鬼気迫るものがある。

 私とヴィンスは、代案もないからただ黙って頷くしかなかった。


 と、そこで緊張を吹っ飛ばすようにケイティさんが入ってきた。

 ……なんか、すっごい格好で。


「あがりましたわぁ〜。あら、何かあったんですか?」


「いえ、ヴィンスに女子同士でいる時はノックをするようにと釘を刺していただけですのでお気になさらず。あと……もう少し着込んだ方が……」


「いいではありませんか。パーティーなんですから」


 凄い。もうなんていうか、別次元。重いメロンを入れた布の袋があんな感じになってた。

 いやあ逆立ちしても勝てる気がしませんね……。

 もう私、ケイティさんの遠慮のなさに、ヴィンスを注意する気も起きないよ。既にヴィンスも目を逸らそうとする気すらなく、堂々と見てるもんね。


「……まあ……ケイティさんがいいのなら、僕は別に……」


「ふふっ。……その感情が、次の……」


 扉に一番近い場所だった私が、とても小さな独り言みたいなものを拾って後ろを振り返る。


「え?」


「ああいえいえ、なんでもありませんわ。ジャネットさんも、湯浴み後は私とお揃いファッションにしません?」


「ぼ、僕がっ? その、し、しませんよ……」


「……ふふっ」


 私だけじゃなくジャネットにもぐいぐい行ったケイティさん、最後に含みのある笑いをすると、部屋の中に入ってベッドに入っていった。


「お先にお休みしますわ」


 そう言って、静かになった。


「……私たちも寝よっか」


 いろいろあったけど、ジャネットのおかげでなんとかまとまりそうだ。

 正直ジャネットの負担が大きすぎると思うけど、それをあんなにしっかり言われたのだ。

 みんなで支援するしかない。


 ……でも、ラセルを追い出した翌日に回復術士が必要な場面が出てきて、ジャネットがその穴を埋めるように成長かあ。

 なんだか、みんながラセルを忘れていくようで、ちょっと……ううん、すごく寂しいな……。




 ……なんだか寝付けずに、起きてしまった。


 私はベッドから起きると、違和感を覚える。


「……ケイティさん?」


 ベッドで眠っていたはずのケイティさんがいない。


 私は窓の方に歩くと、外にケイティさんの月光を浴びて輝く後ろ髪が見えた。空を見てぼーっとしているみたい。

 月の下でも綺麗だなあ……。


 私は声をかけようかと思っていたところで……呟きが聞こえてくる。




「……先手? とられた? とられたとられた? いつ? 今日? ここじゃない? 聖女、どこに? 幼なじみの女の子は三人目がいない? どこに? 聖女はどこに? 故郷じゃなければこの街? 探さないと、探さないと探さないと、先手を取られる、私が、保護、保護しなくちゃとられるとられるとられる——」




 悲鳴が出るかと思った。


 また、だ。

 ……あれは、ケイティさん?

 確かにケイティさんだけど、でも……何?

 何を取られたというの? 何を言っているの?

 いえ……ケイティさんは、一体何を知っているの?


 ぐるぐると頭の中に疑問が浮かび続ける中で、音を立てないように慎重にベッドへ戻る。

 暑い。音が出そうで毛布に触れるのが怖い。

 今気付かれたら、何が起こるかわからない。


 ……パーティーメンバーは、最上位職ばかり。レベルもいい感じに上がった。

 だというのに、あまりに不安で……私は……私たちは、この先どうなるんだろう……?


 今のバランスでケイティさんを外すのはおかしいし、あれだけの決意をしたジャネットに悪い。それにあの美貌と無邪気さ、ヴィンスが外すことを了承するなんて有り得ない。

 ……相談していいのかどうか、全く分からない。


 ……分からない。


 ジャネットは、パーティーの難題を、一日で解決するような成長と提案をしてくれた。

 本当に凄い。かっこいいのは私じゃなくて、ジャネットだと思う。

 ……私は、ラセルが追い出される原因を作って、盾受けを失敗して回復魔法が足りない理由を明確化して、その上で皆の判断に乗ってばかり。

 自分で自分の抱えている悩みの解決方法が、全く分からない……。


 ……分からない……分からないんだよ……。


 どうすればいいのか教えてよ……。


 ……こんなとき……ラセルなら、どうするのかな……。

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