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どんなに小さな確率でも、ゼロじゃなければ続くこともある

 朝の緊急依頼を終えたところで、太陽はすっかり昇りきっていた。

 シャーロットとやらも、この結果に満足ってところか?


 ただ、対処はできたが対策は立てられなかった、とも言える。

 さて、次はどうしたもんかな……と思っていたところで、元気な腹の虫が隣から聞こえてくる。

 注目を集めた本人は、顔を赤くしてばつが悪そうに頭を掻いた。


「うんうん、エミーちゃんは特に頑張ったものね。それじゃアタシ達も、そろそろお昼としましょうか。エミーちゃんは何が食べたい?」


「えへへ……えーっと、前みたいなおいしいお店もいいんですけど、セイリスみたいに沢山食べられるお店がいいなーって」


 そうだな、俺もさすがに腹が減った。

 ジャネットも頷いたのを見て、シビラが候補を絞り始める。


「んー、あの手のバイキングじゃないとしても、そうね……歩きながら決めましょうか」


 シビラが恐らくレストランの多い通りへと歩き始め、俺達も街中をぶらぶらと見て回ることになった。


 それにしても、水の女神エマか……。

 最初の印象こそ変な仮面を着けている変な女だったが、内面には抱える物が多いのだろう。

 仮面は本当に変だったが。


「シビラはエマとも付き合いが長いんだろうな」


「そりゃもう。とはいっても、アタシが冒険者として出向くようになってからの方が多いわね。姉とはよく喋ってたけど」


「プリシラと一緒になって喋ってたわけではないのか」


「……あら、アタシの過去に興味津々ね! これはやっぱり」


「やっぱり聞かなかったことにしてくれ……」


 迂闊に質問するとすぐこれなのを忘れていた。

 溜息を吐いていると、よりにもよってエミーが「興味津々です!」なんて聞いたものだから、益々シビラは嬉しそうに調子に乗って喋り始めた。


「昔のアタシはそれはもう大人しい淑女でね、その静謐さと美しさから『美の女神』とも形容され——」


 うん、聞く価値ねえなコレ。

 隣ではもうジャネットが完全に周りの街並みに目を向けていた。

 正しい判断だ。俺も街でも見るか。


「——そうして他の女神からも着せ替え人形のように愛されまくってね。ラセルもアタシの着替えに興味津々……ってちょっとお!? 聞いてる?」


 はいはい、聞いてる聞いてる。

 庭で丸まった猫の声ぐらいには一生懸命に聞いてるよ。


 -


 シビラが選んだのは、先日ほどではないがそれなりに大きな店だ。

 選んだ理由は、まだ店に入る前でも察しがついた。


「すごい……めっちゃいいにおいする……!」


 エミーが店内を見回しながら、興味津々に入って行く。

 そう、匂いだ。

 店内には、焼いた肉の匂いが充満しており、少し煙が籠もっている。


「四名、二時間よ!」


 何やら不思議な注文の仕方をしたシビラに、店員が申し訳なさそうに謝る。


「お客様、大変申し上げにくいのですが、現在は相席以外は満席でして……」


「あら、別の団体がいるのね。ジャネットちゃんは相席とか大丈夫な方?」


「ん」


 ジャネットが明確に頷いたところで、相手側に確認をすることとなった。

 ちなみにエミーは待ちきれないので即了承、俺も今はエミーと同じ気持ちだ。

 正直この肉を焼く匂いだけ嗅がされて回れ右なんてことだけは避けたい。


「お待たせしました。席の方から了承が取れたため、これからそちらにご案内します」


 相手側が受け入れてくれるようで、一安心しつつ店員についていく。


 着いた先は、十人ほど座れそうな長いテーブルを長い椅子が挟んだ席だった。

 席から壁にも余裕があり、団体客用という場所だな。


「お隣さんね、お邪魔するわよー! ほらラセル、あんた入んなさい」


「そうだな」


 椅子の端に座っているのは片方が女性で、もう片方が男性だ。

 片方はシビラとして、もう片方は俺が座るのがいいだろう。

 エミーが俺の隣に、ジャネットはシビラの隣だ。


「急な申し出、すまないな。……ん?」


「……お、おおっあんたは!」


 俺は隣になった男の驚愕した顔を見る。

 その金髪には、見覚えがあった。


「先日振りだなあ、こんな偶然があるとは!」


 以前レストランの会計の時に、金を忘れてきていたところを俺が助けたのだ。

 これだけの人数が住む王都の中でも、あれほど建ち並ぶ店の中で同じ店を、更に広い店内で同じ席とは。

 偶然とは面白いものだな。


 俺達の会話に、当然周りの全員が興味を持った。


「カイル、その人誰? 知り合いなの?」


 黒いローブ姿の女性が声を挟んできた。こいつはカイルという名前か。


「ああ! こいつは……えっと、その、だな」


「ま、ちょっとした野暮用で知り合った程度だ」


 俺が会話に割って入り、話を濁した。

 そりゃあコーヒーの一杯すら支払えずにまずいことになっていたとは知られたくないだろうしな。


「ああ、まあ、そんなところだ」


「ふーん」


 女性が興味を失ったところで、カイルが俺にだけ見えるよう机の下で小さく手を立てて「すまん……」と小声で言ってきた。

 過剰に申し訳なさそうな顔をしていたので、「貸し一つな」と返して肩をすくめた。

 カイルは一瞬驚いた顔をすると、してやられたというように苦笑しながら小さく頷く。


 以前の会話から考えるに、明るくとも誠実な人柄なのだろう。

 恩に着せるよう遠慮するよりはギブアンドテイクの方が、素直に受け取ってもらえそうだと判断した。


「折角の機会だ、食事の時だけでも仲良くしようじゃないか。俺は『獅子の牙』リーダーのカイルだ! よろしく頼むよ」


「『宵闇の誓約』リーダーのラセルだ。こちらこそよろしく」


 冒険者パーティーのリーダーだったか。

 以前会った時の感覚から腕が立つと思っていたが、やはり相応に強いのだろう。


 たまたま入った店だったが、思いがけない出会いがあったな。

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