誰よりも見てくれた人に、誰よりも認めてもらえたことの特別
朝食前に、既に宿の引き払いを済ませた。これ以上ここに用事はないからな。
「それで、シビラ。セントゴダートへはすぐに向かうのか?」
肉と野菜を巻いたパンを食べながら、同じ物を口にしているシビラに聞く。
ジャネットは肉抜きで、マーデリンも同じもの。エミーは俺と同じものを二つ――と説明している途中で一つが食べ終わったな。
「んー、王都『セントゴダート』は入門管理が厳重なのよね」
「王都はそんなに入門が厳重なのか?」
「かなり厳しいわよ。誰でも入ることができたら、女王の敵が来ちゃうかもしれないもの。一人一人きちっとチェックされてるし、王都の人はそれを全て理解してるわ」
なるほど、思った以上に厳しそうだな。
「まー大丈夫でしょ多分。なんといってもこのアタシがいるんだもの」
「今の一言で猛烈に不安になってきたぞ」
「何でよ!?」
お前が堂々と胸を張って『多分』と言ったからな。
頭の回るこいつがそう言ったということは、恐らく『弾かれる確率がある』のだろう。
セントゴダートは遠いからな。
確実に入れると言い切ってもらわないと困る。
「あの、でしたら」
食べ終わったマーデリンが、遠慮がちに手を挙げた。
「皆さんがお住まいだった孤児院にも『太陽の女神教』の方が視察に来るはずです。その方ならすぐに信頼いただけるのでは」
「あっ」
シビラが手を叩き、俺を見る。
考えていることは同じだろう。
次の行き先は決まったな。
「――というわけで、フレデリカには一緒にセントゴダートまで来てほしい」
俺達は一旦アドリアへと戻り、孤児院で今日も変わらず料理をしていたフレデリカに話をする。
道中、マーデリンにはフレデリカのことを一通り話している。
「まあまあ、ラセルちゃん達はセントゴダートへ行くの? それなら確かに、私が一緒に行った方が王都へは入りやすいわね」
「じゃあ……」
肯定の言葉がすぐ帰って来るかと思ったが、フレデリカは言い淀んだ。
「でも、新たにやってきた子もいるし、ジェマさんの体調も気になるのよね」
「――ああん? あたしの体調が何だって?」
フレデリカの言葉を聞きつけたのか、フレデリカの後ろから幼い子供を肩に乗せたジェマ婆さんが現れた。
つーか元気だなおい。あんたマジでいくつだよ?
「体調なんて、ラセルが戻って来た日にはとっくに治っとるわい! 全く、フレデリカまであたしを年寄り扱いするんだから失礼さね」
「……本当に大丈夫なんですか?」
「まあ、あんたの気持ちも分かる。帰ってきた日はそりゃもうかっこ悪い姿を見せちまったからね。でも」
婆さんはこちら側の席に来ると、ジャネットの帽子の上から頭をぐりぐりと撫でた。
「すっかりでかくなった子らが、あたしではどうしようもなかった問題を自分達で解決した。あたしを越えていったんだよ。だから——あたしの自慢の、立派な子たちだ」
口を開けば厳しいことばかり言うガミガミ婆さんからの、これ以上ない称賛の言葉。
誰よりも俺達を見てきた人が、俺達の成長した内面を認めてくれた証左。
他でもないこの人にここまで認めてもらえたというのは、素直に嬉しいものがあるな。
エミーも嬉しさを隠そうとせずに笑っていて、ジャネットも少し気恥ずかしそうに口角を緩めて顔を伏せていた。
「それでもあと一人、未だにフラフラしとるの、ちょーっと成長が遅いモンがおるようだ」
ジャネットからエミーの後ろへ移動し、頭を撫でる婆さんがニイッと俺に向けて笑いかける。
あと一人といえば、俺達にとってはあいつしかいない。
最後に婆さんは、俺達の側から正面のフレデリカの方を向いた。
「だから、フレデリカも一緒に行って、ヴィンスを連れて帰ってきておくれ。この子らは、管理メンバーとしてのフレデリカの全力を必要としておるようだからね」
正面にいたフレデリカは瞠目すると、俺達の顔を一人ずつ見た。
「……うん、私の助けが必要というのなら、力にならないとね。もういつまでも頼ってもらえるとも限らないもの、頼ってくれるうちは張り切らなくちゃ」
フレデリカは静かに頷くと立ち上がり、ジェマ婆さんの方へと頭を下げた。
「こちらへ来て早々ですが、再び院をお任せします」
「うむ、任されたよ」
フレデリカからの、業務委任。
それを婆さんは軽く承諾して、からっと笑った。
懸念事項がなくなったな。
だが、それ以上に婆さんがすっかり元の通り元気になったのが良かった。
【聖者】は心の傷までは癒やせない。
癒やせないのならどうすればいいか。
聖者の力以外で癒やすように動けばいいのだ。
両方できるのだから、両方やってしまえばいい。
簡単な話だったな。
「ところで、そちらのお嬢さんの話を聞いてもいいのかい?」
「ああ、マーデリンのことね。それじゃ——」
シビラはある程度の情報は伏せつつも、道中協力関係になる術士であることと、シビラの姉の知人であることを伝えた。
婆さんも、それでマーデリンを信用したようだ。
それから道中の行き先など詳しい解説をする途中で、元気の塊が乱入してきやがった。
何が困りものって、シビラは真っ先に必要な説明を切り上げてガキ共と遊びに行っちまったんだよな。
精神年齢同年代かよ。同年代だったな。
やれやれ、こうなっては仕方ない。
俺もあいつらの面倒を見てやるかな。
「フレデリカ、それじゃ明日からまた頼む」
「ええ、ラセルちゃん! ふふっ、今度はジャネットちゃんも一緒に旅できるのね」
マデーラでは俺とエミーとシビラの三人が護衛だった。
ハモンドではジャネットが助けに入ってくれたが、フレデリカはもちろん来てはいない。
結果、職業を得た後でジャネットとフレデリカが一緒になるのは、今回が初となる。
「フレデリカさんとは、あまり喋りませんでしたね。しばらくご一緒となりますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ジャネットちゃんったら優秀すぎちゃうから、教師も兼ねて赴任している私の立場がないんだもの。困らなくて困っちゃうわ」
「その勉強と称した趣味の読書に没頭できたのは、フレデリカさんに家事をお任せしていたからですよ。もう少し頻繁にお手伝いできれば良かったのですが」
「ううん、違うの。教え子達が優秀になってくれるのが、私の目的だもの。だから……ふふっ、勉強を教えるのに失敗しても、教会管理会長の方へは優秀な生徒がいるって話して証明代わりに納得してもらってたの。私が教えたこと、なーんにもないのにね」
フレデリカは楽しそうに笑って、舌をちろっと出した。
なかなか珍しい、フレデリカのお茶目な一面も……いや、結構頻繁に冗談を言ったりもしてるなこの人。
しかし、なるほど。
ジャネットが読書に集中するためにフレデリカに頼り、フレデリカも料理に時間をかけるためにジャネットを便利に使っていたのか。
俺にも気付くなら無論ジャネットも気付いており、フレデリカの思わぬしたたかさに驚いていた。
「知りませんでした、新事実です。じゃあ……お互い様、ですかね?」
「ええ!」
そんな会話をして、二人は楽しそうに笑った。
ちなみに。
「あの……ところで、その、勉強を教えるのに失敗したというのは……」
「うんうん、自分で分かってるようでよろしい。そろそろ算数は指を使わずにできるようになった?」
「ごめんなさいホントすみませんゆるして」
ジャネットが埋めてくれた穴、すぐ隣にあったんだな……。






