【勇者パーティー】エミー:足りている時に余っている量を把握していないと、不足してから対策しようとしても取り返しがつかない
今日一日は、もう何もしたいとは思わなかったのに、ヴィンスは探索を強行した。
それは、先ほどのケイティさんとの会話が原因だ。
ケイティさんは、レストランでデザートまで全て終えて、席を立った頃に再び言ったのだ。
『ところで、やはり【神官】は雇わないのですか?』
確かに【魔卿寄りの賢者】の問題は聞いたけど、私は何故そこまで神官……回復術士にこだわるのか分からなかった。
見たところケイティさんも、詳しいけれどベテラン冒険者ってわけではないし。
それに結局のところ、いくら神官より覚えるレベルが遅くてもジャネット自身の【賢者】レベルが高いのだ。
少なくとも私は、神官が必要か必要でないかに関係なく、ラセルを追い出したのに別の回復術士を雇うなんて、とても認められない。
……だって、それなら、何のためにラセルは出て行ったのかわからなくなるもの。
もちろん、ヴィンスは反発した。回復術士を追い出したことを否定されるよう……というか実際に否定されているに等しい。
でもヴィンスはケイティさんに嫌われたくはないだろうから、ラセルを追い出したことは言わない。まあケイティさん美人だし、おっきいし、露骨に狙ってるよね。
それを含めた上でも、ラセルを追い出した自分の判断が間違っていたように思われるのは、どうやら我慢ならないみたいだ。
『余裕であることを証明してやるぜ!』
ってなわけで、私たちはケイティさんを——ヴィンスの熱烈な勧誘により——パーティーメンバーへと組み込んでの探索となった。
しばらく探索してみたけど、ケイティさんは知識があるだけあって、それ相応に手慣れた【魔道士】だった。
なんでこんな綺麗な人がソロなんてやってるんだろうね。
男性トラブル?
パーティークラッシャー?
……余裕で実現できるであろうことが容易に想像できてしまうあたり、美人ってずるい。
まあきっと、ここまでの美人ならそれはそれで苦労もあるんだろうね。
ちょうど中層の中でも、話題に出した第八層まで降りてきた。
「それにしても、私が勇者パーティーと組めるなんて、嬉しいですわね」
「へへ、そうだろそうだろ。ケイティ、ずっといてくれていいんだぜ?」
「あら魔物」
「っ……ああもう、鬱陶しいな!」
ヴィンスもさすがに、魔物を無視して口説くなんてほど非常識じゃないわよね。ダンジョン内で私とジャネットの隣で口説きに行くあたりも非常識だけど。
私は二人が身を寄せ合っているのを呆れ顔で見つつ、ジャネットの隣へと下がった。
「前まではここまで積極的じゃなかったと思ったんだけど。随分、こう、お盛んになっちゃってる、ね……」
「……ラセル」
「え……!?」
ジャネットが、突然その名前を発して驚いた。
「ら、ららラセルが、どうしたの?」
「ラセルがいたから、口説いてなかっただけ。視線とかと同じ」
「えっ? あ……」
視線のことを言われて、私はすぐに思い当たった。
これは、私たちを第三者視点でずっと俯瞰的に観察していた、ジャネットだから気付けた話。
ヴィンスは、ラセルの前ではあまり女の方をじろじろ見なかったのだ。
不思議とヴィンスは、男からは女好きであるという認識はされていなかった。
……露骨に狙うような目は、女と一緒にいる時だけ。
そういう『隠れ肉食系』みたいな部分も、ヴィンスの男と女からの評価の大きなズレになっていた。
女の人が『ヴィンスと一緒にいるのが苦手』と言っても、彼は喧嘩っ早いがいやらしいタイプではないとか思ってる人の方が多かったぐらい。
「……僕も、今日は久しぶりに馬鹿みたいに見られてるね。【賢者】みたいな後衛の術士だから良かったものの、前衛ならこんなもの切り落としてる」
「ぶ、物騒なこと言うね」
「視線、ほんと分かるからさ」
まあ、うん。そういうのは、同じ女としては大いに理解できる。
ジャネットは、私と同じ物食べてきたのかなってぐらい違うからね。ちょっと理不尽と思ってるのは秘密。
だからジャネットは、露出の少ない服を着ている。それでも同じ暮らしをしていると、当然ヴィンスやラセルには知られていた。
「まったく……僕の胸は磁石じゃないんだっての」
「え?」
「意図的に大きく揺らすとね。ラセルの目とヴィンスの目、同時にぐるっと動くんだ、逆方向に。ほんと、正反対だよ」
「あ、あはは……」
なんだかそれ、よく分かる。
ラセルってばすごく控えめで奥手だったから、一緒に居て心地よかったんだよね。ヴィンスは顔を逸らしつつも、必ずガン見してた。
そんなところも二人は一緒に育ったのに、対照的だった。
私は、こんな会話をしていることが、もう遠い昔のことを話しているようで……どうしても聞きたくなった。
「……ラセル、いなくなっちゃったね」
「うん」
「ジャネットは、ラセルを追い出すのに賛成したと聞いたよ。どうして?」
「……ラセルは、レベルが低い。『職業レベル』はそのまま耐久力にも影響するから、中層のボスだと即死する危険がある。……ラセル、パーティー探索に向いてないと思ったし、回復は僕がいるから大丈夫だと思った」
「……そっか」
ジャネットは、やっぱりラセルを心配していたのだろうと思う。
顔をずっと逸らし続けているけど、照れ隠し、だよね。
「でも、ケイティさんの話は——」
「おーい、新しい宝箱部屋があるぞ! 隠し場所だ、かなり数ある! ジャネット!」
「ん、わかった」
前を歩いていたヴィンスからの声で、会話を打ち切ることになった。
罠を調べる魔法を使うのは、【賢者】ジャネットの役割だ。
ジャネットと交代して、ケイティさんがこちらにやってきた。
「ふふふ、とっても楽しいです」
「そうですか? なんだかヴィンスが失礼というか、遠慮がないというか……迷惑をかけて申し訳ありません」
「え? ああ……はい。それに関して、私は特に気にしてはいないですよ。男性っていくつになっても男の子ですから」
ハイ決定、ケイティさんはとってもいい人。それと同時に、絶対パーティークラッシャー。
男二人以上のパーティーだと、一瞬で瓦解するね。
「確かにヴィンスさんは、必死で可愛いぐらいにグイグイ来ますね。英雄色を好む、だから優秀な女性を囲い愛せる人が【勇者】になると聞きます」
「はあ」
「それはそれとして、もっとエミーさんとお話ししたかったんですよ」
「えっと、その、光栄です……あんまり私自身は面白くないですよ」
「【聖騎士】でありながら、その反応をするところが既にとっても魅力的で興味深いです」
うう、やっぱケイティさんはケイティさんで、グイグイ来るなあ。
でもまあ、悪い気はしない、かな?
こんなたまたまもらえちゃった職業でこんなふうに見てもらえるなんて、ちょっと後ろめたいぐらい。
「ところで」
「はい」
ケイティさんは、私の目をじーっと見る。
……ほんと綺麗な金色。まるで光ってるみたい。
「……エミーさんの目、青い空みたいに綺麗」
「ちょうどケイティさんの目が綺麗だと思っていたところです」
「まあ!」
ころころと笑い、再び私の目をじーっと見つめるケイティさん。
う、うう……な、なんでしょうか……?
「エミーさんは、プロテクション、覚えました?」
「プロテクション、ですか? 知らないです」
「そうですか。防御魔法なので、プロテクションとマジックコーティングは早めに覚えた方がいいんですよ。どちらもすごく、高性能なんですよ」
「ケイティさんって、職業にお詳しいですね」
「ええ。特に勇者様のパーティーのお話は興味津々で。沢山集めちゃってます」
私は、私の職業のことをまだまだ知らない。
そっか、そんないい防御魔法が後から覚えられるんだ。
私、もーっと頑張らないと。……それこそ、レベル1のラセルと一緒でも、お互い一切無傷なぐらいに。
ケイティさんのお話は、本当にためになるなあ……。
「それに、『スキル』もありますからね」
「え?」
「今代の聖騎士も賢者も女性でヴィンスさんが男性ですから、ヴィンスさんと一緒にいたらすぐに分かりますよぉ〜」
ニコニコしながら、ケイティさんは向こうへ歩いていった。
よくわからないけど、ケイティさんが言うのなら間違いなさそうだ。
よーし、もっともっと、強くなるぞー。
そして私たちは、第八層のフロアボスに挑むこととなった。
「以前より、味方も増えた! ちゃんと力になってくれるヤツだ!」
「ええ、もちろん。ちゃんと力になりますよ?」
「おっと、そうだったな!」
ヴィンスが笑いながら、扉に手をかけた。
……待って、よ。
何よ、その言い方。
まるで、ラセルが力になってくれないみたいじゃないの……。
……いや、さすがにそろそろこんな自問自答を繰り返すのはやめよう。
ラセルは、自分がいずれ追い出されるのを予想していた。
だったら私も、今までの流れから気持ちを察知するぐらい、しなければいけない。
ジャネットとの会話を思い出す。
その情報と、昨日のことと、今の状況。
もう少し、私も勘を鋭くしなければいけなかった。
つまり。
ヴィンスは、ラセルのこと、私が思っている以上に邪魔に思っていたんだね。
……扉が開く。
今は、考え事はやめておこう。
フロアボスは強い。油断して挑むと、命を落とす。
そうだ、ラセルは確かに弱くて、守ってあげなければいけなかった。
ジャネットが遠ざけるのも分かる。心配なのだ。死んでほしくないのだ。
だから私は、彼の分まで頑張ろう。
そして、最強になって、魔王でも何でも倒して。
帰ってきちんと、謝るのだ——。
——フロアボスとの死闘は、長時間に及んだ。
この階層の敵より一回り大きいブラッドタウロスは、頑丈で、力も強くて、なのに少し動きが速い。
特に動きの速さが厄介だ、油断していると僅差でやられる。
盾を滑らせるように、掠るように、そして大振りの時は避けるように——。
「——エミーさんっ!?」
「しまっ——ッぎぃ!」
しっかり見ていたつもりが、対応が間に合わない! 私はタウロスの直撃を片手で受けてしまった。
痛い! 歯を食い縛って痛みに耐えても、身体がちぎれそうだ!
痛みに気を取られている場合じゃない、私が次も受けなければ、後ろの術士二人がやられる!
「《ヒール》」
小さく魔法を唱えて、私は盾を……盾を?
盾が、重い。
持ち上がらない。
「何やってる! 《ヒール》!」
ヴィンスの声が飛んできて、私は相手の直撃と同時に、両手で盾を持ち上げた。
「回復しろ、危ないだろ!」
「したわよ!」
「できていなかったぞ!?」
言い争いをしながらも、ボスへの対応は忘れない。
集中しないと……!
私が耐えている間もジャネットの攻撃は苛烈で、次に着弾した魔法が弱っていたタウロスの片腕に当たり、ようやく動きが封じられた。
疲れた……でも、ここまで来たら、消化試合だ。
私は、さっきまでの危ない状況を思い出していた。
確かに、ヒールは使ってたはず。
ヴィンスとジャネットが、フロアボスの宝箱を調べている中で、再びケイティさんが私のところに来る。
「大丈夫ですか?」
「ええ。回復していたはずなのに、失敗したみたいで……」
「いえ、普通に発動していましたよ、二人とも。レベルが高いんだから、もう神官の回復魔法じゃないと、さすがにヒールは一回じゃ足りないですよね。……だから【神官】を雇うように言ったんですけど」
「……え?」
「まあ、ヴィンスさんの言ったとおり、ちゃんと討伐できてよかったです。……あ、宝箱が開いたみたいですね。……うーん……それにしても不思議だなあ……」
ケイティさんが向こう側に歩き出して、燦めく金髪をさらりと流すように首を傾げながら、ボソボソと小さい声で独り言を呟き始めた。
「……白魔術師外してパラディンの回復魔法頼りとか、僧を外して勇者の回復呪文頼りとか、縛りの中でも一番厳しいっていうか……いや、有り得ないよね、回復なし魔王討伐パーティー。【勇者】も【魔卿】も【剣聖】もなしで、素手の【武術師】三人で魔王討伐できても、【神官】なしで魔王は無理じゃないかなあ……」
私はその瞬間……目の前の美しい人が、何か得体の知れない別のものに見えた。
理解できない呟き。
聞いたことのない単語。
……それでも分かる。
ケイティさんは、回復術士がパーティーで一番必要だと思っている。
勇者より、賢者より……恐らく、聖騎士よりも。
私は、フロアボスを討伐して危機を乗り越えたのに、自分の足が底なし沼にはまっているような……そんな錯覚を覚えるほど、不安で動き出せなかった。