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俺とヴィンスの戦い

 戦う前に、この男のことをもう一度確認する。


 ――【勇者】ヴィンス。女神より授けられし最上位職を持つ、孤児院出身の男。

 体格は良く、剣の腕も決して悪くはない。

 魔力も十二分にあり、攻撃魔法も回復魔法も自由にこなす。

 万能型であり、全能力において圧倒的な存在。それがヴィンスという男だ。




 俺より高い位置にある顔が、見慣れた表情で俺を見下ろす。

 そこには侮蔑も嗜虐もなく、ただ戦う男の『自信』が刻まれているのみ。


 それはもっともヴィンスらしい表情であり。

 同時に、パーティーを追放した俺に見せるにはあまりに不自然な表情だった。




「——おらッ!」


 自分の手に小さな振動が伝わった瞬間、ヴィンスは声を上げて両手持ちの剣を振り上げた。

 俺はその上段からの攻撃を冷静に見て、一歩下がりかわす。

 速度と威力だけなら大したものだ、やはり元の肉体に最上位職を上乗せした身体能力は、並大抵のものではない。


 だが、当たらない。

 正直今のは、考えてない時のエミー並の大振りだ。

 振る前に声を上げてしまう辺り、避けてくれと言っているようなものだしな。


「ちっ、よく避けるじゃねえか。だが、いつまで保つかな!?」


 次にヴィンスは、横から振り抜くように俺の胴を狙う。

 剣を打ち合わせては、俺の武器が手から飛ぶだろう。無論この攻撃も回避し、勢い余って振り抜かれたヴィンスの腕が戻らないうちに、剣の先で手甲を勢い良く叩く。


 当然だが、闇魔法を乗せてはいない。

 アリアとマーデリンがどう動くかが未知数であるのもあるが、さすがに俺もヴィンスを殺したいとまで憎んではいない。

 ……憎んでいない、とは言い切らない。

 俺がそこまで憎んでいないのは、俺の内面によるものではない。求める力を得た事と、あの日エミーが俺に付いてきてくれたことが大きい。

 どちらも失ったままなら、こうも冷静ではいられなかっただろう。


「くっ……!」


 どれほどのダメージがあるかと思いきや、結構効いているらしい。

 そういえばアドリアの魔王も、勇者のことを『脆い』と表現していたな。

 あれは精神面を指していたのかと思ったが、身体的にも聖騎士に比べると脆い方なのかもしれない。


 視界の端で感心したように眼を細めるアリアと、逆に目を見開くケイティ。


「ヴィンス、魔法を使いましょう。そうすれば勝てるわ」


「うっし、それなら早い! 殺しは駄目なんだよな?」


「駄目よ」


「分かった」


 ケイティは何が何でも俺を捕まえて帰りたいのだろう。

 こいつに捕まった暁には、何をされるか分かったものではない。まあ……記憶は間違いなく、奪われるだろうな。その上で、命令を聞くだけの人形になるのだろうなと目の前の光景を見て思う。

 やれやれ、勘弁願いたいものだ。


 ヴィンスは両手で持っていた剣の左手を離すと、一歩引いてその手をこちら側に突き出した。

 来る——!


「《セイントアロー》!」


「《ダークアロー》」


 あちらが来るというのなら、遠慮はいらない。

 恐らくこいつらに隠したところで意味がないだろうし、残り三人は知っていると見ていい。


 ヴィンスの手から放たれた白い光が、俺の手から放たれた黒い矢とぶつかり消える。

 相殺、か。


「……んあ? 何だおい。ケイティ、あれは?」


「あれは闇魔法。悪に堕ちた魔道士が使う魔法よ」


 人の幼馴染みの記憶を奪っておいて、よく言えたもんだなおい。


 黙って聞いていたシビラが溜息をつき、その嫌味ったらしい会話が意味のないものであるかのように、俺に必要最低限のことを伝える。


「光魔法は闇魔法と対極の魔法。性能は同じで、威力も同じ。ぶつかれば相殺する。それだけ覚えていたら——」


 ——勝てる。


 最後は言葉にしなかったが、シビラが言いたいことははっきりと分かった。

 さすが、役に立つ情報だけ的確に教えてくれる相棒。正義だの悪だの、今の俺達には不要なものだ。

 力のない正義に意味などないし、属性だけで選別した正義と悪にも意味はない。

 その人の行いと結果が、正義となるのだ。


 闇魔法を手にした俺には、その信念さえあれば十分。


「へえ、只の悪人じゃねえってか。これは魔王討伐以上になりそうだな! 殺しは駄目なんだよな?」


「絶対駄目よ」


「絶対、か。さすがケイティは優しいな。いいぜ、やってやる」


 ヴィンスが再び、俺の方に手を向ける。

 視界の隅でケイティが、唇で弧を描き「持久戦ね〜」と、妙に嬉しそうに喋る。


 後ろで「ふん」という鼻息が聞こえた。

 やれやれ——前もやらかしかけたんだから、抑えろよ?


「おい、何笑ってやがる! くそっ、《セイントジャベリン》」


「《ダークジャベリン》」


 俺はヴィンスの声に、二重詠唱を重ね……なかった。

 魔法は当然相殺し、ケイティは笑みを深める。


「《セイントレーザー》!」


「《ダークスフィア》」


 ヴィンスの手からは光の筋が放射状に放たれ、俺を囲むように襲ってくる。

 ちっ、拡散からの集中攻撃か!


 光の魔法は、俺に直撃……する前に、ウィンドバリアの前にはじけ飛んだ。

 だが、バリアの方は今の一撃で吹き飛んだ。二重詠唱でかけていたのだ、相当な威力だろう。


「《ウィンドバリア》」


 防御は二重詠唱で、再び同じものを張る。

 上でこちらを見ているマーデリンが、一歩後ずさる音がした。


「防御魔法も使うのか。どこまで保つかな? 《セイントジャベリン》!」


「《ダークジャベリン》」


「《セイントレーザー》!」


「《ダークスプラッシュ》」


 次は、相殺した。ヴィンスがどこまでの魔法を覚えているのかは分からないが、魔法で負けるつもりはない。

 そもそも【勇者】が剣技にも長けていながら魔法も最強クラスというのが反則的なのだ。

 多少レベルが低かったところで、魔法まで負けてしまえば意味がない。


 何度も、何度も。

 ヴィンスは光魔法を撃ち、俺は闇魔法で相殺する。


 あの時、闇魔法を得た日。

 ヴィンスに並んだ、俺が主役おれになれた、あの日。


 勇者になりたかった。

 もしもなれないのなら、せめて物語の英雄に並び立てる存在にと願った。


 ずっとこうなることを夢見てきた。

 対等だ。

 俺と勇者が、対等にぶつかり合ってるぞ。


 見てるか、ヴィンス。見ていないだろうな。

 正面のお前じゃない。俺の幼馴染みに見てほしいのだ。


 悔しがってほしい。羨んでほしい。

 後ろ暗い感情ではなく、単純に今の俺を見てほしいのだ。

 俺をここまで強くしたヤツに、今の俺を見てほしいだけなのだ。


 お前じゃない。

 お前じゃないんだ——!


「《ダークアロー》、《ダークジャベリン》、《ダークスプラッシュ》!」


「《セイントアロー》! 《セイントアロー》! くっ……アリア!」


 ヴィンスは顔を腕で防ぎ、俺の闇の飛沫をくぐもった声で受けながらアリアのところまでバックステップで戻る。

 顔から汗が噴き出している。魔法の連続使用が祟っているせいだ。


「ヤバくない!? マジックポーションは上で使ったから、今持ってるのはマーデリンだよ!?」


「——待って」


 ここで、ヴィンスとアリアの会話を止めたのは、ケイティだった。

 視線を向けると——あの嫌らしい笑みでこちらを侮っていたケイティが、目を見開いて呆然としていた。


 


「……どういうこと? 確かに、策は嵌まった。魔卿。宵闇の魔卿。取られた。浪費ばかりの魔道士、捨て身の最上位職、愛を知らない宵闇の職業ジョブ


「おい、ケイティ……ケイティ?」


「光は人の心、愛の力。闇より先に枯渇なんてしない。だから組んだ、策に嵌めた。戦う前から、結果は決まっていた。そもそも、連戦だったはず。魔法が競り負けるなんて、有り得ない、有り得ない、これじゃマジックポーションがあっても足りない。足りない? 何故? 何故? こんなの——」


 そこには、先程まで勝利を確信し、余裕綽々の笑みを浮かべていた女神はいない。


「策士策に溺れる、ってね」


 反面、こちらの女神は実に楽しそうな顔をしていた。

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