どんなに優秀であっても、望みと一致していなければ喜べないことは多い
「やっぱ肉よねー」
足を広げてダンジョンの床に座りながら、解体したバットの骨付き肉にかぶりつくシビラ。
それが妙に似合っている。
味付けは塩のみ。それでも十分に美味い。
「乾燥携帯食、高い上にマズいし、使いたくなかったから助かったわ。あんたも食ってる?」
「ああ。討伐証明部位は牙だったよな」
「ええ。っとそうだ、思い出したわ。あんたに渡さないとね」
シビラは袋の中から、こちらに牙を見せる。
それは、報酬を分けるやり取りに他ならない。
「……それは、シビラが倒したものだろう。俺は構わないから取っておけよ」
「ははっ、あんたボケたわね」
「なんだと?」
シビラはその牙をこちらに投げる。
空中でキャッチすると、手の中の牙は乾いていた。
「……そうか、昨日のか」
「そういうこと」
孤児院の入り口前で死体になったであろうダンジョンスカーレットバット。
そいつを解体した肉を朝に焼いていたのが、この女なのだ。
だが倒したのは間違いなく俺。なるほど確かに、呆けていたな。
「ま、報酬一緒にすると後々面倒そうだし、こういうのはきっちり分けましょ」
「そうだな、トラブルの種になりそうだ」
俺が忘れていた報酬分もきっちり分けてくれたシビラを、じっくり見る。
シビラは俺が見ていることに気付くと、ニヤニヤと笑みを浮かべだした
「シビラちゃん優しいでしょ」
「ああ、そうだな」
「おっ!? んっふっふ〜、やっぱり惚れちゃった?」
「どうしてお前はソロなんだ?」
そう、この女は見た目の情報を全てゼロにしたとしても、それ以外の部分で十分にパーティーを組みやすい能力と性格をしている。
こんな女が単独で活動しているというのは不自然だ。
俺がそのことをついに聞くと、シビラはさっきまでのお調子者らしき雰囲気から、目線を逸らしつつすごすごと引いた。
「……あんたそれ聞いちゃう?」
「俺は自分のことを話したからな。ただお前が話したくないのなら、別に構わないぞ」
「じゃあ秘密」
こ、こいつ……!
「……ま、大した理由じゃないわよ。回復術士探してたんだけど、それ以外の男ばっかり寄りついたってだけ」
「たまたま寄りつかなかったのか? 神官なら街にいくらでもいそうだが……」
「絶対数が少ないっつったじゃん、そもそも女神のヤツは性格に合わせた天職なすりつけるのよ。だからアタシみたいな世界一の美女になると、胸と尻ばっか見てるみたいな男しか寄りつかないのよね。多少はともかく、過剰にそういうヤツは【神官】にはなんないの」
自分で自分のことを世界一の美女とか言い切ったよ。
まあ実際世界一の美女と言って差し支えないツラをしてるあたり、非常に腹立たしいが。
……そして、今。
確かにシビラは、女神のことを『女神のヤツ』って言い方したな。
やはりこいつは、他のヤツに比べて女神のことを明らかに信仰していない。
初日の会話と、それで興味を持たれた今朝のことを考えると納得するが。
「ま、どうでもいいっしょそんなこと」
「そうか……それもそうだな」
ま、俺も女神は信用していない。信仰心の足らないパーティーってやつだ。
俺はシビラへの質問を切り上げ、次の場所へと向かった。
ある程度魔物を討伐し終えたところで、俺のレベルが上がった。黒ゴブリン自体が経験値の高い魔物のようで、思った以上にすぐレベルが上がって驚いている。
「よし、新しい魔法を覚えたぞ」
「よかったじゃない。レベル7の聖者って何が使えるのかしらね」
「次はこれだな。《エクストラヒール・リンク》」
俺が魔法を使うと、エクストラヒールが発動。
まあ、名前から察するに……パーティーメンバー全員に、同時にかかるエクストラヒール。
「……地味だな」
「地味じゃなーーーい!」
「うおっ!? いきなり大声を出すな!」
今まで一番の大声を近くで叫ばれて、さすがに驚いたぞ。
音ってやつの攻撃は耳栓でもなけりゃ防具で守ってないんだ、いきなりそういう不意打ちはやめてほしい。
「エクストラヒールのリンク!? とんでもない大魔法じゃない!?」
「無詠唱でエクストラヒール二回使う方が楽だろ」
「何言ってんのよ! そんなはずは……えっと、た、確かにそうだけど! 今のアタシらにとっちゃそーだけどさあ!?」
一体何をそんなに興奮しているのか全くわからないんだが、シビラにとっては大事件らしい。
エクストラヒールをパーティー全員にかける魔法が、か?
「そんなに凄い魔法なのか、新しく覚えたにしては地味で仕方ないと思うのだが」
「回復魔法の完成形をあんたは何だと思ってんのよ! 普通の冒険者は無詠唱で使わないし、パーティー四人で断続的にダメージ受けてる時だったら普通は回復が追いつかず大変で……ってちょっと待って。ヒール・リンクは使える?」
「レベル3の魔法か。確かにあちらの方が使い勝手いいとは思うな、次からはそうしよう」
「いやいや待ってよ。四人以上用だから、燃費悪いと思うんだけど!?」
「魔力が枯渇することはないぞ」
「そういえばあんたってそんなヤツだったわね……」
頭を押さえて溜息をつくと、シビラが小さく呟いた。
「……これは、後が楽しみね」
「後? そういえば先ほどから回復術士の魔法に詳しいが、シビラは他に何を覚えるか教えてくれるか?」
「ん……!? あ、あー。えーっとえーっと」
……そんなにおかしな質問じゃなかったと思ったのだが、何故かシビラは慌て始めた。
「あ、後が楽しみってのは、一緒に探索するのが、楽でいいなって意味よ!」
「結局覚える魔法は知らないのか?」
「んー……全部覚えたんじゃない? もしもあるとしても、残りはキュア・リンクぐらいしか想像つかないわね」
俺は、シビラの台詞に……頭がハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
……これで、全部?
この全体全回復魔法と、全体治療魔法、そして矢を避ける程度の魔法で……全部?
なんだよ、それじゃ俺はあの勇者パーティーに残っていても、結局のところどう足掻いても最後まで何の役にも立てなかったのか?
そんなに、聖者っていうのは大したことない職業なのかよ。
どんな歴代の勇者パーティーの伝説の中でも、【剣聖】や【弓聖】より重要で目立つ存在だっただろ、【聖女】ってやつは。
これだけ、なのか?
「……攻撃を支援する強化魔法みたいなものは、ないのか?」
「強化魔法は属性付与なら【魔法剣士】や【剣聖】だし、身体強化ならアタシみたいな【魔道士】の役目。攻めるための魔法なんて治療を専門とする人が覚えるような暇はないわ」
「じゃあ……もっと有効な防御魔法は、ないのか? ウィンドバリアを覚えたんだ、怪我しなくても役に立てるような魔法が、もっとあるはずだ」
「防御魔法にはプロテクション、マジックコーティングの二つがあるわ。それぞれ物理と魔法に対するもので、全身に魔力を纏わせる最上位魔法ね。ちなみにウィンドバリアは例外中の例外、【神官】レベル25で覚えるベテラン専用魔法よ」
「プロテクションとマジックコーティング……それを覚えれば……」
俺が一縷の望みをかけて、無意識に呟く。
防御魔法のことを聞いて、俺は自分の代わりに怪我をした、あの日のエミーのことを思い出していた。
今からでも役に立ちたいとか、そういうことではない。
シビラの反応を見れば、【聖者】というものがどれほど優秀であるかということなど、嫌というほどわかる。
ただ……それでも俺は、勇者パーティーで活躍できるほどのものを授かった、希望のようなものを持ちたかった。
攻撃ができなくても、身体を張って盾になるぐらいの魔法を覚えられるのなら、ここまで自分の職業に失望することもなかっただろう。
しかし、俺の問いへの答えは。
ある意味、一番残酷なものだった。
「無理よ、だって——」
シビラは淡々と言い放つ。
「——両方とも【聖騎士】専用魔法だもの」






