普遍的な単語ほど、核心だと気付きにくい
俺は、立ち上がったジャネットを、ゆっくりとベッドに座らせる。
まだ万全じゃなさそうだからな。
「僕の体調自体は、悪くない。でも……そうだね、弱っている自覚はある」
「ああ、無理するな。俺の回復魔法でも、肉体以外はどうしようもないからな」
ベッドに腰掛けたジャネットのすぐ正面で片膝を立て、俺はジャネットの両手を包むように握る。
ジャネットは驚いてエミーの方をちらちら見つつも、俺の方を向いて首を振る。
「や、やめてくれ、僕にそんな……」
「すまない。嫌かもしれないが、しばらくこうしていてもいいか?」
「その、ぼ、僕はいいけど……。あと、嫌ではないよ。勘違いされると嫌だから、それはハッキリ伝えておく」
困ったように顔を伏せながらも、振りほどこうとはしない。ジャネット自身が嫌でないのなら、しばらくこうしていよう。
シビラが顔に手を当てて「はぁ〜っ……」と溜息をついているが、無視。
それにしても……小さい手だ。
この手で重い本を何冊も読んで、その知識に俺達はずっと助けられてきたのか。
こんなに、弱るまで頼りっきりで。でも、俺達はジャネットの分野を何も助けることができずに。
思えば、剣士として力強く技術もそれなりにあるヴィンスに負けないように頑張ったが、ジャネットの知識に負けないように頑張る気は起きたことはない。その背中が、遠すぎたからな。
それぐらい、俺の中ではジャネットは特別だった。
まだ、術士としては背中を追っている。
それが、俺のジャネットに対する評価だ。
……昔のことを考えるのはこれぐらいにしよう。
今は、これからのことだ。
「無理のない範囲で教えてくれ。……ふー。……『ケイティ』はどんなヤツだ?」
再び名前を出すのに、俺も緊張してしまった。
俺達の要であるジャネットがあそこまで取り乱したのを見ると、その姿が今度は俺のトラウマになりかねなかったからな……。
ジャネットは、びくりと震えた。
両手で包んでいるジャネットの手が、小さく震え出す。
「大丈夫……今度は、みんな味方だ。俺も、エミーも、もちろんシビラもだよな」
「ジャネットは親友だよ」
「エミーちゃんの親友なら、アタシも信じるわよ」
二人の反応を聞いて、ジャネットは大きく息を吸って、数秒止めて……長い時間をかけてゆっくりと吐く。
それは、いつか俺に見せた心の落ち着け方。
顔色は悪いが、先ほどよりは大分安定しているようだ。
「……正直、ラセルにはあまり知ってほしくない相手。だけど……そう、だね。考えてみれば、いずれあの女と対峙するのなら、知らないよりは、知っている方がいいのかもしれない。それによるデメリットよりも、メリットの方が……多い、と、信じたい。できれば一生関わってほしくないけど」
あのジャネットをして、そこまで言わせるほどの人物か……。
エミーの話していた評価と全く違うな。
「俺の知っている限りのことを話そう。エミーからは、美人の魔道士と聞いている。いい人だった、とだけ。この認識は間違いなんだな?」
確信を持って聞いたが、ジャネットは意外にも首を横に振った。
「……合っている。ケイティは、人当たりの良い魔道士。攻撃的な発言はなく、蠱惑的な容姿でありながら男に対する警戒心のかけらもない。魔道士としても優れていて、戦い方が器用で弱くない。ラセルがいなくなって、ケイティが入ってきて……僕達のパーティーは、上層のボスを討伐するところまで行った」
……どういうことだ?
あれだけ怯えていたジャネットから出たのは、まさかの褒める発言のみ。
今喋っているジャネットが褒めるように操られているのではないかと思うぐらい、悪い要素なんて一つもないじゃないか。
「でも——」
両手の中で、ジャネットが手を強く握りしめる感触があった。
……これから恐らく、核心に触れるのだろう。
俺もジャネットの手を強く握り、目を見て頷くことで先を促す。
ジャネットから放たれた言葉は。
「——独り言が、多い」
という、普遍的な発言だった。
俺はそのあまりにも普通の特徴に、一体何がそんなに気になるのかと言おうとした。
——ちょっと独り言が多いけど。
だが、ふとその単語にあの時のエミーの言葉と、その時の表情を連想して思い出す。
独り言。その単語は……確かにエミーも言っていた。
そして、その時のエミーの表情も暗かった。
……いや、待てよ。
思えば個人の特徴を話す時に、『独り言が多い』って紹介はかなり不自然だな。
独り言ぐらい、俺でもしたことがある。だから、わざわざ『独り言が多い』など紹介に入れることはない。
大したことじゃないと思って聞き流していたが、その部分がケイティにとって一番大きい謎なのか?
少なくとも『独り言』というのは、エミーとジャネット二人にとって、容姿と能力以外で共通するケイティの認識だ。
ということは、深く喋らなかったがエミーにとってもケイティの独り言というのは、そこまで異様なものなのか。
「ジャネット。その独り言というのが、ケイティの一番の特徴ということでいいんだな。一体、何を喋ったんだ」
俺がそのことを聞いた瞬間、視界の隅でエミーが口元を押さえた。
シビラが驚きつつも後ろから抱きかかえるようにしてエミーを支えるが、普段気遣いのできるエミーが礼を言う余裕もなさそうなぐらい顔色が青い。
そして、エミー以上にジャネットは、血の気を完全に失った顔で再び身を震わせた。
「大丈夫……落ち着いてからでいい」
ジャネットの小さな手を、強く握る。
安心させるように、味方でいると強く意識させるように。
どれぐらい、そうしていただろうか。
音のない部屋で、ジャネットはついに口を開いた。
「あ……あの、女は……ケイティは。本当に、この世界の人間なのか?」






