出会い
真っ暗な洞窟に、一人の女性が住んでいた。
「今日は待ちに待った満月ね。天馬たちが遊びに来てくれるはずだけど……彼らは私を見ても怖がらないからホッとする。シアナ、もう夜になったかしら?」
「ええ、もうすぐですよ、メデューサ様」
彼女の話し相手のシアナはシュウシュウ言いながら彼女に答えた。
正確に言うとシアナたち、だったが。
「ああ、早く夜にならないかしら」
「メデューサ様、いいかげん日の光を浴びたらどうですか? 体に良くないですよ」
「そんなこと言ったって。怖いんだもの。私を見て怯える人たちが。きっとまた私を見て叫ぶわ。化け物だって」
シアナたちは黙った。
「でも、よくよく考えてみたら、化け物がいる洞窟になんて誰も近づきはしないわよね。思い切って出てみようかしら」
そう言うと、メデューサは洞窟の入り口へと進んでいった。
太陽は完全に沈んでおらず、夕日の赤い光に照らされて、青銅色のメデューサの顔色が一瞬良く見えた。彼女の頭髪はすべて醜い姿をしたヘビだった。シアナの正体である。
「ほらね、誰もいない。あー、なんて気持ちいいんだろう、外って」
「だから言ってるじゃないですか、昼間も堂々出ればいいんですよ」
「そうね、検討してみる。あのね、シアナ。年頃の女の子ってのは、傷つきやすいものなの」
「だから、何です?」
「あなたって鈍感な人ね」
「人じゃないですから」
「ああ言えばこう言うんだから」
その時、シアナたちが一斉にある方向へと鎌首をもたげた。
「なに、どうしたの?」
異変に気付いたメデューサは耳を澄ませた。
「シアナ、人の声がする……それもたくさん」
「行ってみましょう」
「えっ、行くの?」
「もちろん。尋常じゃない様子ですから」
「もう、野次馬……じゃなかった、野次ヘビなんだから」
シアナたちの先導に任せて、メデューサは身を潜めつつ、声のする方へと進んだ。
「…!!…」
メデューサのはるか前方の草原で、剣の小競り合いが始まっていた。
(なんなの、これ)
見ていると、一人の騎士風の若者に対して、複数の覆面の男たちが襲いかかっていた。
(メデューサ様、どうやらこれは旅人が盗賊に襲われているようでございます)
(そっ、そうみたいね。で、どうすればいいの、私?)
(当然、傍観でしょう)
(やだ、シアナ、あなたって意外と冷たいのね)
(意外とじゃなくて冷たいですよ、知ってるでしょう)
そうこうしているうちに、若者は賊らしき男たちに取り囲まれた。
「だめっ!」
(あっ、メデューサ様!)
思わずメデューサは草むらの陰から飛び出していた。
「ひぃぃ……!!」
賊の男たちから悲鳴が上がった。
男たちから少し距離があったが、メデューサの、うねる髪の毛、そして青銅の肌を見てとったらしい。
「ゴルゴンだ……ほんとにいやがった」
(嫌な呼びかた……)
メデューサはくじけそうになった。
だが、囲まれている若者は苦しそうにうめき、片膝をついている。どこからか出血しているのか、衣服は血まみれだった。
助けなくちゃ、と思った。
「おい、ヤバイぜ。石にされるんだろ……」
「しかし、とどめを」
「あの化け物がとどめをさしてくれるだろうよ」
そう言って一人が背を向けたとたん、他の者も続いて、馬に乗って走り去った。
草原には傷ついた若者とメデューサだけが取り残された。
(どうしよう)
「助けるんでしょ、あの男を」
「シアナ、でも……」
「ほっとけば死ぬんじゃないですか、あの様子では」
メデューサは、おそるおそる若者の方へと近づいていった。
若者は激しい息をついていたが、メデューサの気配に気付くと、剣を彼女に向けた。
「近寄るな……!」
メデューサは立ち止まった。
また、あの言葉を言われる。
しかし、次の瞬間、バサリと大きな音がした。
若者はその場に倒れていた。