都市伝説部の花子さん
才色兼備にして、文武両道。天は二物も三物も惜しげなく与えた。四、五物くらいまでにしておけば良かったのに、あれもこれもと与えまくった。
結果、なんとも厄介なお嬢様が出来上がった。
「来たわ! 今度こそいけますわよ玲人!」
ここは俺たちの通う聖ローランド学園にほど近い雁ヶ谷公園。川に面して縦長な遊歩道と、季節ごとの風情ある蓮池が特に人気だ。そして今、俺たちは蓮池のほとりにいる。
爽やかな風がそよぎ、早くも紅く色づき始めた樹々に囲まれたこの場所で何をしているかと聞かれると、返答に困る。最初に言っておくがデートではない。決して。
「花子、あんまり身ぃ乗り出すなよな」
「心、っ配、してくれてますの? あ……りがと、もう、ちょ、っと……」
心配なんかしてねーよ、落ちたら助けんの俺だから面倒なだけだ。あとパンツ見えっぞ。
木の柵から身を乗り出して、水面に向かってめいっぱい腕を伸ばしているのは条野花子。条野家といえば日本じゃ知らない奴はいないであろう旧財閥企業である。花子は何を隠そう、そのトップのご令嬢だ。
俺、櫻井玲人はといえば一応、微力ながら日本を動かしているといえるくらいの企業を束ねる男の息子ではあるが、条野財閥を前に名乗れるようなもんじゃない。
そも聖ローはそういう家柄の集まる所だから、その中じゃウチは末端だ。そんな末端の俺が、なぜかこの花子に目を付けられて今に至る。まあ、何かと便利なんだろう。
「くっ……! あ! 触れましたわ!! ホラ、見まして? 見ましたわよね?」
「お、おおう。良かったな」
「遂にやりましたわ! これで都市伝説の完成に一歩前進ですわね!」
そう、都市伝説。花子が俺を巻き込んで行っているのは、都市伝説部の部活動だ。これまで無茶な伝説の捏造に何度となく失敗して、今回は「雁ヶ谷池の鴨に触れたら願いが叶う伝説」だそーだ。ちな今回が部活始まって以来初の成功である。
いつだったか「白猫急便のトラックに轢かれたら異世界転生できる伝説」とか言い出して、誰も転生の証明出来ねーだろって全力で止めたことなんかもあった。
頭良すぎておかしくなったとしか思えない。天が与えすぎたせいだ。と思う。
「で? 願いってのは一体?」
花子が鴨に触れるために束ねていた長い黒髪をほどいた。それを指で梳かすようにして整え、ふうーと大きく息を吐いて、顔を上げた。
心なしか上気したように頬が赤い。鴨に気合いれていたせいと思うが、不覚にもちょっと可愛いとか思ってしまった。
「親の決めた相手じゃなく、好きな人と結婚したいのです。玲人、都市伝説を完成させてくださいません?」
「へ? 俺?」
「にっ、二度は言いたくありませんの!」
花子はいよいよ耳まで紅葉色で、俺は全くの予想外に戸惑った。が、親の決めた相手は嫌だと言った時の潤んだ瞳が、矢の如く俺の心に突き刺さった。今時、自由に恋愛も出来ないなんて、お嬢様も楽じゃねーな。
好きかと言われたら嫌いじゃない。だけど今までは厄介なお嬢様としか思ってなかった。それでもその涙に同情以外の感情が芽生えたのを否定できない自分がいた。これは少し、不思議な感情だ。
もっと泣かせてみたい、今度は逆方向に針を振って。そうやって泣いたら、絶対に、最高に、可愛いはずだという確信があった。
姿勢を正す。
呼吸を整える。
声は少し低めに、静かに。
「ちゃんと言えよ。そんなんじゃ俺の人生賭けらんねーだろ?」
「あ……、んっと、えっと。す、好きなんですのっ」
「よくできまし、た」
ご褒美、と耳許で囁き、長いまつ毛に軽く唇を当てると、大きな瞳から花露のような涙があふれ出した。
午後の低い太陽を浴びてきらきらと光るその粒には、身分違い甚だしい、多難な前途を覚悟するに足る価値がある、そう、思った。
厄介で、最高に可愛いお嬢様だ。
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