第一章 第五節 反撃
追い込んだと思ったアルテミスは反撃の中性子線砲を放つ
アルテミス1のX線レーザー砲の発射間隔が延びている。ちょうど二倍だ。アルテミス1は機体の上下に一門ずつX線レーザー砲のターレットを備えている。一門は破壊出来た可能性がある。
人民解放軍の対空X線レーザー砲が連続して命中、アルテミス1の装甲が落下して夕陽を反射してオレンジ色に明滅する。
「逃がすな。連合宇宙軍機を撃墜しろ」
陳少将が身を乗り出した。そろそろ射程距離限界の高度だ。
「やった」
思わず声が出た。アルテミス1が体勢を崩したのだ。スラスターの水蒸気炎が消え、頭部を下に向けた。
司令室の雰囲気も弛緩した。
突然衝撃を受けて床に転倒した。照明もディスプレイもすべて消えた。何かが脇腹をかすめて飛ぶ。
何も見えない。起き上がろうとして頭をぶつけた。気が動転してむやみにがれきの中を動こうとする。ブーツの底にガラスの破片を感じてようやく落ち着きを取り戻した。
「ハーマン」
呼びかけたが返事が無い。隣に座っていたはずだ。手探りで床を探す。
「ハーマン、どこです」
不意にぬるりとした液体の感触を感じた、血だ。
剃り上げた髪の毛が血に濡れている。誰だか分からない。
意識は無いが幸い息がある。頭の形を指で探りながら、気道を確保する。怪我の位置は分からないがとにかく頭を圧迫する。
「少将」
こちらも返事が無い。一切の光が無く方向が分からなかった。
「相原中尉です、返事が出来る方はいますか」
体を動かす物音がするので、呼びかけてみた。
何名かが答える。李少尉も無事なようだ。
「華上校です。あとは任せてください」
「了解しました」
「一定時間ごとに点呼する。怪我をしているものはいるか」
華上校は皆を励ます。
「そうだな明かりを捜そう。出入り口を確かめたい。手分けして進める」
非常灯、LED懐中電灯、タブレット・ノートパソコン等明かりになりそうなものはことごとく使い物にならなかった。
ただ一つ陳少将の席の中央軍事委員会直通電話だけが動作した。ネオンランプ一つというのは慰めにもならない。それでも救援要請をした。
直近でEMPを受けたと考えるのが正しそうだ。
華上校にまかせ、衛生兵から分けてもらった包帯でハーマンの手当てをした。
散乱する司令室からハーマンを運び廊下に寝かせる。隣の怪我人は陳少将だ、足に重症を負っている。
廊下に座り、何が起きたか考えた。
アルテミス1は中性子線砲を、この地下司令部に向けて撃ったのだ。
この司令部は地下百メートルに位置するが、アルテミス1の中性子線砲ならぎりぎり貫通する。
もし直撃ならば急性放射線症で死ぬことになる。覚悟はついている。だが心残りはある。可能なら祖母の母国であるベトナムに行きたかった。海南島からは目の前だ。
一時間ほどたって、華上校の調査活動は進展した。地上に繋がるエレベーターシャフトが損壊している。当分地上には戻れそうに無い。
幸いな事はいくつかの蛍光灯式携帯ライトが見付かったこと、司令部人員全員の生存確認が取れた事だ。
六時間経って、ようやくハーマンが目を覚ました。状況を教えると黙り込んだ。頭痛が酷いようだ。
僕も黙り込んだ。司令部士兵から貰ったペットボトルの水を口にする。久しぶりの水だ。もらったチョコレートバーも齧る。
中性子線砲は外れたのかもしれない。エレーベーターシャフトが破壊されている事を考えるに、数十メートル照準がずれたのだ。
ビーム兵器を外す事があるだろうか。連合宇宙軍が把握している海南島司令部の座標に不確実性があったのか。
「相原中尉いらっしゃいますか」
李少尉が僕を捜して、廊下の壁に手を付きながら歩いてくる。
「はい、ここです。そこにコンクリートの破片があります」
「いいですか、となり」
ふわりと石鹸と汗の臭いがする。エアコンが止まり司令部の中は熱気と湿度が満ちて息苦しかった。
「どうぞ。大丈夫ですか」
「真っ暗は堪えますね」
「ええ、悪いことばかり考えてしまいます」
「そうですよね」
それから三人とも黙っていた。
人民解放軍が一世紀以上前の坑道を掘り起こして救助に来たのは十二時間後だった。
半分埋まりかけた工事用の狭い斜坑を登る。防塵マスクをしたまま急峻なトンネルを歩くのは息が上がる。
隣をハーマンが担架に担がれて登る。本人は嫌がったが脳挫傷の可能性を考えると歩かせるわけにはいかなかった。
久しぶりに見た太陽は暈がかかっていた。作戦開始から二十四時間ほど経っている。核融合弾頭の高高度爆発がまき散らした放射性の微細な塵。海南島の災禍となるだろう。だが海上爆発を阻止出来なければ大量の放射性降下物質を含んだ洗浄不能な雨が降った。最善の結果だったと信じたい。
まだ意識のない陳少将と、頭を打ったハーマンは先に医療ヘリコプターで運ばれていく。
「空港でまた会いましょうハーマン。入院していなければ」
「これからどうなるのでしょう」
李少尉がいつのまにか隣に来ていた。放射性降下物質を含んだ暖かい風が通り抜ける。
「海南島の人達には迷惑だったでしょう。申し訳ないことをしました」
「責めたりはしません。聞いたのは世界のことです」
「人民解放軍単体で阻止出来た事は大きな収穫です」
「もう一機あるのでしょう」
「ええ、もう一機も決着を付けます。連合宇宙軍は日本と米国の罪です」
「世界は日本と米国だけで廻っているわけではありませんよ」
「そうですね」
李少尉が霞のかかる黄色い太陽を仰ぎ見る。
その太陽を大型ヘリコプターのローターが遮る。大気中の塵が黄色い柱を描き明滅する。放射性降下物質が描く幻想的な景色。
「申し訳ありません。ヘリが来てしまいました。また機会があれば」
「ええ、また会いましょう」
意味ありげな笑顔を投げかけた。
ヘリは三亜市内上空を通って海軍基地まで飛行する。
三亜市内は、来た時とは一見変わらないように見える。だが自動車が殆ど動いていない。動いているのは軍の装甲車両だけだ。高高度核爆発から一夜明けている。EMP(電磁パルス)はインフラをまるごと破壊する。情報機器や電気が使えないのはもちろん、精密機器で制御された全てが使えなくなる。三亜市民は水の確保で苦労するだろう。




