第一章 第四節 爆発
人民解放軍は、核兵器の水上爆発を防ぐために、核兵器を使うという苦渋の決断をする。
「急げよ、すべてが台無しになる前に」
陳少将が大きな声を出す。
「協力して頂けますか、相原中尉」
華上校に李少尉の席に呼ばれた。李少尉はビデオログ装置を机の奥に追いやるとテーブル上にノートパソコンとタブレットを広げた。
「時間がありません。相原中尉、迎撃地点毎に連合宇宙軍機の予想軌道計算の補助をお願いします」
曳航中の戦略ミサイル原子力潜水艦のトラブルにより、核兵器の使用タイミングが繰り上がった。
アルテミス1の軌道予測に関しても、再計算が必要になる。
日米両政府はアルテミス1のスラスター性能について一部秘密にしている。共同開発中の宇宙戦闘機とスラスターが共通と思われるのだ。了承すると李少尉の隣の席に着く。
「李少尉、海面から成層圏までの推力はこのカーブを描きます」
李少尉はタブレットにカーブを書き写す。軍事機密だが致し方ない。
「推進剤はどうでしょう」
「まだ半分は残っているでしょう。弾道飛行で逃げ切られる可能性があります」
「分かりました。これで計算してみましょう」
少尉はもう一台のモニタをノートパソコンに接続して自分の方に引き寄せると一心不乱にキーボードを打ち始めた。
「核兵器使用の許可が出た」
中央軍事委員会と通話していた陳少将が、皆を見まわして報告する。
「最適な発射タイミングを計算してくれ」
タイミングが早すぎると、アルテミス1は弾道飛行に移行し、こちらのX線レーザー砲が届かない。タイミングが遅すぎると、発射中の潜水艦発射弾道ミサイルを中性子線砲で狙撃される。
「まだか、まだなのか。時間が無い」
華上校がイライラし始めた。アルテミス1が戦略ミサイル原子力潜水艦を捉えるまで五十分も無い。
「計算出ました対艦弾道ミサイル、中国標準時16:30」
弾道計算をしていたロケット軍の軍官が報告する
「潜水艦発射弾道ミサイル、中国標準時16:34」
「よし各方面に伝達、時間厳守だ。早くても遅くても機を失する」
陳少将の声は枯れ始めていた。作戦開始から六時間は経っている。
僕も疲れて連絡士官席に戻る。
「民間人の保護はどうなっている」
「時間が早まったので、間に合わないでしょう」
ハーマンの問いに答えた。彼は頭をかかえた。
「犠牲が大きすぎる」
タブレットに四つのタイマーを設定する。対艦弾道ミサイルと潜水艦発射弾道ミサイルの発射時間、そしてそれぞれの爆発予想時間だ。
「今のミサイル斉射を最後に、各飛行隊急いで退避しろ」
「三亜市内の屋内退避命令、戒厳令に移行」
「全艦、気密確認。対核戦争準備完了。X線レーザー砲稼働確認」
「対艦ミサイルいつでも撃てます」
「海南島東対空X線レーザー砲網、各砲台準備完了。稼働率八十六パーセント」
「第二飛行隊、損害1退避します」
「第一爆撃機隊発進します」
「全艦、連合宇宙軍機に対空ミサイル発射」
「こちら海2、爆発予想半径より退避します」
「地上要員全員マスク着用、絶対に東の空を見るな」
「陸軍、消防の給水車、浄水場にて飲料水積載完了」
「ロケット軍より予定通り発射手順進行中との報告あり」
「こちら5087、潜水艦発射弾道ミサイル発射準備完了。発射手順に移行」
「起爆暗号鍵は出たのか」
陳少将が華上校に尋ねた。偶発的な核戦争を避けるために、核融合弾頭の起爆装置は中央軍事委員会が発行する暗号鍵無しには動作しない。
「はい、出ました」
「戻れんぞ。いよいよか」
時は刻まれ、定めた時間に進行した。司令室の人員は誰もが身を固くする。
「ロケット軍が発射しました」
1945年以来、およそ一世紀半ぶりに人類は核兵器を使用した。
「推力上昇過程終了」
宇宙空間でロケットエンジンとフェアリングが切り離され、核融合弾頭を内蔵した再突入体が露わとなる。
再突入体を複数積載したバスは再突入過程に入りとそれらを投射した。
「対艦弾道弾再突入」
対艦弾道弾は通常の再突入体と違いセンサーと舵を備えている。
大型ディスプレイに映し出された、早期警戒管制機からの映像に見入る。
対空ミサイルを避けていたアルテミス1が身をよじらせる。
「連合宇宙軍機、上昇します」
思ったよりは反応が遅かった。駆逐艦から発射された対空ミサイルを回避するのに時間が取られたのかも知れない。上昇し始めたアルテミス1を追って対空ミサイルが次々と至近爆発し、アルテミス1から破片が剥離する。
「対空X線レーザー砲の射程に入ります」
「撃ち惜しみするな」
オペレーターの報告に、陳少将はガラガラになった声を張り上げた。
アルテミス1の胴体が次々と赤熱し、その度に何かが舞い散る。
「対空X線レーザー砲台二機損傷、三機……撃った端から反撃されます」
「損害は許容しろ、撃て」
陳少将はライオンのように吠え始めた。司令室全体が騒然として動物園の様だ。
「少将、少将そろそろ核爆発に備えてください」
華上校が諫めた直後、大型スクリーンが真っ白になった。そして早期警戒管制機とのデータリンクが切れた。
EMP【電磁パルス】だ。核爆発によって発生した強力な電磁波が電子機器を破壊する。EMP対策済みの軍用機器と言えども通信途絶は避けられない。
「とうとう撃ちましたか」
データリンクが回復した大型スクリーンの映像を見て、独りごちた。アルテミス1主砲の延長砲身が赤熱している。主砲である中性子線砲は、人型骨格が備える粒子加速機を使用する。粒子加速機はゼロエンジンの特異点からジェットを取り出し反陽子と陽子を加速する。そのまま反陽子を投射すれば反陽子砲となり対消滅を伴う強力な兵器となるが、人類にはそれに十分な射程を与える集束技術が無かった。そこで加速機の先に中和機をつけて陽子を中性子として撃ちだしている。
遅れて小さな衝撃波が来た。高高度爆発だ。地上に到達する衝撃波は大きくない。
居ても立ってもいられなくなり大型スクリーンの方に駆け寄る。
ハーマンは椅子の上で何かに祈りを捧げていた。
「潜水艦の方はまだか」
陳少将は椅子を前後に揺らす
「あと三十秒で発射です。少将」
また核爆発が起き、戦略ミサイル原子力潜水艦とのリンクが途切れてしまった。
「くそ、ちゃんと撃てよ」
陳少将が机に八つ当たりする。数回の核爆発を経て上層大気が帯電し、通信障害の時間が段々と長くなっている。
早期警戒管制機とのデータリンクが回復して映像が再開された。アルテミス1が大きく旋回を始める。対空X線レーザー砲の攻撃を受けて次々と装甲の光学ラミネートが剥落していく。
「潜水艦発射弾道ミサイル全弾発射しました」
戦略ミサイル原子力潜水艦とのリンクが回復した。西日を受けて合計16発の潜水艦発射弾道ミサイルが上昇していく。
「ふう」
ふらふらと僕に割り当てられた連絡士官席に戻った。
「落ち着け、アイハラ。まだこれからだ」
ハーマンにたしなめられた。




