第一章 第三節 自沈
沈まない戦略ミサイル原子力潜水艦、ハーマンが提案した冷酷な作戦とは
「あと、何時間持ちこたえられる?」
作戦参謀の上校【大佐と中佐の間】が可小校に尋ねた。
「相手の標的がどこかによります」
「タグボートで曳航中の戦略ミサイル原子力潜水艦だ。座標を空軍に渡してくれ」
上校は海軍オペレーターの方に向き直り命令した。
「一時間半ぐらいで連合宇宙軍機と該当艦の射線が通ります」
「華上校何か問題が?」
椅子に深く座り込んでいた陳少将が起き上がった。戦闘機の突撃を何度も繰り返し司令室の中には疲れが積もっていた。
「少将、曳航中の戦略ミサイル原子力潜水艦一隻のベント弁が開かず、沈めることが出来ません」
「整備中だった艦だな、状況は」
「乗組員はタグボートに待避、艦長が艦内に残りベント弁の操作をしています」
陳少将の顔が緊張する。ここに来ての重大トラブルである。
「自沈操作は」
「既に行いました。海上では浸水量が少なく間に合いません」
「魚雷の自爆は」
「魚雷は陸揚げ中です」
「作戦の欠陥だな」
我々が持参した作戦原案では、細かくケース分けはしなかった。人民解放軍には彼らなりの事情があるからだ。時間が限られた中での作戦立案には限界がある。
「乗組員は艦に戻せ。ベント弁の修理を急がせろ」
浸水中の潜水艦に乗組員を戻す過酷な命令を下す。
「ちょっと集まってくれ」
陳少将は、自分の席から離れ、司令室の中央に設えてある作戦テーブルに手をついた。
僕たちは基本部外者なので静観しているだけだ。
「いいか時間が無い。間に合わなければ大量の核融合弾頭が海上爆発する。確実に時間内に間に合わせろ。可能なら複数の方法を選択する。何か案があるか」
地上や海上で核融合弾頭が爆発すれば、火球が海水や岩を巻き上げ膨大な放射性降下物質が海南島に降り注ぐだろう。
「航空機からの魚雷投射というのはどうでしょう」
陸軍の軍官が提案する。
「短魚雷は水上目標を狙う様には出来ていません」
海軍軍官が反駁する。航空機から投下する魚雷は対潜水艦用の短魚雷だ。潜水艦が使用するより大きな長魚雷とは使用目的が違う。
「爆撃はどうです。対艦ミサイルなどは」
人民解放軍が陸上発射型対艦ミサイルを運用しているとは聞かない。海軍や空軍に期待しているのだろう。
「二百メートル弱の巨艦です。水面下に攻撃しないとなかなか沈まないでしょう。それに外殻に阻まれて対艦ミサイルの効果は限定的です」
「戦闘機はほとんど連合宇宙軍機対応で上がっています。無人攻撃機か爆撃機を使用するしかありません」
可小校が状況を説明した。人民解放軍南部戦区は持てる戦力を全て動員している。
「駆逐艦の対艦ミサイルがあります」
海軍軍官が口を挟む。海軍の駆逐艦も、アルテミス1を迎撃するために海南島の東側に展開している。
「策としては悪くない。準備は間に合うか」
「敵味方識別装置を解除しなければなりません。ですが間に合わせます」
「攻撃型原子力潜水艦は使えないか」
陳少将が自ら提案する。
「私は攻撃型原子力潜水艦の位置を知りません」
海軍軍官が申し訳なさそうに釈明する。行動中の潜水艦の位置情報はどの国の海軍でも第一級の機密事項だ。
しかも衛星アンテナを海上に出している期間しか複雑な命令を出せない。極超長波通信ならば浅い深度に居る攻撃型原子力潜水艦に指令を出せるが、通信速度の関係で間に合わない可能性が高い。
「一応準備してくれないか」
「分かりました」
「戦略ミサイル原子力潜水艦は」
陳少将は食い下がる。戦略ミサイル原子力潜水艦も防衛用の魚雷を積載している。
「任務中の戦略ミサイル原子力潜水艦の把握は出来ませんが、今回出航した艦の位置はある程度分かります。しかし水深二百メートルまで潜行すると通信の手段がありません」
「こちらは駄目か、確実に時間内に終わる方法が欲しい」
陳少将が作戦テーブルを両手で小突く。
「横からですが提案します」
ハーマンが手を挙げる。
「該当艦の潜水艦発射弾道ミサイルを全弾発射します」
作戦テーブルにいた軍官達の顔が一斉に強ばった。
「核兵器を使用します。上昇中の潜水艦発射弾道ミサイルをアルテミス1は中性子線砲で狙うでしょう。陽動として対艦弾道ミサイルを使用します」
ハーマンらしくもない説明の長さだ。彼も緊張していた。
「アルテミス1の中性子線砲には数十秒単位の粒子再充填時間があります。MIRV(複数目標再突入体)式の対艦弾道弾十発前後のうち、迎撃可能なのは数発程度です。アルテミス1は自機に脅威度の高い弾頭から優先して迎撃しますから、陽動が効いている間は潜水艦発射弾道ミサイルを狙撃しません」
ハーマンの説明に補足した。冷酷な作戦だ。作戦テーブルから刺さる視線が痛い。
「確実ですが、二次被害の大きい方法です」
「くそっ」
華上校がテーブルを思い切り叩き、ペットボトルが転げ落ちる。
「シュワルツ中尉。提案ありがとう。如何にも確実だ」
陳少将は立ち上がった。




