第一章 第二節 戦闘
人民解放軍とアルテミス1の死闘が始まる
「いよいよです」
ハーマンに話しかける。
「これで墜ちれば良いが」
人民解放軍はアルテミス1の侵攻に備えて、南部戦区の戦闘機を根こそぎ動員して空に上げている。その数、二百機。
「第一飛行隊、ヘッドオンでミサイル射程」
空軍オペレーターの声に司令室に緊張が走る。
「追跡の飛行隊とタイミングを合わせろ」
陳少将が椅子から腰を上げてる。
「了解、第一飛行隊が合図を出せ。第一、第八飛行隊、長距離対空ミサイル発射しろ」
前方右側の大型スクリーンに、高高度に上昇した最新鋭戦闘機からの映像が映し出される。
数十機もの戦闘機から一斉に光の点が放たれた。
「百八十秒後、中距離対空ミサイル発射」
光の点が一点に集束する。アルテミス1と言えども対処出来る数では無い。
アルテミス1の軌跡が爆発の閃光で満ちた。
アルテミス1は予想に反してX線レーザー砲を撃たなかった。高度をさらに下げて急な蛇行を繰り返す。目標を見失ったミサイルは次々と自爆していく。
「避けているのか」
空軍軍官【士官】が愕然とした声を挙げた。
「狼狽するな。可小校【少佐】。目的を忘れるな」
陳少将は椅子から立っていた。
強行突破されるよりは、マニューバで避けてくれる方がアルテミス1の速度が落ちて望ましい。
「第一飛行隊より司令部、第三編隊無人機一機被弾、墜落。現在帰投中。接近し過ぎました」
「少将、連合宇宙軍機は対空ミサイルを無視して戦闘機を狙ってきます」
可小校が慌てて報告する。
「続けろ、戦略ミサイル原子力潜水艦はまだ全て抜錨していない」
陳少将が声を大きくした。司令室の中が熱量を帯びる。
「あんなマニューバ耐えられるのか」
「慣性制御があります。でも意味はあります。こんな無茶な操縦何時間も続けられません」
「そうか」
ハーマンは、納得行かなそうな顔をした。実際僕も驚いている。あれほどの機動が可能だとは。
「ハーマン、トイレに行ってきます」連絡士官席を立った。
「アイハラ、今行くのか」
「まだまだ、これからです」
司令室から地下司令部の廊下に出る。核戦争に備えて造られた地下百メートルの坑道。湿っぽい土の匂いがする。アルテミス1はここも狙ってくるのだろうか。
それはそれとして、トイレの場所がさっぱり分からない。士兵【兵士】を捕まえて聞こうとしたのだが、司令部だけあって軍官ばかりだ。
「すいません。少尉よろしいですか」
手近な軍官に声を掛ける。黒い長髪に赤枠の眼鏡が似合ってお洒落な女性だ。
「李知香少尉です。相原中尉、どうされましたか」
「いえ少尉。珍しい名前だと思ったのです」
彼女の名札を読んだ。中国版キラキラネームだ。思わず別の事を聞いてしまった。
「トモカですね。流行りました、昔ですが」
「何故分かったのですか」
学生時代に中国版キラキラネームの論文を読んでいた。日米と中国間の紛争が起きて、まだそれほど経っていなかったが、中国でもそのアニメは流行った。
「年齢的にご両親がその世代であると思ったのです」
「他の人には秘密ですからね」
「そうですね」意地悪く回答を保留した。
「ビデオログを使っていらした。情報分析担当でしょうか」
「よくお分かりで」李少尉は警戒する。
「職業病です。秘密は守ります」
「そう願います」
「実は……」
「お手洗いはあちらです」
彼女は嘘の方向を指さした。
食堂に迷い込んだので油条【揚げパン】と粥を頂いてから、トイレを済ました。
「どうでしょうか」
戻ってからハーマンに尋ねた。我ながら白々しい。
「アイハラ遅いぞ、よく見えないが、至近爆発も何度か起きている」
あれだけのミサイルの数だ。全て避けきれるものでは無い。
「光学ラミネートが剥がれてくれると良いのですが。こちらの損害は」
「五機喪失、三機中破」
「中破ですか」
X線レーザー砲が直撃すれば戦闘機は撃墜される。狙われれば避ける事は出来ない。
射程外から射撃したか、照準装置もしくはターレットの障害で外したかどちらかだ。
「少将ビデオログ端末を一台お借りしたいのですが」
「好きにしろ」
「李少尉操作をお願い出来ますか」
ビデオログ端末まで早足で歩きながら李少尉の同意を強引に求める。
「了解しました、相原中尉。ところで、お手洗いには行けましたか?」
「おかげさまで」
五分前にX線レーザー砲の攻撃を受け中破した戦闘機の記録映像を探す。
「李少尉これです」
僚機の前方光学センサの映像だ。淡いすみれ色に着色した光線がインテーク上部を捉え光学ラミネートが赤熱しながらはじけ飛ぶ。その時のアルテミス1と戦闘機の距離を計算する。
「相原中尉、出力調整の可能性はありませんか」
「小型高出力ためにキャパシタの雪崩れ効果を使っているのです。常に最大出力です」
残り二機の中破例も同様にして分析する。対象例として五機の撃墜例で検証する。それを持参した機密要素を含む射程諸元、空気の透過率と合わせて新しい値を導き出す。
「感心しました。相原中尉」
「いえ、少尉のおかげです」
ビデオログ端末の席を立つと、陳少将の元に行く。
「少将、暫定的ですがアルテミス1のX線レーザー砲の新しい射程要素が出ました」
「今度は信頼出来るのだろうな」
少将は立ちっぱなしで疲労の色が隠せない。
「戦闘により証明されています」
「よし試しに無人戦闘機を近づけろ。早期警戒管制機も上げられるかもしれん」
割り当てられた連絡士官の席に戻り、食堂から取ってきたペットボトルをハーマンに渡す。
「今のうちですよ。ハーマン」
「見境無しだな」
「えっ、何がです」




