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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
6章

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解けゆく雪


雪の降るバルコニー。

世界から切り離されたような静寂の中で、ミラはアルヴィンの腕の中に囚われていた。

鼓膜を打つのは、彼の早鐘のような心臓の音と、私たち二人の荒い呼吸音だけ。


熱い。

凍てつく外気の中にいるはずなのに、彼の身体から伝わる熱が、私の芯まで溶かしていくようだ。

けれど、その心地よい熱に浸れば浸るほど、ミラの胸の奥底から、冷たい刃物のような「現実」が突きつけられた。


(私……なんてことをしてしまったの)


『あなたの子よ』

『愛してる』


その言葉は、確かに私の本心だった。

けれど、それは決して口にしてはいけない、墓場まで持っていくべき秘密だったはずだ。


(私が沈黙していれば、彼は「被害者」でいられた。魔族に連れ去られた哀れな恋人を想い続ける、高潔な英雄でいられたのに……)


けれど、真実を認めてしまえばどうなる?

彼は「魔族の女と通じ、子供を成した堕落した勇者」になってしまう。

神殿は彼を糾弾するだろう。

民衆は彼に失望するだろう。

私が、この一年間必死で守ろうとしてきた彼の「光」を、私自身の弱さが、たった一瞬で泥にまみれさせてしまったのだ。


「……っ!」


ミラはハッとして、アルヴィンの胸板に手を突き、身体を離そうとした。


「……だめ。離して、アル」

「嫌だ」


アルヴィンは即答し、さらに強く抱きしめた。

その腕の力は、逃げることなど許さないという、甘く重い鎖のようだった。


「どうして離れようとする? ……やっと、捕まえたのに」

「だって……! 取り返しがつかないわ!」


ミラは蒼白な顔で、彼の胸元を見つめ、震える唇を開いた。


「勢いで言ってしまったけれど……これじゃ、あなたの立場がなくなる。神殿が黙っていないわ。『勇者が魔族と内通していた』なんてことになれば、あなたは討伐対象にだってなりかねないのよ!?」


「ミラ」


「お願い、忘れて。今の言葉は全部嘘よ。……私は魔族になって心が歪んでしまったの。だから、あなたを道連れにしようとして……」


「黙れ」


ミラの唇が、塞がれた。

言葉による否定ではなく、物理的な熱によって。


「……ん、ぅ……ッ」


アルヴィンの唇が、ミラの唇を貪るように押し付けられていた。

それは優しい口づけではなかった。

一年分の渇きと、焦燥と、そして「これ以上自分を卑下するな」という怒りすら孕んだ、激しく深い接吻。


ミラの思考が白く飛び、抗議の言葉が甘い吐息へと変わる。

彼が私の後頭部を押さえる手のひらの大きさや、腰に回された腕の強さが、彼がただの「勇者」という記号ではなく、血の通った一人の「男」であることを雄弁に物語っていて、腰が砕けそうになる。


「……は、ぁ……っ」


ようやく唇が離れた時、ミラは酸欠で足がもつれ、彼の腕にすがりついた。

目の前のアルヴィンは、熱っぽく潤んだ瞳でミラを見下ろしている。

その表情は、聖女の前で見せる「完璧な勇者」のものではなく、ただ恋焦がれた女を手に入れた男の顔だった。


「……うるさい口だ」


アルヴィンは親指で、濡れたミラの唇を強くなぞった。


「僕の立場? 神殿の評価? ……そんなものは、勝手に言わせておけばいい」

「でも、あなたは英雄なのよ……? 世界中の希望なの」

「君がいない世界で英雄と呼ばれることに、何の意味がある?」


「……っ」


あまりにも傲慢で、そして狂おしいほどの愛の言葉。

私の心配など、彼にとっては塵ほどの価値もないと言わんばかりだ。


「それに、もう遅い。……僕は知ってしまった。この子が僕の子だと。君がまだ、僕を愛してくれていると」


アルヴィンは視線を下ろし、ミラの腕の中で眠るシエルの頬を、愛おしげに指の背で撫でた。


「……この温もりを知ってしまって、以前のような『綺麗な勇者』に戻れると思うか?」

「……戻れない、わよね」


ミラは観念したように呟いた。

そうだ。彼は一度知ってしまえば、絶対に手放さない人だ。

その執着の深さと、愛の重さを誰よりも知っていながら、私は甘えてしまったのだ。


「なら、諦めろ」


アルヴィンは再びミラに顔を近づけた。

今度はゆっくりと、互いの吐息が混ざり合う距離で。


「君はもう、僕から逃げられない。……一生かけて、僕を裏切ろうとした罪を償ってもらう」

「……どんな、償いを?」


ミラが震える声で問うと、彼は妖艶に目を細め、耳元で囁いた。


「地獄の果てまで、僕の道連れになってもらう。……僕が死ぬその瞬間まで、片時も離さない」


道連れ。

それは、甘い愛の告白であり、逃げ場のない「呪い」のようだった。

光の道を捨て、茨の道を共に歩むという誓い。


けれど不思議と、恐怖はなかった。

むしろ、胸の奥にストンと重い石が落ちたような、奇妙な安心感があった。

私は、彼を綺麗なまま守りたかったけれど、それ以上に……泥にまみれてでも、彼と一緒にいたかったのだ。


「……バカな人」


ミラは涙ぐみながら、彼の胸に額を押し付けた。


「私みたいなのを捕まえて……後悔しても知らないんだから」

「ああ。世界一幸せな後悔をしてやるよ」


二人の唇が、吸い寄せられるように再び重なった。

今度は、雪解け水のように優しく、そしてどこまでも深く。

冷え切った指先を絡め合い、互いの体温を確かめ合う。


「ん……アル……」

「ミラ……愛してる……」


合間合間に漏れる愛の言葉が、夜の冷気の中に溶けていく。

罪悪感も、立場の違いも、種族の壁も。

熱い口づけの前では、すべてが些細なことに思えてくる。


シエルは、二人の間で安心しきったように眠っている。

パパとママの匂いに包まれ、幸せな夢を見ているのだろう。


雪は降り続いている。

けれど、二人の周りだけは、春の日差しの中にいるかのような温もりに満ちていた。

戻れないと分かっていても、堕ちていく先がいばらの道でも構わない。

今はただ、この愛しい人の腕の中で、熱に浮かされていたかった。


ミラはアルヴィンの首に腕を回し、その背中を強く抱きしめ返した。

それが、彼女が出した「答え」だった。


(ごめんなさい、世界中の人たち。……私、勇者様を奪ってしまいました)


心の中で深く謝罪し、ミラは瞳を閉じた。

その瞼の裏には、もう不安の闇はなく、愛する人と歩む眩しいほどの光だけが広がっていた。


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