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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
6章

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雪解けの告白


アーク・ノアの祝賀会場。

バルコニーには、死のような静寂が支配していた。

遠くで響いていた爆発音は止み、夜風が運んでくるのは硝煙の匂いではなく、冷たく澄んだ雪の気配だけ。


「……シエル」


ミラはバルコニーの手すりにしがみつき、北の空を見つめ続けていた。

ドレスの裾は雪で濡れ、凍りついているが、そんな冷たさは感じない。

心臓が、痛いほどに脈打っている。


(戻ってきて……。お願い、無事でいて……)


アルヴィンが飛び去ってから、どれほどの時間が経っただろうか。

数分だったかもしれないし、永遠のような数時間だったかもしれない。

もし、彼が間に合わなかったら。

あるいは――彼が「魔王の器」ごと、シエルを消滅させていたら。


その恐怖が、ミラの喉を締め上げる。

けれど、彼女は信じるしかなかった。

彼との契約を。

「私の全てを捧げる」という約束を。


ザッ……。


音もなく、風が凪いだ。

舞い散る雪の向こうから、純白の翼を広げた人影が、静かにバルコニーへと舞い降りた。


「……ッ!」


ミラは弾かれたように顔を上げた。

アルヴィンだ。

彼は白銀の聖剣を鞘に収め、その腕には――粗末なカゴが抱えられていた。


「勇者、様……」


ミラは震える足で駆け寄ろうとし、よろめいて膝をついた。


「あ、あの子は……シエルは……?」


アルヴィンは何も答えない。

ただ、ゆっくりと、恐ろしいほど静かな足取りでミラに近づいてくる。

その表情は、逆光でよく見えない。

怒っているのか、軽蔑しているのか。それとも――。


彼はミラの目の前で立ち止まり、無言でカゴを差し出した。


「……ん、あぁ……」


カゴの中から、小さな寝息と、むずかるような声が聞こえた。

生きている。

あの子は、生きている。


「よかった……! あぁ、よかった……!」


ミラはひったくるようにカゴを受け取り、その中の温もりを確かめた。

涙がボロボロとこぼれ落ち、おくるみに吸い込まれていく。

守れた。

私の命よりも大切な宝物が、戻ってきたのだ。


ミラは夢中でシエルを抱きしめ、そしてハッと気づいた。

アルヴィンが、至近距離からじっと自分たちを見下ろしていることに。

その視線は、かつてないほど強く、そして深く、二人を射抜いていた。


「……約束通り、連れ戻した」


アルヴィンが、低く掠れた声で言った。


「感謝、いたします……」


ミラはシエルを隠すように抱き寄せ、深く頭を下げた。

これで終わりだ。

シエルは助かった。けれど、私はこれから彼の「所有物」として、一生籠の鳥になる。

それでもいい。この子が生きているなら、どんな地獄でも耐えられる。


「では、約束の通り……私の身柄は貴方様に……」

「ミラ」


アルヴィンが、遮るように彼女の名を呼んだ。

その響きには、先ほどまでの冷徹さはなく、震えるような熱がこもっていた。


「……その子の顔を、見せてくれ」


「え……?」


ミラの心臓が跳ね上がった。


「い、いえ……そのような……。汚らわしい魔族の子です。貴方様にお見せするようなものでは……」

「いいから、見せろと言っているんだ」


アルヴィンが膝をつき、ミラと視線の高さを合わせた。

彼の黄金の瞳が、揺らめいている。

そこにあるのは命令の色ではない。

縋るような、祈るような、切実な光だった。


「……嫌」


ミラは本能的な恐怖で、シエルをさらに強く抱きしめた。

見せてはいけない。

もし彼が、この子の顔をしっかりと見てしまったら。

「誰に似ているか」に気づいてしまったら。


「見ないで……! お願い、見ないで!」

「なぜだ?」

「魔族だからよ! あなたの嫌いな、醜い魔族の子だから……ッ!」


ミラは嘘を重ねた。

声を張り上げ、必死に拒絶した。


「この子は、あの人の子なの! 私を愛してくれた、優しい魔族の方との……愛の結晶なの! あなたとは何の関係もない!」

「嘘をつくな」


アルヴィンが、ミラの震える手を掴んだ。

その手は温かかった。

かつて、何度も繋いだあの頃と同じ、優しい温もりだった。


「僕はこの目で見た。……その子の髪を。その瞳を」

「……っ」

「栗色の髪。……榛色の瞳」


アルヴィンが一語一語、噛み締めるように告げた。

ミラは息を呑んだ。

バレている。

彼はもう、全てを見てしまっていたのだ。


「その色は……僕が『勇者』になる前に持っていた色だ。……聖なる加護で銀髪に変わる前の、僕自身の色だ」

「ぐ、偶然よ……! 世の中に似た色なんていくらでも……」

「魔力が共鳴したんだ」


アルヴィンはミラの嘘を許さず、けれど責めもせず、静かに言った。


「抱き上げた瞬間、分かった。……僕の魔力が、この子と共鳴している。僕の血が、この子を呼んでいる」


彼はミラの腕の中から、そっとおくるみの端をめくった。

月明かりの下、シエルが大きな瞳をパチパチと瞬かせ、不思議そうにアルヴィンを見つめた。

その瞳には、父親譲りの知性と、母親譲りの優しさが宿っている。

誰がどう見ても、否定しようのない「親子」の証がそこにあった。


「……どうして」


アルヴィンの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「どうして、嘘をついた? どうして……もっと早く教えてくれなかったんだ?」

「……言えないわ」


ミラは首を横に振った。

涙が止めどなく溢れ、視界が滲む。

もう、隠し通せない。

けれど、認めてしまえば、彼は傷つく。


「だって……私は魔族になってしまったもの」


ミラは嗚咽混じりに、搾り出すように言った。


「勇者のあなたが……魔族の女との間に子供を作ったなんて知られたら……あなたは破滅するわ。神殿からも、国からも追われることになる」

「そんなこと……」


「あなたは英雄なのよ! 世界中の希望なの! ……私のような汚点シミが、あなたの輝かしい未来を汚していいはずがない!」


それが、ミラの真実だった。

彼を愛しているからこそ。

彼が命を懸けて守った「勇者」という立場を、壊したくなかった。

そのためなら、嫌われてもいい。憎まれてもいい。

自分一人が悪役になれば、彼は光の中にいられるのだから。


「……馬鹿だ」


アルヴィンが、掠れた声で呟いた。


「君は、本当に……大馬鹿だ、ミラ」


彼は震える腕で、ミラとシエルを、まとめて抱きしめた。

強く、強く。

二度と離さないと誓うように。


「アル……?」


「地位も、名誉も、英雄の称号も……そんなもの、君たちがいないならゴミ屑と同じだ」


耳元で聞こえる彼の声は、涙で濡れていた。


「僕は世界を救いたかったんじゃない。……君を守りたかっただけだ。君と笑い合える未来が欲しかっただけなんだ」


アルヴィンの仮面が、完全に砕け散った。

そこにいるのは、完璧な勇者ではない。

ただの、愛する女性と我が子を想って泣く、一人の青年だった。


「僕を……一人にしないでくれ」


彼は子供のように懇願した。


「君がいない世界で、英雄として崇められるなんて……地獄でしかない。……君が魔族なら、僕も魔族になったって構わない。世界中を敵に回したって、君とこの子を守る」


「アル……」


ミラの心にあった氷の壁が、音を立てて溶けていく。

彼はずっと、孤独だったのだ。

私が「光の中にいてほしい」と願ってついた嘘が、彼を冷たい孤独の牢獄に閉じ込めていたのだ。


「……ごめんなさい」


ミラはシエルを抱いたまま、アルヴィンの背中に腕を回した。

温かい。

鎧越しでも伝わる、愛しい人の体温。


「私……嘘をついてた。……魔族の人なんていない。優しくしてくれた人なんていない」


ミラは彼の胸に顔を埋め、泣きじゃくりながら告白した。


「ずっと……ずっと、あなただけよ。……あの日から、一瞬だってあなたを忘れたことなんてない」


「ミラ……」


「愛してる……。愛してるの、アル……ッ!」


一年分の想いが、言葉となって溢れ出した。

アルヴィンは言葉にならず、ただ強く頷き、ミラの濡れた髪に何度も口づけを落とした。


「ああ……僕もだ。愛してる、ミラ。……愛してる」


雪が降り積もるバルコニーで、三つの影が一つに重なる。

二人の間には、シエルという小さな命があり、その温もりが二人を繋いでいた。


もう、嘘はいらない。

勇者も、魔族も関係ない。

ただ、愛し合う家族が、長い冬を越えてようやく巡り会った。

その奇跡だけが、静かな雪夜に輝いていた。


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