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◆第三話 生まれ育った村で◆

 私、ミラ・ディオラ十五歳。

 十二歳まではここラダー村で母と二人、静かに暮らしていた。

 村の人に支えられながらも、庭の畑や近くの川、村を囲む森の中で食糧を用意し、自給自足で家族二人、何とか暮らして行くことが出来ていたのだ。

 しかし、身体の弱かった母にその生活は辛いものだったようで、不幸にもその年にこの世を去ってしまった。

 失意の中、元々父のいなかった私は、この先一人で生活を送らなければならなかった。

 身体の弱い母の代わりに家事は一通りこなすことが出来ていたのだが、一人で生活するという事は、十二歳の私にとって難しい事だった。

 そこに救いの手を伸べてくれたのが、村の教会に勤める神官様だった。

 成人と認められる十六歳までという期限を設け、教会に併設された孤児院でお世話になることとなったのだ。

 その代わりと言ってはなんだが、孤児院の炊事洗濯を手伝い、学校のない日は孤児の世話をする事が私の日課になった。

 勿論自分の家があるので、寝起きはそちらで行っていたのだが。


 アルは元々孤児院で育っていた。聞いた話によると、赤子の頃に教会の前に一人置かれていたという。要するに捨て子だったということだ。

 そんなアルと私は幼なじみだった。小さな村であったが故に子供が少なく、同年代の者は少なかった。だからこそ自然とそういう関係で育っていったのだ。

 天涯孤独の身になった私を孤児院で引き取ってもらえるように進言してくれたのも、アルなのだろう。


 村には小さな学校があり、六の年から十六の年まで通うことが決まっていた。私やアルも六歳から通い、座学の他に魔術や剣術、弓術といった事を教わっていた。

 そこで判ったことがあった。アルはどんな人でも少しは持つ魔力をひとかけらも持たず、魔術を扱うことが出来なかったのだ。更に運動面でもぱっとせず、剣術や弓術も苦手としていた。

 その結果、元々臆病で小心者のアルは、同級生からは勿論、上級生や下級生からも『虐められる』とまではいかないが、『いじられる』役となっていた。

 しかし、アルも自分の立ち位置を理解してかそれを楽しんでいたし、度を過ぎれば私が止めていたので、みんな仲良くやっていた。



 私とアルは村のある方角へと急ぎ走る。

 ラダー村は鬱蒼とした木々がそびえる、オルグ樹海の中にある小さな村だ。オルグ樹海の木々は背が高く、空を覆うほどの葉が茂る。

 その為、外から村を目視する事は難しく、近くまで行かないと、村の様子がどうなっているのか全くわからない。

 近づくにつれ、視界が曇りがかり、木の焼ける匂いが鼻に入る。よく朝方は森に霧が立ち込めたりするのだが、これは霧ではない、煙だ。

 走り疲れた私は速度を緩め、息を切らしながらアルに語りかける。


「この煙は……アル、あなた、勇者、なんでしょ? 村が、どうなってるか、わからない?」

「ごめん、そこまではわからない。けど嫌な予感がする」


 そのアルの様子は驚いたことに、疲れた素振りが一切見られない。汗を流し、呼吸を乱す私を他所に、平然とした態度なのだ。

 

「アル、疲れてないの?」

「うん、体が軽いんだ」


 まさか、勇者だからってこと?


 疲れないアルを羨ましくも思うも、今はそんなことを考えている場合ではない。

 徐々に、焦げ付く匂いと立ち込める煙は濃度を増す。

 そうして森を抜け、村がある筈の場所へ私とアルはたどり着いた。


「アル、これは……」


 私は自分を現実主義だと自覚している。年頃の少女が夢見る白馬に乗って現れる王子様なんてものは憧れていなかったし、母が亡くなってからは生きることに必死だったからだ。

 けれどこの光景を見ると、現実逃避をしたくなる。


「そんな……」


 呟き、呆然とする。村であったものは何もなく、辺り一帯焼け野原と化していたのだ。家があった筈の場所は跡形もなく、無惨にも燃える木々と瓦礫が散らばっている。村を囲んでいる木々は燃え、徐々に炎は広がっていく。


「村の皆は?」


 見渡すも、人の気配はない。


「そんな所にいたか」


 突如、空気を凍りつかすような低い声がしたかと思えば、ぶわりと強い風が吹いた。

 その風の強さに私は目を閉じる。

 風が止み、目を開くとそこには黒いローブを纏った男が立っていた。

 髪は漆黒、瞳は真紅。———魔族の象徴たる色で、それは畏怖の存在とされた色だ。


「お前が勇者だな? 我は災いの芽は早めに摘み取っておきたい質でな。ここで死んでもらう」


 そう言い魔族の男が手を振り上げると、その頭上に巨大な炎の玉ができてゆく。その巨大な炎の温度で、ちりちりと肌が焼け付く。

 あんなものが当たればひとたまりもない。


「あなたは……」


 私は呟くように問いかけた。

 魔族の男が放つ殺気に、上手く言葉を発せられない。先程の魔獣なんかの比ではないほどの恐怖だ。冷汗が流れ、手が震える。


「我は魔族の王ゼルディード。冥土の土産に覚えておくのだな」


 低い声での自己紹介が終ると、ゼルディードと名乗った男の手が振り下ろされ、巨大な業火が私たちを襲う。それと同時にアルの身体から光が溢れ、私達を小さな膜のようなものが包んだ。

 目の前が炎で覆われ、何も見えなくなるが熱くはない。この膜のお陰だろうか。

 しかし次の瞬間、爆発が起こり、膜はガラスが割れるかのように砕け、突如、私の体は後方へ吹き飛ばされて、何かに打ち付けられた。

 激しい衝撃と熱さが同時に襲い、私はずるりと地面へ崩れ落ちる。

 必死で空気を吸い込むも、息ができずに苦しさに悶えた。次第に少しずつ息ができるようになり、呼吸を整えると状況を理解する為に初めて顔を上げた。

 そこは土埃が舞い、よくみると私とアルのいた場所の地面はえぐられている。


「勇者様! これは……!」


 そんな声が後方から聞こえ、私は痛む体を捻り、振り返る。

 そこにはシュナとクリオ、そしてジアナの姿があった。


「ふん、巫女か。だがもう遅い」


 私はアルを探すように、ゆっくり周囲を見渡す。

 すると、体を起こしてはいるものの怪我で満足に動けそうにないアルの姿が目に入った。

 そしてそのすぐ傍で、魔王ゼルディードがアルを冷酷な目で見据えている姿も。


「アル!!」


 私は出来る限りの力で叫んだ。

 アルは、意識はあるものの苦しそうで、動けないでいるようだ。

 そんなアルを気遣うもなく、非情にもゼルディードは腰の鞘から、闇を現したかのような黒い刀身の剣を素早く引き抜いた。


「死ね」

「駄目ぇぇぇ!!!」


 私は無我夢中で自分の持ちうるすべての魔力で、氷の魔術をゼルディードにぶつけた。

 巨大な氷柱がゼルディードの頭上に現れ、冷気を放つ。力を込めてそれを落とすと、ゼルディードは舌打ちをしながら素早くその場を飛び退いた。

 その隙に私は身体の痛みを我慢しながらアルへと駆け寄る。


「アル、アル!」

「ミラ……?」


 自分でも驚いている。

 こんな高度な魔術、私は使えない。使うことが出来るのは精々氷の粒をいくつか飛ばしたりする程度の魔術なのだ。

 しかし、今は驚いている場合じゃない。


「大丈夫!?」

「うん、大丈夫だけど……ミラ、目が……」

「え?」


 目がどうしたのか。


「お前は……そうか。だがまあいい」


 ゼルディードは何か面白いものを見つけたかのように私を見て、にやりと口角をあげた。しかし次の瞬間、また巨大な炎の塊を頭上に作りあげる。


「シュナ、転移の陣を! クリオ、勇者様と娘を陣の中に!」


 するとジアナが私とアルの前に立ち、素早く法術を使い、私達を覆うように結界の膜を張った。


「は、はい!」


 シュナは慌てるかのように杖で、がりりと地面に何かの陣を描き出す。

 その直後、ゼルディードが先程のような巨大な炎を私達に向けて放った。しかし炎はジアナの結界によって、音もなくかき消される。


「勇者様、失礼します」


 その隙に私とアルの元へ駆け付けたクリオは、アルの片腕を自分の肩に回して、抱え上げる。もう片方の腕でクリオは私を抱えようとしたが、私は首を横に降り、自らの足で立ち上がった。


「私は大丈夫です」

「そうですか、貴方は……」


 その時、一瞬だけクリオは私の顔をじっと見つめるも、すぐにシュナの元へとアルを運び始めた。アルは苦悶の表情を浮かべ、必死で歩こうと足を動かしているようだ。


「巫女ごときが邪魔をするな」


 鬱陶しそうにゼルディードは言うと、黒い刀身の剣を抜き、ジアナの張った結界を壊そうと切りかかった。

 ガンッと金属が弾かれる音がすると、結界の一部にヒビが入る。

 その一撃だけで、結界は今にも壊れようとしていた。


「おばあ様! 転移の準備が出来ました! 早くこちらへ!」


 私とアルとクリオが、シュナの描いていた陣へ辿り着くと、シュナは大声で叫ぶ。


「わしのことはよい。クリオ、シュナの事、後は頼むぞ」


 ジアナは後ろを向いて、憂いた瞳でクリオを真っ直ぐに見つめる。

 その瞳の色は琥珀。輝きは失われているものの、私が思うには、以前はきっとシュナと同じ黄金で、白髪の髪も、見事なプラチナブロンドだったのだろう。

 クリオは目を見開き固まるも、すぐに深く頷き返事をする。


「はい、お任せください」


 ゼルディードは剣を何度も力強く振り、結界を叩き壊そうとした。しかしその度にジアナが結界を張り直し、それを食い止める。


「そんな……」


 ジアナの言葉の意図を理解したのか、シュナの大きな黄金の瞳が揺れる。


「今のお前達が勝てる相手ではない。ここは儂が食い止める。さあ、早くいくのじゃ。長くは持たぬ!」


 ジアナはこのまま自分を置いて、私とアル、シュナとクリオの四人で行けと言っているのだろう。その意味は―――考えたくもない。

 ジアナの結界にひびが入り、ジアナの額には汗が流れる。


「嫌、嫌です。おばあ様も一緒に!」

「シュナ、早くいけ。儂が動けば結界が崩れる」

「……ですが……」

「シュナ、自らの役目を忘れたか? お主の代で勇者様が現れたのじゃ」

「ごちゃごちゃと煩い奴らだ」


 ゼルディードは漆黒の剣を振り上げ勢いよく下ろす。すると結界のヒビが全体に広がり、それはもう間もなく割れようとしていた。


「早く行け!」


 シュナの黄金の瞳から大粒の涙が溢れ、頬を涙が伝う。

 こんなやり取りを見ているのに、私には何もできない。体は痛み、いうことを聞かないのだ。

 アルも苦渋の表情で、クリオに支えられて立っている。

 何もできない。もどかしい。


「世界を、勇者様を頼んだぞ」


 ジアナがそう言った瞬間、張っていた結界がパリンと大きな音を立てて割れ、崩れる。同時に魔族の王が降り下ろした漆黒の剣が、ジアナを襲った。


「いやあああぁぁ!」


 シュナは叫び、涙を流しながら地面の陣を杖で力強く打ち付ける。

 ぱあと陣から光が迸ると、ぐらりと私の脳みそが揺れ、自分の身体が崩れ落ちた。

 アルの私を呼ぶ声だけが頭の中に響き、意識が遠く、遠くへ退いていった。


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