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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
一章

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3/3

神殿で変わったのはあの子だけ

 神殿は森の奥、苔むした石畳の小道の先にあった。陽の差さない場所にひっそりと建つその建物は、古びてはいたが不思議と空気が澄んでいる。


アルが扉を押すと、古い蝶番が軋んだ。

中は薄暗く、埃と冷気の匂いが混じっている。

高い天井には、裂けた布のような祈り旗がかすかに揺れていた。


「お待ちしておりました、勇者様」


不意に、静寂を破る声が響く。


ミラが目を向けると、奥から光を纏うような少女が歩いてきた。

白い法衣に金の刺繍。銀の髪がやわらかく揺れ、透き通るほど整った顔立ち。


少女の視線は、まっすぐアルに向けられていた。


「……え?」


ミラは思わず声を漏らす。


「その秘めたる光……わたくしにはわかります。さあ、覚醒の儀式を」


少女が優雅に微笑む。

アルは困惑しながらも、どこか引き寄せられるように頷いた。


「わかった」


――なにそれ。


ミラは唖然とする。

とてもじゃないが、今の状況が理解できない。

けれど、少女の真剣な表情と神殿全体に漂う張りつめた空気が、先ほどの言葉に現実味を与えている。


少女はアルの手を取り、祭壇の前まで導く。

その動作は静かで美しく、儀式という名に相応しい。

杖を持ち上げ、何かを唱える。空気が震え、風が巻き起こる。

杖先に光が集まり、白く輝く球体が現れる。


ミラは思わず息をのんだ。

光は暖かくもあり、どこか怖さを感じさせたからだ。


シュナが杖を振り下ろした瞬間、光が弾け、神殿全体を包み込んだ。

眩しさに思わず腕で目を覆う。

強い風が髪を乱し、体が小刻みに震える。


やがて光が弱まり、ミラは恐る恐る顔を上げた。


「アル!? 大丈夫!?」

「ミラ……僕、大丈夫」


その声を聞いて、ミラはほっと息を吐く――が。


視線の先にいたのは、見慣れた少年ではなかった。


光を反射する銀の髪。黄金の瞳。

体の輪郭が、ほのかに光を帯びて見える。

あまりの変化に、言葉を失った。


「ミラ、すごいんだ……体の奥から力が溢れてくる」

「……うそでしょ?」


冗談ではなく、そう聞くしかなかった。

確かに顔はアルだ。けれど、もう“アル”ではない気がした。

柔らかかった彼の表情が、今は不思議なほど落ち着いて見える。


「私はシュナと申します。勇者様をずっと、お待ちしておりました。」


少女――シュナと名乗った巫女が、うっとりとした表情でアルの両手を握る。


ミラの胸の奥が、ざらりとした。

理由もなく、彼女の手を引き離したくなる。


「一度、王都へお越しください。詳しいお話はそこで」


「そ、そうだね……」


シュナの微笑みを前に、アルがどこか浮ついた声を出す。

その様子が、どうにも面白くなかった。


そのとき、神殿の奥の扉が勢いよく開く。

白いローブに銀の紋章を縫い込んだ老女と、青銀の鎧を着た青年が現れた。

背筋が伸びたその姿は、見慣れた村人とはまるで違う。


「シュナ様、何事ですか!」


青年が駆け寄り、老女が険しい目でアルを見る。


「お婆様、クリオ、勇者様が現れたのです!」


「勇者……?」


「ほう、それはまた……」


老女は興味深げに目を細め、青年――クリオと呼ばれた男は跪いた。


「確かに覚醒の気配がある……まさか本物とは」


その言葉を聞きながら、ミラは現実感を失っていく。

何が起きているのか分からない。

でも――その空間だけが、神聖な何かに満たされている気がした。


「申し遅れました、勇者様。儂はジアナ。こちらがクリオ。神殿の者です」

「えっ、あ、はい。アルヴィンです」


アルが慌てて頭を下げる。

ミラは唖然としたまま立っていたが、ふと気が付く。

オレンジ色の夕暮れがあたりを照らしている。

そろそろ帰らないと、夕食の支度が間に合わない。


「アル、私はそろそろ帰るけど、どうする?」


その一言で、場の空気が少し緩んだ。

シュナがミラの方へ視線を向け、静かに微笑む。


「あら、あなた様は? お急ぎでしたらお一人でお帰りください」


――は?


その言葉に、ミラの眉がぴくりと動く。

柔らかな微笑みの奥に、わずかな敵意を感じた気がした。


「そう、そういうこと? なら遠慮なく帰らせてもらうわ。じゃあね、勇者様!」


ミラはくるりと背を向ける。


「あ、待って!」


アルは慌ててシュナの手を離し、階段を駆け降りてくる。

ミラは憤りながらも立ち止まり、彼を見やった。

その髪と瞳は、もう完全に“普通の少年”ではなかった。


「ごめん、今日は帰るよ。ミラと一緒に。明日また来るね」


シュナは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに微笑みに戻る。


「では、わたくしもお供いたします。勇者と共に在るのが巫女の務めです」

「勝手に決めるでない、シュナ」


ジアナがシュナを制止する。


ミラはもう、何も言わなかった。

アルの手を取って、そのまま出口へ向かう。


「行くわよ」

「あ、ミラ……手……」

「何?」

「繋いでくれるなんて、久しぶりだね」


その言葉に、ミラの手が一瞬止まる。

アルの指先が、かすかに震えている。

さっきまでの堂々とした姿とは違う――いつもの彼だ。


「……もう、照れてる場合じゃないでしょ」


そう言って手を振り払うが、胸の奥が少しだけ熱くなった。


神殿を出た瞬間、風の音が変わる。

空気がざらつき、地の底から微かな地鳴りが響いた。

夕暮れの光が揺らめき、赤い影が村の方角を染めていく。


ミラは立ち止まり、アルと目を合わせた。

彼の金の瞳が、かすかに光を帯びている。


――何かが起きようとしている。

それだけは、確かに感じた。

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