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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
4章

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迷い路の春


ガレオン王立高等学院の校舎に、冬の終わりを告げる風が吹き抜けていく。

中庭の積雪はだいぶ薄くなり、黒々とした土の匂いと、微かな新芽の香りが混じり合っていた。


「ねえミラ、卒業後の予定決まった?」

「私は王都の魔導具店に就職かなぁ。勇者様たちの活躍で景気もいいし!」


昼休みのカフェテリアは、未来への希望に満ちた喧騒で溢れかえっていた。

クラスメイトたちは口々に、卒業後の進路や、来たる舞踏会のドレスの話に花を咲かせている。

その明るい光景を、ミラはどこか薄い膜越しに見ているような気分で眺めていた。


「……ミラちゃんは? やっぱり、宰相閣下の紹介で王宮入り?」


友人の何気ない問いかけに、ミラは心臓を掴まれたように言葉を詰まらせた。

王宮入り。それは、後見人であるリューゼン卿が用意してくれている、最も輝かしい道だ。

そして何より、アルの近くにいられる最も確実な道でもある。


けれど、今のミラにはその道が、断崖絶壁のように恐ろしく見えていた。


「……まだ、考え中なの。どこか静かな街で、就職するのもいいかなって」


言葉を濁し、曖昧に笑って誤魔化す。

テーブルの下で、膝の上に乗せた手を強く握りしめる。


(帰る家なんて、もうないのに)


ラダー村は焼失した。家族と呼べる村の人々も、もういない。

今のミラにはこの学園の寮という、アルが用意してくれた場所しかないのだ。

それなのに、その場所すらももうなくなってしまう。


そして、先日シアンから告げられた衝撃的な事実。


『……君の中には、魔族の血が流れている。それも、極めて高位のな』


王宮魔術師であり、現在は学園の「臨時特別教官」として魔術指導に当たっているシアン。

彼が告げた「半魔」という真実が、ミラの未来に重い鎖をかけていた。


もし、その事実が露見すれば、ミラは人類の敵として糾弾されるだろう。

そして何より――。


(私がそばにいたら、アルの最大の「弱点」になってしまう)


勇者が、魔族の血を引く娘を幼なじみとして溺愛している。

その事実だけで、アルの地位は揺らぎ、彼の正義は濁ってしまうかもしれない。

彼を守るためには、私が彼の人生から消えるべきなのかもしれない。


けれど。


『待っていて。必ず君を迎えに行く』


アルからの手紙に綴られた言葉が、熱い楔となってミラを繋ぎ止める。

会いたい。待ちたい。

彼の腕の中に帰りたい。

相反する二つの想いが、ミラの心を引き裂くように暴れていた。


「それにしても、勇者様たちは凄いよねぇ」

「また西の砦を奪還したんでしょう? もう魔王軍なんて敵じゃないみたい!」


友人の一人が、興奮気味に広げた新聞を指差す。

一面には、アルヴィンとシュナ、クリオの三人が並んだ勇ましい肖像画が掲載されていた。

『聖戦の行方、勇者一行の活躍により安定』という見出しが躍る。


写真の中の彼は、完璧な「勇者」の顔をして笑っている。

その笑顔の下で、彼がどれだけ傷つき、血を流し、精神をすり減らしているかを知っているのは、世界で私だけかもしれない。

だからこそ、胸が締め付けられる。


「やっぱりお似合いだよね、勇者様とシュナ様って」

「伝説通りだもんね。勇者と巫女は結ばれて、世界を救う……あぁ、ロマンチック!」


友人たちの無邪気な言葉が、ミラの迷いに冷たい影を落とす。

そうだ。それが「正しい」のだ。

彼を癒やし、支え、共に歩めるのは、光の属性を持つ聖なる巫女だけ。

闇の血を引く自分が、その隣に立つ資格なんてあるのだろうか。


「ミラちゃん? 顔色が悪いけど、大丈夫?」


心配そうに声をかけてきたのは、向かいに座るナンナだった。

彼女はリゼリア子爵家の令嬢であり、ミラのルームメイトでもある。

あの日、リゼリア領で共に過ごし、アルとの関係を(ある程度)知ってしまった彼女は、いつもこうして気遣ってくれる。


「ううん、平気よ。ちょっと……進路のことで悩んじゃって」

「そっか。……勇者様のこと、待つかどうかってこと?」


ナンナが声を潜めて耳打ちする。

ミラは小さく頷いた。


「ま、色恋沙汰で悩むんは青春の特権やけどな。胃ぃ壊したら元も子もないで」


横から割り込んできたのは、フランだ。

彼女は商人の娘らしく、今日も今日とて学食のメニュー表を見ながら、原価率と利益の計算をしている。

あの日、シアンからアルとミラの関係を聞かされていた彼女もまた、事情を知る数少ない理解者の一人だ。


「これ、食べり。ウチの実家から送られてきた特製チョコや。糖分摂ったら頭も回るで」

「あ、ありがとうフランちゃん」


差し出されたチョコレートを口に含む。

甘くて、少しほろ苦い味が広がった。


「……迷ってるなら、とことん迷えばええねん。どっち選んでも後悔するなら、自分が納得できるまで足掻くしかないやろ」


フランの言葉は、商売人らしい現実味を帯びていた。


「ミラちゃん。私は……ミラちゃんが幸せになる方を選んでほしいな。勇者様のためとかじゃなくて、ミラちゃん自身のために」


ナンナが優しく微笑む。

二人の優しさが、凍りついた心に沁みるようだった。

けれど、同時に申し訳なさも募る。

私が「半魔」だと知ったら、二人はどう思うだろうか。

怖がるだろうか。軽蔑するだろうか。


(……言えない)


言えば、二人を危険に巻き込むことになる。

この秘密と迷いは、私一人で抱え込むしかないのだ。



放課後。

寮の自室に戻ったミラは、整理しかけの荷物をぼんやりと眺めていた。

部屋の隅には、いくつかのダンボール箱が積み上げられている。

「出ていく準備」ではない。ただ、心を落ち着かせるために、身の回りを整理していただけだ。

結論はまだ、出せないままでいる。


(アル……)


どこか遠くへ行くなんて、本当にできるのだろうか。

想像するだけで、心臓の一部をもぎ取られるような痛みが走る。

でも、彼の隣に居続けることは、時限爆弾を抱えて生きるようなものだ。


「……どうしたらいいの」


答えの出ない問いを、虚空に投げかける。

その時だった。

コンコン、とドアがノックされたのは。


「ミラ、いるか? ……補習の時間だぞ」


シアンの声だった。

ミラは慌てて、涙を拭いドアを開ける。

そこには、王宮魔術師のローブをラフに着崩したシアンが立っていた。

今は「臨時特別教官」として、週に何度か学園で実技指導を行っている彼は、相変わらず飄々とした態度だ。


「シアン……教官。補習って、今日は予定なかったはずじゃ」

「予定は作るものさ。それに、顔色が悪いぞ? 悩み事なら『従兄』として聞いてやってもいいが」


シアンの眼鏡の奥の瞳が、何かを見透かすように光った。

彼はミラの部屋の様子――片付いた机の上や、積み上げられた箱を一瞥すると、ふっと口角を上げた。


「……随分と綺麗にしているな。いつでも逃げ出せるように、か?」

「違います。……ただの、整理です」

「そうか。まあ、迷うのも結構だが……」


シアンはドア枠に寄りかかり、意味深に声を潜めた。


「明日から、お前のクラスに『短期留学生』が来るらしいぞ」

「留学生、ですか? この時期に?」

「ああ。なんでも、『特別』な事情がある生徒らしいがね」


シアンの瞳が、悪戯っぽく、けれどどこか楽しげに輝く。


「お前のその迷いも、明日になれば吹き飛ぶかもしれないな」

「え……?」

「じゃあな。明日は遅刻しないように」


シアンはそれだけ言うと、マントを翻して去っていった。

残されたミラは、首を傾げる。

胸の奥で、小さな予感がざわめいた。

それは、停滞していた時間を動かす、嵐の前触れのような予感だった。

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