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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
3章

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15/39

血の秘密

アルヴィンが旅立ってから、一週間が過ぎた。

学園はいつもの日常を取り戻していたけれど、ミラの心にはぽっかりと穴が開いていた。


「はぁ……」


放課後の教室。ミラは窓の外を眺めて溜息をつく。

隣に座っていたはずの銀髪の幼なじみは、もういない。

「行ってきます」と告げた彼の背中と、唇に残る熱だけが、あの夜の出来事が現実だったと証明していた。


その時、教室の窓枠に一羽の白い鷹が舞い降りた。

その足には、見覚えのある碧色のリボンが結ばれている。


「……アル?」


ミラは慌てて鷹の足から手紙を解いた。

それは、検閲をすり抜けるために魔術で封がされた、ミラ宛の秘密の手紙だった。


『愛するミラへ』


冒頭の一文だけで、顔が熱くなる。


『君に会えなくて、もう気が狂いそうだ。

 魔王なんて一撃で倒して、今すぐにでも君の元へ飛んで帰りたい。

 ……君は今、誰を見ている?

 僕以外の男と話していないか? あの王宮魔術師シアンが君に近づいていないか?

 想像するだけで、嫉妬で胸が張り裂けそうだ』


手紙には、勇者らしからぬ重い愛と独占欲が綴られていた。

けれど、最後の一文にミラは救われた気持ちになる。


『でも、あの夜の君の温もりがあるから、僕は戦える。

 待っていて。必ず君を迎えに行く。

 君は僕の全てだ』


「……バカ。私も会いたいよ」


手紙を胸に抱きしめ、少しだけ涙が滲む。

この手紙があれば、ミラはしばらく頑張れる気がした。


「相変わらず、熱烈だねえ」


不意に、頭上から声が降ってきた。

ビクリとして振り返ると、そこにはいつの間にか背後に立っていたシアンの姿があった。


「シ、シアン様!? いつの間に……!」

「君が手紙に夢中になってる隙にね。……勇者からのラブレターか?」

「み、見ないでください!」


ミラは慌てて手紙を隠す。

シアンは楽しそうに目を細め、ミラの机にトンと腰掛けた。

相変わらず、王宮魔術師とは思えないほどフランクな態度だ。以前、貴賓室で「俺たちはお揃いの半魔だ」とカミングアウトされて以来、彼はミラに対して遠慮というものを捨てたらしい。


「さて、放課後だ。約束通り『補習』の時間だぞ、ミラ」


あの日、舞踏会の後でシアンから一方的に通告されていたのだ。

『君が魔術を使っても目が赤くならないように、俺が制御を教えてやる』と。


「……本当にやるんですか?」

「勿論。人前でうっかり目が赤くなったら、今度こそ守りきれない」


シアンは意味深に微笑むと、私の手を引いて歩き出した。

連れられて向かったのは、学園の敷地内にある古い温室だった。

今は使われていないのか、ガラスは曇り、内部は植物が鬱蒼と茂っている。

昼間だというのに薄暗く、人目は全くない。


「ここなら誰にも邪魔されない」


シアンは指を鳴らし、温室の周囲に防音結界を張った。

外界の音がふっ、と遮断され、温室内に静寂が満ちる。

彼は私に向き直ると、ふいに真面目な顔つきになり、低い声で告げた。


「さて、補習と行きたいところだが……予定変更だ。今日は魔術の制御よりも、もっと大事な話をしよう」


「大事な話……?」

「ああ。俺と君に流れる、この『血』の話だ」


シアンはミラの髪に触れながら、静かに問いかけた。


「君、自分のお母さんのこと、知ってるか?」

「え……母、ですか?」


話題の転換に戸惑う。


「普通の、優しい人でした。名前はミーシャ。村で薬師をしていて……私が幼い頃に病気で亡くなりましたけど」

「……やっぱりな」


シアンはどこか懐かしむような目でミラを見つめ、その金の髪にそっと触れた。


「君のその見事な金髪と、透き通るような碧い瞳。……リューゼン卿にも言われただろう? それが『王家の色』だって」


「は、はい。でも、どうして私がそんな色を……」


「簡単なことさ。君のお母さんはね、かつて『奇跡の双子』と呼ばれたセルヴィス公爵家の令嬢の一人だったんだ。先王の姪にあたる、高貴な血筋さ」

「私が……公爵令嬢の娘……?」


あまりに現実離れした話に、言葉が出ない。

ただの村娘だと思っていた自分が、まさか王家の血を引いているなんて。

エリーゼ姫が「偽物」と罵ったこの色が、本物の証だったなんて。


「そして、その双子の妹……リーシャというのが、俺の母親だ」

「え……?」


思考が追いつかない。

シアンの母親と、ミラの母親が双子?

ということは……。


「つまり俺と君は、従姉弟いとこ同士ってことさ」


シアンは呆然とするミラの髪を、愛おしげに指で梳いた。


「俺たちには、同じ高貴な血と……同じ『業』がある。かつて、美しい双子の姉妹がいた。二人はそれぞれ、決して愛してはいけない相手と恋に落ちた。……それが全ての始まりだ」


シアンはどこか遠くを見るような目で語る。

「決して愛してはいけない相手」。それが何を指すのか、シアンは明言しない。

けれど、以前彼が言った「俺も半魔だ」という言葉と繋げれば、答えは明白だった。

自分の中に流れる、人ならざるものの血。それが、母たちの愛の結果なのだと。


「俺たちは、世界でたった二人の『同類』なんだよ。血を分けた、唯一の身内だ」


シアンの手が、ミラの頬に触れる。

その手は冷たかったけれど、不思議と拒絶する気にはなれなかった。

彼はずっと「先輩」として、そして今は「従兄」として、唯一の理解者なのだ。


「だからさ、ミラ」


シアンは少し身を乗り出し、真剣な眼差しでミラを見つめた。


「セルヴィス公爵家に、来ないか?」

「え……?」

「俺の家に来い。今は俺が当主だ。君を『親戚』として迎え入れることくらい、造作もない」

「で、でも……私にはアルとの約束が……」

「勇者は遠い空の下だ。彼がいない間、君を一人にしておくのは危うい。……君のその『色』は、色んな意味で目立ちすぎる」


シアンはミラの碧い瞳を、意味ありげに見つめた。

それは「王家の色」としての意味なのか、それとも、魔術を使った時の「赤」を指しているのか。

彼は何も言わない。ただ、全てを知っているような優しい笑みを浮かべているだけだ。


「公爵家なら、エリーゼ姫の干渉も防げる。君の『秘密』も守りやすい。……悪い話じゃないだろう?」


それは、あまりにも甘い提案だった。

孤独な学園生活。敵意を向ける王女。そして、抱えきれない秘密と、アルへの罪悪感。

それら全てから、彼は「家族」として守ってくれると言うのだ。


アルからの手紙が、ドレスのポケットの中でカサリと音を立てる。

アルの光。シアンの闇。

そして明かされた、高貴なる血筋と、差し伸べられた手。

ミラはその日、答えを出すことができなかった。



それから季節が一つ巡り、冬の気配が深まった頃。

王立学園の煉瓦造りの校舎もうっすらと霜化粧を纏い始めていた。


冬の気配が深まり、王立学園の煉瓦造りの校舎もうっすらと霜化粧を纏う頃。

学生たちは浮き足立っていた。もうすぐ、待ちに待った冬期休暇が始まるからだ。

実家へ帰る者、王都で遊ぶ計画を立てる者。誰もが解放感に浸る中で、ミラだけが憂鬱な溜息をつきながら、寮の自室で「ある物」と睨めっこをしていた。


机の上に積み上げられた、分厚い手紙の束。

昨日、戦地のアルヴィンから届いたばかりの最新の便りだ。


「……長い。これ、レポート用紙何枚分あるの?」


封を開ければ、達筆な文字で綴られた「愛と心配」が、雪崩のように溢れ出してくる。


『愛するミラへ。

 王都は急に冷え込んできたようだね。君は昔から、「着膨れするのは嫌」だなんて言って薄着で外に出たがる癖があるから心配だ。

 僕がいない間、君を守れるのは君自身しかいない。

 悪い虫がつかないか、変な男に声をかけられないか、君が転んで怪我をしないか……想像するだけで、心配で夜も眠れない(昨日は三時間しか眠れなかった)』


「勇者様、ちゃんと寝て……」


ミラはこめかみを揉みながら読み進める。


『だからお願いだ。冬休みは寮から一歩も出ずに、暖かくして過ごしていてほしい。

 必要なものは全て手配してある。君が安全でいてくれることが、僕の唯一の願いであり、戦う理由なんだ』


文字の端々から滲み出る、切実なまでの過保護。

以前のような一方的な重圧感はない。

ただひたすらに、遠く離れた幼なじみの身を案じる言葉たち。

けれど、シアンから「血の秘密」を聞かされた今のミラにとって、その「安全な場所」に留まることは、窒息しそうなほどの閉塞感を意味していた。


(ここにいたら、自分が何者なのか、考えすぎて押し潰されちゃう)


アルのことは大切だ。けれど、彼の望む「守られるだけの存在」でいるだけでは、この不安は拭えない。 少しだけ、外の空気を吸いたい。

誰の目も気にせず、ただの「ミラ」として笑いたい。


ミラは視線を窓の外へ向けた。

ガラスの向こうには、冬の空がどこまでも高く広がっている。


(少しだけ。……少しだけ、外の空気を吸いたい)


そんなささやかな願いが、アルへの罪悪感を上回った瞬間だった。


「ミーラちゃん! 入るよー!」


元気なノックと共に、ドアが勢いよく開かれた。

毛皮のコートを着込んだナンナと、その後ろからフランが顔を出す。


「準備できた? 馬車、もう下に来てるよ!」

「フランちゃんがね、『時は金なりや!』って急かすのよ。もう、まだ出発予定時刻前なのに」

「しゃーないやろ。日が暮れる前に峠を越えたいねん」


友人たちの屈託のない笑顔を見て、ミラの胸のつかえが少しだけ取れた気がした。


「ふふ、ごめんね。今、終わったところ」


ミラは手紙を丁寧に折りたたみ、引き出しの奥へとしまった。

そして、その上に鍵をかける。

まるで、ここにある「アルとの約束」を封印するように。


「よし、行こう!」


鞄を持ち上げたミラの足取りは、ここ数日で一番軽かった。



「ほな、出発しよか! 目指せ、リゼリアの特産品!」


校門には、リゼリア家から迎えに来た立派な馬車が待っていた。

御者台の横で、商魂たくましいフランが拳を突き上げている。

彼女の鞄の中身は、着替えよりも電卓と商談用の見本帳の方が多いらしい。


「フラン、楽しみなのはわかるけど、あくまで休暇よ? ナンナのご実家に商売の話ばかり持ちかけちゃダメだからね」

「わかっとるわかっとる。商売の基本は信頼と愛想やからな。……あ、でもリゼリア名産の『乾燥イチジク』の仕入れルートだけは確保したいなぁ」

「もう、フランちゃんったら。お父様ならきっと相談に乗ってくれるよ。復興のためなら何でもするって張り切ってるから」


女子三人、賑やかに馬車へと乗り込む。

石畳を転がる車輪の音と共に、見慣れた学園の校舎が遠ざかっていく。

窓の外の景色が、整然とした王都の街並みから、広大な平原へと変わっていく。


「リゼリア領までは三日くらいかかるけど、道中の宿場町も楽しいよ。美味しいシチューのお店があるんだ!」

「うちは途中の村でやってる冬の市が見たいわぁ。掘り出し物があるかもしれへん」


馬車の中では、お菓子をつまみながらのお喋りが尽きない。

恋の話(主にナンナの片思い話)、将来の夢、そして他愛のない噂話。

「勇者様」でも「半魔」でもない、ただの少女としての時間。

ミラは友人の明るさに救われながら、久しぶりに心からの笑顔を取り戻していた。


やがて旅の三日目。馬車は険しい峠を越え、リゼリア子爵領へと入った。


窓から見える景色は、王都周辺とは明らかに違っていた。

木々は冬枯れて疎らになり、赤茶けた乾いた大地が広がっている。

雪は降っていないが、吹き付ける風はナイフのように冷たく、乾燥している。


「……まだ、大変そうね」

「うん。でも、見て。あそこに新しい水路ができてるの」


ナンナが指差す先には、建設途中の石造りの水路が見えた。

かつての大干ばつで一度は死にかけた大地。

けれど、そこには確かに人々の営みと、再生への力強い息吹があった。


「ミラちゃんのおかげで借金が返せたから、やっと工事が再開できたの。……本当に、ありがとうね」

「ううん、私は何も……」


ナンナの真剣な感謝に、ミラは首を振った。

やがて、丘の上に立つ領主の館が見えてきた。

古いが手入れの行き届いた、堅牢な石造りの屋敷だ。質実剛健なその佇まいは、この厳しい土地を守ってきたリゼリア家の誇りそのものに見えた。


エントランスに馬車が止まると、一人の青年が出迎えてくれた。

栗色の髪に、新緑のような優しい瞳。

仕立ての良いコートを着こなし、育ちの良さを感じさせる洗練された立ち居振る舞いの中に、復興を担う若き領主代行としての芯の強さも垣間見える。

彼こそが、ナンナの兄、ファルカだった。


「お帰り、ナンナ。長旅ご苦労だったね」

「お兄様! ただいま!」


ファルカは馬車から降りたナンナの頭をポンポンと撫でると、すぐにその視線を後ろのミラへと移した。

その瞳に、隠しきれない感謝と、パッと花が咲いたような好意の色が浮かぶ。


「初めまして、ミラ嬢。兄のファルカです。……妹から話は聞いています。我が家の窮地を救ってくださった方に、こうしてお会いできる日を待っていました」


ファルカは自然な動作で片膝をつき、ミラの手を取った。


「め、女神だなんて……! 私はただ、偶然事情を知って、少し口添えをしただけで……」

「ご謙遜を。貴女がいなければ、この領地は干上がり、民は路頭に迷っていたでしょう。……貴女はリゼリアの恩人です。滞在中は、我が家だと思ってくつろいでください」


ファルカの笑顔は、アルのような熱を帯びたものではなく、春の風のように爽やかだった。

ミラは少しドギマギしながらも、その温かい歓迎に安堵する。


「ありがとうございます、ファルカ様」


ここなら、大丈夫かもしれない。

アルの心配も、シアンの警告も、この温かい場所には届かない気がした。



その夜の夕食は、温かな歓迎ムードに包まれていた。

派手さはないが、心を込めて作られた大地の恵みのスープと、焼きたてのパン。

メインディッシュは、ハーブで香り付けされた猪肉のローストだ。

子爵夫妻もミラを大歓迎し、まるで本当の娘が帰ってきたかのような温かいもてなしを受けた。


「それにしても、ミラ嬢はお野菜を美味しそうに食べますね」

「はい。私の故郷も畑仕事が盛んだったので、こういうお料理は大好きなんです」

「そうですか。……貴女のような方がいてくださると、食卓が華やぎます」


隣に座ったファルカは嬉しそうに目を細め、こまめに水差しを取ってくれたり、皿を勧めてくれたりと甲斐甲斐しい。


食後の談話室。

暖炉の火を囲みながら、話題は領地の最近の出来事に移った。


「そういえばファルカ様。こっちに来る途中、警備兵さんが多かったですけど、何かあったんですか?」


フランの問いに、ファルカの表情がふっと真面目なものに変わった。


「……ああ、お気づきでしたか。実は最近、少し落ち着かない状況でして」

「落ち着かない?」

「領地の北にある『乾きの遺跡』です。あそこには古い言い伝えがあって……かつて魔王を封じた『聖剣』が眠っていると言われているんですが」


「聖剣……!」


ミラの手が止まる。

聖剣。魔王。それは、遠い戦場にいるはずの幼なじみと無関係な単語ではない。


「その遺跡から最近、奇妙な光の柱が立ち上るのが目撃されているんです。それに呼応するように魔獣も活発化していて……。国には調査を依頼しました」


ファルカはティーカップを置き、ため息をついた。


「近々、王都から調査団か、あるいは『勇者様』御一行が来るかもしれませんね」


ドキリ、と心臓が跳ねた。

もし勇者が来るとしたら、それはアルだ。

まさか、こんな辺境の地で鉢合わせるなんてことはないだろうか。


(ううん、まさかね。アルは今頃、遠い前線で戦っているはず)


そう自分に言い聞かせる。

手紙にも『今年の冬は前線が長引きそうだ』と書いてあった。

彼がわざわざこんな乾いた風の吹く辺境まで、急に来るはずがない。


「ま、もし勇者様が来たとしても、我が家で歓迎するだけですよ。それより今は、皆様をもてなす方が重要です」


ファルカは再び優しい笑顔に戻り、ミラにクッキーの皿を差し出した。

ミラは「ありがとうございます」と微笑み返し、不安を甘いお菓子と一緒に飲み込んだ。


窓の外では、夜風が強く吹き始めていた。

乾いた風が窓を叩く音が、まるで誰かの足音のように聞こえたのは、きっと気のせいだ。


穏やかな夜は、ここまでだった。

風の向こうから、黄金の瞳を持つ「彼」が近づいていることも知らずに、ミラは旅の夜を過ごしていた。



翌日。風はさらに強まり、砂塵混じりの嵐となっていた。

外に出ることもできず、ミラたちが室内で過ごしていると、玄関の方がにわかに騒がしくなった。


「旦那様! お客様です!」

「こんな嵐の日にか? 遭難者ならすぐに手当てを」

「いえ、それが……その、王都からの……!」


執事の慌てた声に、ファルカが立ち上がる。

ミラも胸騒ぎを覚え、つられるようにエントランスへと向かった。


重厚な扉が開かれると、風と共に砂埃を纏ったマント姿の三人組が入ってきた。


「すまない。この風で足止めを食らった。一晩、場所を貸してほしい」


先頭の男がフードを払う。

現れたのは、月光のように輝く銀髪と、少し疲労の色が見える黄金の瞳。


「……ア、ル……?」


ミラの声が、喉の奥で凍りついた。

そこに立っていたのは、手紙の主であり、今一番会いたくて、けれど一番会ってはいけない相手、勇者アルヴィンその人だった。


彼の背後には、同じく砂を払う銀髪の巫女シュナと、聖騎士クリオの姿もある。

彼らは「聖剣」の回収任務を受け、この地を訪れていたのだ。


アルが顔を上げ、屋敷の住人たちを見回す。

そして、ファルカの少し後ろに立ち尽くすミラの姿を認めた瞬間――。


その黄金の瞳が、大きく見開かれた。

驚き、安堵、そしてすぐに「なぜ?」という困惑の色が広がる。


(どうして、君がここにいる?)


声には出さずとも、その瞳は雄弁に語っていた。

学園で安全に過ごしているはずの彼女が、なぜこんな辺境の地で、見知らぬ男の屋敷にいるのか。


「勇者様……! まさか、本当にいらっしゃるとは!」

「聖剣の調査に来られたのですね! 歓迎いたします!」


何も知らないファルカと子爵が、興奮して駆け寄る。

アルは一瞬で表情を整え、「勇者」としての穏やかな微笑みを浮かべた。

けれど、その視線はチラリとミラの方へ向けられ、すぐに逸らされた。


「……ああ。突然の訪問で申し訳ない。世話になるよ、リゼリア卿」


そして彼は、初対面を装ってミラたちへと向き直った。


「そちらの御婦人方は?」

「ああ、妹のナンナと、そのご友人のミラ嬢、フラン嬢です。学園の休暇で遊びに来てくれているんですよ」


ファルカの紹介に、アルは静かに会釈をした。


「……お初にお目にかかる。勇者のアルヴィンだ」


他人行儀な挨拶。

けれど、その声には隠しきれない動揺と、ミラへの切実な想いが滲んでいた。

再会の喜びよりも、予想外の状況への戸惑いが勝っているような、痛々しいほどの静けさ。


(怒ってる……?)


ミラはドレスの裾を強く握りしめた。

アルは怒鳴りもしなければ、睨みもしなかった。

ただ、ひどく悲しげで、寂しそうな目で一瞬だけミラを見たのだ。

それが、どんな叱責よりも深く、ミラの胸を突き刺した。

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