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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
2章

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王女の敗北、友との和解

王女の敗北、あるいは友との和解


あの日から数日間、シアンをたぶらかしたと噂された私の前に、遂に「ラスボス」が現れた。


「あなた、シアン様を誘惑していたというのは本当?」


学園の中庭。

取り巻きを引き連れて現れたエリーゼ姫は、ふわふわの白い羽扇子を口元にあて、殺気すら感じる眼光で私を睨み付けていた。


「誘惑なんてしてません」

「嘘をおっしゃい! あなたとシアン様が貴賓室で抱き合っている姿を見たという者がいますのよ?」


エリーゼがパチリと扇子を閉じると、それを合図に一人の女子生徒がおずおずと前に出てきた。

あの時の新聞記者だ。


「わ、私見ました。ベッドの上で、その……密着して……!」


彼女はそれだけ言うと、脱兎のごとく列の後ろへ隠れてしまった。

気まずいのだろう。わかるよ、その気持ち。


「言い逃れは出来ませんことよ。どうせシアン様に相手をされず、なかったことにしたいんでしょう。頭の悪い平民が考えそうなことですわ」


エリーゼは勝ち誇ったように笑う。

確かに、全部なかったことにしたい。

けれど、憶測だけでここまでヒートアップできる彼女のエネルギーには、ある意味感心してしまう。


「シアン様に手を出すなどと……前々から思っていましたが、本当に下品な平民ですこと! こんな売女と同じ学園で過ごすなんて、空気が汚れますわ!」

「売女、ですか……」


一国の姫君の口から出る言葉とは思えない。

周囲のギャラリーもざわついているが、彼女は止まらない。


「ほら、図星で何も言えませんのね。この学園に編入出来たのも、その身体を使って有力者に取り入ったのでしょう? 身の程をわきまえなさい」


罵倒の嵐に、私は小さく溜息をついた。

こうなることは予想していた。

だからこそ、対策も練ってある。


「エリーゼ姫様。つまり、私に学園から出ていけと仰るのですね?」

「当然ですわ。視界に入れるのも汚らわしい」


エリーゼはふんと鼻を鳴らす。


「ただ、わたくしも無慈悲ではありませんわ。王都の娼館への紹介状を書いて差し上げてもよろしくってよ?」

「お断りします」

「なっ……!?」


即答した私に、エリーゼはわなわなと震えだした。


「いい加減にしなさいこの売女! わたくしが情けをかけてやっているのに、口答えをしていいと……!」

「いいですか? エリーゼ姫様」


私は懐から一通の手紙を取り出した。

豪奢な紋章が押された、分厚い封書だ。


「私の後見人は、宰相リューゼン卿です。……そしてこれは、卿から殿下への『伝言』です」

「りゅ、リューゼン卿……?」


エリーゼの顔色がサッと変わる。

あの日、シアンと別れた後、私はすぐにリューゼン卿へ手紙を送った。

「緊急事態につき、助力を願う」と。

結果、卿から届いた返信には、エリーゼの弱みがたっぷりと記されていた。


以前、彼女が長期休学していた理由。

それは、気に入らない生徒を脅して退学に追い込み、その中の一人――リューゼン卿の姪にあたる令嬢を自殺未遂にまで追い詰めたからだ。

激怒した卿と国王陛下は、エリーゼに厳命を下した。

『次に問題を起こせば、極寒の地・サルージャ辺境伯へ嫁がせる』と。


「……内容は申し上げませんが、サルージャはこれから厳しい冬を迎えると聞きました。殿下は寒さにはお強いですか?」


私がにっこりと微笑むと、エリーゼはヒッと息を呑んだ。

取り巻きたちも「サルージャ?」「あの老人と?」と青ざめている。


「な、ななな、なんですって……!?」

「これ以上騒ぎを大きくすれば、この手紙の内容が国王陛下の耳にも届くことになりますが……よろしいのですか?」


私は手紙をチラつかせる。

ここで彼女を失脚させることは簡単だ。

でも、窮鼠猫を噛む。追い詰めすぎて刺されるのは御免だ。

リューゼン卿も「適度な脅しと、逃げ道を用意せよ」と言っていた。


「エリーゼ様、申し開きをさせてください」


私はスッと表情を戻し、殊勝な態度で頭を下げた。


「あれは抱き合っていたのではありません。魔術の反動で倒れた私を、お優しいシアン様が介抱してくださったのです。たまたま目眩がしたときに、支えてくださっただけで……」

「そ、それは本当ですの?」


エリーゼが縋るような目で私を見る。

彼女にとっても、この状況は打開したいはずだ。


「本当や! うちが試験の時、ミラはんの相方やったさかいによーく見とったわ!」


絶妙なタイミングで、フランがひょっこりと顔を出した。


「ミラはんは試験でどえらい大魔術を使って、ぶっ倒れたんよ。シアン様はそれを介抱してただけや。……あのシアン様が、特定の相手を作るなんてありえへんしなぁ?」

「そ、そうですわよね! シアン様は皆様のものですもの!」

「せやせや。あ、そうそうエリーゼ様。今度うちの店に、幻の宝石『フォルトゥナの涙』が入荷するらしいねん」

「まあ、フォルトゥナの涙ですって!?」


エリーゼの瞳が宝石のように輝く。

フランは商人の顔でニヤリと笑った。


「詳しい話は向こうでしましょか。ここやとライバルに聞かれるかもしれへんし」

「そ、そうですわね! ……そこの平民、今日のところはそういうことにしておいてさしあげますわ!」


捨て台詞を残し、エリーゼはフランに連れられて去っていった。

嵐が過ぎ去ったような静寂。

去り際にフランが私に向けて送ったウィンクには、「貸し一つな?」という明確なメッセージが込められていた。


(……怖い。あの姫より、フランの方がよっぽど怖い)


私は冷や汗を拭い、大きく息を吐いた。



その日の夕方。

寮の部屋に戻ると、ナンナが待っていた。


「ミラちゃん……」


彼女は俯き、消え入りそうな声で言った。


「ごめんなさい。私、エリーゼ様が怖くて……ミラちゃんを避けてた」

「うん、知ってたよ」

「ごめんなさい! ……私、家が没落寸前だったの」


ナンナは涙ながらに事情を話してくれた。

領地の干ばつと飢饉。民を救うための借金。

卒業後に女官になって借金を返さなければ、悪徳商人に売られるところだったのだと。

だから、第一王女であるエリーゼに逆らえなかった。


「でもね、昨日急に、王宮から『特別援助金』が出て……借金が返せることになったの。もう、女官にならなくてもいいって……」

「そっか。よかったね、ナンナ」


(……リューゼン卿だ)


私の身辺を安定させるために、手を回してくれたのだろう。

あるいは、アルが裏で動いたのか。

どちらにせよ、私は守られている。その事実が、今は少し重い。


「本当にごめんなさい……っ」

「もういいよ。ナンナが家族を想う気持ちは、痛いほどわかるから」


私は泣きじゃくるナンナの背中を優しく撫でた。

私たちはお互い、言えない秘密を抱えて生きている。


「これからも、友達でいてくれる?」

「当たり前だよ。……卒業しても、ずっと」


そう言って笑い合ったけれど、私の心には小さな棘が刺さっていた。


(ごめんね、ナンナ)


卒業まで、残りわずか。

私が「半魔」である限り、いつか彼女をも巻き込んでしまうかもしれない。

シアンは「俺のところに来い」と言った。アルは「離さない」と言った。

でも、私はそのどちらも選べない。


(卒業したら、誰も知らない遠くの街へ行こう)


一人で生きていく。

魔術も使わず、ただの町娘としてひっそりと。

それが、大好きな人たちを守る唯一の方法だ。


そう心に決めた数日後。

私の手元に、王宮からの招待状が届いた。

『勇者凱旋記念舞踏会』への招待状。


そういえば、アルが一時帰還する日が近かった。

逃げることすら許さない運命の足音が、すぐそこまで迫っていた。

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