表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/39

赤き瞳の秘密

目を開くと、見慣れぬ高い天井がぼんやりと映った。

意識が浮上するにつれ、ズキズキとした頭痛が襲ってくる。

何かを考える前に、私は反射的に身体を起こした。


「ここは……」


ぼーっともやのかかったような頭を整理する。

そういえば、魔術の実践試験をしていて……シアンが放った規格外の炎を見て、それに巻き込まれそうになって……。


「夢?」

「残念ながら、夢じゃない」


その声にハッとして視線を巡らせると、部屋のソファに優雅に脚を組んで座るシアンの姿があった。

王宮魔術師の制服を着崩し、手元の本に目を落としている。

その横顔は絵画のように美しいが、どこか人を寄せ付けない冷たさを纏っている。


「……気がついたか」


シアンは本を閉じ、ゆっくりとこちらを向いた。

その瞳が私を捉えた瞬間、彼の表情が一瞬だけ――本当に瞬きするほどの短さだけ、安堵に歪んだ気がした。

けれど、すぐにいつもの食えない薄い笑みが張り付く。


「おはよう、お姫様。随分と長く寝ていたな」

「あの、ここは?」

「学園の貴賓室だ。……君に話があって、少し借りた」


シアンは立ち上がると、躊躇なくベッドの縁に腰を下ろした。

ベッドが沈む感覚。

近い。

端正な顔立ちが目の前に迫り、心臓が早鐘を打つ。


「え、話?」

「そう、君の『正体』についてだ」


シアンは長い指で私の頬をツツッとなぞり、金の髪を一房掬い上げた。

その手つきは、壊れ物を扱うように繊細で、どこか探るような色を帯びていた。


「君、『半魔はんま』だろう」

「……はい?」


あまりに淡々と、事実確認のように言われたので、意味が頭に入ってこない。


「人族と魔族のハーフ。……自覚はなかったのか?」

「な、何を言ってるんですか? 私は人間です!」


変な言いがかりはやめてほしい。

魔族といえば、黒い髪に赤い瞳だと相場が決まっている。


「まあ、落ち着け。……論より証拠だ」


シアンはポケットから手鏡を取り出し、私の顔の前に突き出した。


「見ろ」

「え……」


鏡の中の私は、確かにいつもの金の髪をしていた。

けれど、その瞳は――鮮血のように赤く、妖しく輝いていた。


「うそ……」

「魔力を使うと一時的に変質するらしい。……綺麗な赤だ」


私は手鏡を取り落としそうになった。

シアンがそれを、私の手に触れるようにして受け止める。


「君は半魔だ。それは変えられない事実らしい」

「そ、そんな……」

「大丈夫だ。……俺を見ろ」


シアンが私の顎をクイッと持ち上げる。

至近距離で絡み合う視線。

私は驚きで目を見開いた。


シアンの瞳もまた、私と同じ「赤色」に染まっていたのだ。


「俺も半魔だ」

「えええ!?」

「しっ、声が大きい」


シアンは人差し指を私の唇に押し当てた。

その指先が微かに震えていることに、私は気づいてしまった。


「俺は幼少期からの訓練で、普段は隠蔽している。だが、君はまだ制御が甘い」

「半魔って……あの、王宮魔術師様ですよね?」

「ああ。……バレれば処刑だ」


シアンは自嘲気味に笑った。

その笑顔は、どこか寂しそうで、孤独の色が滲んでいた。


「で、だ。ここからが本題だ」


シアンの声のトーンが少し下がる。

彼は私の手を取り、包み込むように握った。

冷たい。彼の手は、いつも氷のように冷たい。


「君は、このまま勇者の側にいるつもりか?」

「えっ、それは……」

「もし、光の象徴である勇者の隣に、『半魔』がいると知られたらどうなると思う?」


シアンの赤い瞳が、私を射抜く。


「神殿も国も、君の排除を望むだろう。……その時、勇者はどうする?」

「アルは……きっと私を守ってくれます」

「ああ、そうだろうな。あいつは……君にベタ惚れだからな」


シアンは苦々しげに肯定した。

まるで、その事実を口にするだけで胸が痛むかのように。


「だが、君を守るということは、『世界を敵に回す』ということだ。彼は勇者としての誇りも、地位も、名誉も全て捨てて、君のために汚名を着ることになる」

「っ……」

「君は、彼にそんな残酷な選択をさせるつもりか? 彼を破滅させたいのか?」


言葉が出なかった。

逃げ場のない正論だった。

私がアルを大切に思えば思うほど、私が彼の「汚点」になってはいけない。


「だから、俺を頼れ」

「はい?」

「俺なら君と同じ『闇』側の住人だ。君の苦悩も理解できるし、力の隠し方も教えられる。……勇者を破滅させずに済む」


シアンは顔を寄せ、選択肢を突きつけるように囁く。


「俺と組もう。お互いの秘密を守り合う『パートナー』として」

「パ、パートナー……」

「そう。君には俺が必要で……俺には君が必要だ」


とんでもない提案だ。

でも、その声には必死さが混じっていた。

まるで、私が頷かなければ、彼自身が壊れてしまいそうなほどの切実さが。


「お、お断りします! なにを急に……」

「ほう、断るか」

「そういう問題じゃなくて!」

「じゃあ、勇者に半魔が露見して、二人して地獄に落ちるのが望みか?」


コンコン。


その時、タイミング悪くノックの音が響いた。


「失礼します! 学園長が今回の試験の件で……」


ガチャリ。

扉が開く音がする。

シアンは舌打ちを一つつくと、強引に私の肩を引き寄せた。


「っ!?」

「隠せ」


彼の腕が私の首に回され、視界が彼の胸板で塞がれた。

抱きしめられたのだ。

それも、愛情表現のためではない。


(あ……!)


私はハッとした。

今の私の瞳は、まだ「赤色」のままだ。

もし、入ってきた人間にこの顔を見られたら、その瞬間に私の人生は終わる。

シアンは、私の顔を――禁忌の証である瞳を、自分の身体で隠したのだ。


「え、あ……」


顔を上げようとする私を、彼の手が強く後頭部を押さえつける。

彼の心臓の音が、痛いほど速く脈打っているのが聞こえる。

それは、これから訪れるスキャンダルへの興奮か、それともバレるかもしれないという緊張か。


「あ, えと、その……!」


入ってきた女子生徒は、ベッドの上で密着する私たちを見て絶句した。

私の顔はシアンの胸に埋もれていて見えない。

彼女の目には、単なる「情事の最中」にしか映らないだろう。


「み、見なかったことにします! 失礼しましたーーッ!」


パタン!

扉が閉まり、廊下を猛ダッシュで逃げる足音が遠ざかる。

静寂が戻っても、シアンはしばらく私を離さなかった。

廊下から完全に気配が消えるのを確認するように。


「……シアンさん?」

「……ああ。行ったな」


シアンはようやく腕の力を緩めた。

私が顔を上げると、彼は安堵のため息をついていた。

その瞳は、いつの間にか元の「灰色」に戻っていた。


「危なかった……。あの記者は勘が鋭い」

「今のは……」

「君の目が赤いままだからだ。……見られたら終わりだったぞ」


シアンは、乱れた私の髪を整えながら言った。

彼は咄嗟の機転で、本当に私を守ったのだ。


「……ありがとうございます」

「礼には及ばない。……まあ、その代償は払ったがな」


シアンは眉をひそめ、困ったように肩をすくめた。


「盛大に誤解された」

「あっ!」

「明日の朝には学園中に広まっているだろうな。『王宮魔術師シアン、女子生徒とベッドで熱愛』とな」

「最悪です……!」

「あ、そうそう。言い忘れていたが」


シアンは私の髪を指で弄びながら、淡々と、しかし重要な事実を告げた。


「俺に言い寄ってくる女性陣は、少々厄介でね。特にエリーゼ姫が」

「……はい?」

「俺は、姫からの誘いをずっと断り続けている最中だ。……『俺を落とした女』として君の名前が広まったら、姫はどう思うかな?」

「まさか……」

「ああ。君は、完全に標的ロックオンされる」

「ええええええ!」


私が叫ぶと、シアンは「不憫だな」とでも言うように目を細めた。

でも、その目は笑っていなかった。


「……まあ、手遅れになる前に、宰相のリューゼンにでも話を通しておこう」


シアンは逃げるように颯爽と部屋を出て行った。

残された私は、呆然と天井を見上げる。


半魔という秘密。

学園新聞のスクープ。

そして、彼が抱きしめた時の、あの必死なまでの鼓動。


「……どうしよう」


アルが守ってくれていたはずのこの学園は、とんでもない猛獣の巣穴だったのかもしれない。

そしてその猛獣は、思ったよりもずっと、私のことを考えてくれているのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ