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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
2章

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炎のトラウマ

「君がミラか。……勇者から話は聞いている。今日も自分が見に来られない事を、随分と悔やしがっていたよ」


穏やかだが、どこか温度を感じさせない声。

シアンの言葉に、ミラの背筋に緊張が走った。

後方にいるフランからの視線が、物理的な痛みを伴って突き刺さる。


(この人、フランがいる前で何を……!)


おそるおそる後ろを振り返ると、フランは口端をニヤリと吊り上げ、「説明、してもらうで?」と言わんばかりの目でこちらを見ていた。

商人の勘が、特大のネタを嗅ぎつけた顔だ。


「そ、そうなんですか?」


ミラは引きつった笑顔をシアンに向け、なんとか言葉を返す。


「ああ。魔族討伐が一段落つき次第、『必ず会いに行く』と伝言を頼まれた」


(会いに来る?)


心臓が早鐘を打つ。

来るとしたらどこへ? まさか学園に乗り込んでくるつもりなのか?

『秘密にしてくれ』と言ったのはアルの方なのに、彼自身がその設定をぶち壊そうとしている。

手紙を書いて止めさせなければ。自分がどんなとばっちりを受けるかわからない。


「私は元気でやっておりますので、どうぞお構いなく……と、お伝えください」

「そうか? あれほど勇者は君に執心しているというのに」


シアンは灰色の瞳を細め、値踏みするようにミラを見つめた。

その視線は、単なる好奇心というよりは、分析するような鋭さを帯びている。


「……君のことが、生きる糧だと言っていたよ。世界を救う理由は、すべて君にあると」


さあっと顔から血の気が引くのがわかった。

頭を鈍器で殴られたような衝撃。


「……嘘、でしょ?」

「嘘をつく理由が俺にはない。……『僕のミラ』と、耳にタコができるほど聞かされたからな」


シアンは小さく溜息をついた。

どうやら、アルの重すぎる愛を聞かされる被害者の一人らしい。


「勇者がそこまで想う君に、興味が湧いてね。ただの村娘かと思えば、その金髪碧眼。……君もラダー村の出身か?」

「そうですが……」

「……なるほど」


シアンが一歩近づき、独り言のように呟く。


「あの村の生き残り……。なら、可能性はあるな」


(……可能性?)


ミラは首をかしげた。

シアンの瞳に、一瞬だけ昏い光が宿った気がした。


「へえ、そないなことになっとるん? めっちゃ面白そうやんか」


後ろからフランの弾んだ声が聞こえる。

もう駄目だ。完全に誤解されたし、ネタにされた。

ミラはどう弁解していいかわからず狼狽えたが、ふとここが試験会場であることを思い出し、話題を逸らすことにした。


「い、今は試験中ですよね!? 雑談は終わりにして、早く始めましょう!」


その必死な問いに、シアンはフッと小さく笑った。


「そうだな。……では、実力を見せてもらおうか」


シアンが指を鳴らした瞬間。

何の前触れもなく、一陣の暴風が巻き起こった。


(えっ、予備動作も詠唱もなしに!?)


さすがは次期魔術師長候補。

ミラは素早く後ろに飛び退き、フランと肩を並べた。


「制限時間は五分。その間に俺に魔術を当てるか、もしくは制限時間いっぱい耐え抜けば合格とする」


試験の作戦は、フランと事前に打ち合わせ済みだ。

フランの得意属性は【地】、対してミラは【氷】。

試験官のシアンは【風】が得意だと聞いていたので、フランが守りを固め、ミラが攻撃をする算段だ。


「いくよ!」


シアンが軽く手を振ると、風がかまいたちとなって二人を襲う。

フランが即座に反応し、足元の石畳を隆起させて【土の盾】を作り、鋭い風の刃を防いだ。


「ナイス、フラン!」


その間にミラは魔力を右手に込め、氷のつぶてを空中に生成する。

鋭く尖った氷弾を、シアンめがけて一斉に射出した。


「地と氷か。……悪くない連携だ」


シアンは一歩も動かず、風の結界で氷弾を弾き飛ばした。

ミラは休む暇もなく次弾を生成し、放つ。

しかし、シアンはそれを表情一つ変えず、淡々と防いでいく。


「だが、決定打に欠けるな」


シアンは冷徹に告げ、自らの前に片手を伸ばした。


「勇者の想い人なら、もう少し期待してもいいだろう?」


掌の前に、小さな火種が生まれた。

それは瞬く間に膨れ上がり、轟音と共に巨大な炎の球体へと変貌していく。

周囲の空気が熱で揺らぎ、ミラが作り出した氷のつぶては一瞬で蒸発して消え去った。


「そないな魔術も使えるん!?」


フランが悲鳴を上げる。

風使いだと聞いていたのに、これほどの火属性魔術も使えるなんて聞いていない。


「さすがはシアン様ってところやなぁ、ミラはん! ……って、ミラはん?」


しかし、ミラはフランの呼びかけに答えることなく、立ち尽くしていた。

碧い瞳が、揺らめく炎に釘付けになっている。


(あの炎は……)


脳裏に、焼き付いて離れない光景が蘇る。

燃え落ちるラダー村。

逃げ惑う人々。

そして、黒いローブを纏った魔族が放った、全てを焼き尽くす地獄の業火。


「み、ミラはん? あかん、あんなどえらい炎はうちの盾じゃ熱までは防ぎきれへん! どないする!?」


フランの声が遠く聞こえる。

恐怖で手が震え、足がすくむ。

心臓が早鐘を打ち、呼吸ができなくなる。


(嫌だ……怖い、熱い……!)


あの時と同じだ。

圧倒的な暴力の前に、自分はただ震えて死を待つだけの無力な存在。


「……終わりか?」


シアンの静かな声が響く。

どうしようもない。ミラの氷魔術では、こんな巨大な炎は防ぎきれない。

また、燃やされるのか。

また、何もできずに失うのか。


(……嫌だ)


ミラはぐっと拳を握りしめた。

私に力があれば、あの時だってアルを助けられた。

みんなを守れたはずなのに。


「降参するか?」


その言葉が引き金だった。

ミラの身体の奥底で、何かが「パチン」と弾ける音がした。

恐怖が怒りへ、そして灼熱の力へと変換されていく。


「……しない」


ミラが顔を上げた瞬間、碧かった瞳が鮮血のような赤色に染まった。

無自覚な魔力の奔流が、彼女の足元から冷気を噴き上げさせる。


「おおっ、ミラはん必殺技!?」


フランが目を丸くする。

必殺技ではない。こんなことは容易い事だと、何故だかそう思えた。

身体は羽のように軽く、無限の力が指先から溢れ出してくる。


ミラが右手を振り上げると、空気が凍りつき、巨大な氷壁が地響きと共にせり上がった。

それはただの氷ではない。

黒に近い濃紺の、禍々しい魔力を帯びた絶対零度の壁。


そんなミラの姿を見て、シアンは僅かに目を見開いたが、すぐに納得したように頷いた。


「……やはり、そうか」


シアンは炎球をさらに巨大化させた。

だが、その表情には先ほどまでの試験官としての余裕はなく、深刻な色が浮かんでいた。


「この炎は脅しで消すつもりだったが……そうはいかないな」


放たれた灼熱の炎塊が、ミラの氷壁と激突する。

ジュウウウウッ!!

凄まじい水蒸気爆発が起き、視界が真っ白に染まった。


フランが悲鳴を上げて防御姿勢を取るが、爆風が彼女の盾を粉砕する。

咄嗟にミラは、無意識のうちにもう一枚の氷壁を展開し、フランと自分を衝撃から守った。


蒸気が晴れていく。

演習室は水浸しになり、壁の一部が凍りついていた。


「驚いたな。……まさか、同類だったとは」

「えっ……? 何のこと?」


気がつくと、先程まで離れた場所にいたシアンが、目の前に立っていた。

その灰色の瞳が、赤く染まったミラの瞳を至近距離で覗き込んでいる。

そこには、同情とも、共感とも取れる複雑な光があった。


「自覚なしか。……その目はまずい」


シアンはミラの額にそっと指を当てた。

その手つきは、不思議なほど優しかった。


「すまないが、少し眠ってもらう」

「な、なにを……」


耳元で低く囁かれた瞬間、強烈な睡魔が襲ってきた。

身体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「ミラはん!?」


駆け寄ろうとするフランの手より早く、シアンがミラの身体を抱き止めた。

赤い瞳を、誰にも見せないように。


「大丈夫だ、魔力を使いすぎたらしい。俺が責任を持って保健室へ運ぶ」


シアンの声が遠のいていく。

薄れゆく意識の中で、ミラはシアンが呟いた言葉を聞いた気がした。


『……よりによって、この血か。アルも業が深い』


そこでミラの意識は、深い闇へと沈んでいった。

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