二話 知らない
ルーテシアは眩しい朝日に目を覚ました。
柔らかい。
ここがベットの上だと気づくと、この感覚がベットだと、記憶にインプットする。今まで冷たい床で寝ていたので、フカフカのベットと暖かい布団が気持ちよかった。
「よう。嬢ちゃん」
いつの間にそこに現れたのか。ルーテシアはゆっくりと声の主を見る。
誰だっけ…。
すると昨日の出来事が鮮明に蘇ってきた。逃げろと言われたこと、記録に書かれたことを言っただけなのに殴られたこと、それがとても痛かったこと、多分この人に抱えられたこと。それと。
「シャルル・ジャエノン」
彼女はどうなったのだうか。国兵から必死に逃がそうとしてくれたシャルルは、どこにいるのだろうか。
「あぁ、あのレディなら心配いらないぜ。俺が安全な場所まで送ったからな」
ルーテシアの心を読んだように大丈夫だと微笑む。
「自己紹介がまだだったな。俺は──」
「レオ・ブラック。自称世紀の大泥棒。金、銀、宝石、絵画構わず盗みを働く。その犯行の手口は、時に派手であったり、時に地味であったりと読みづらい。稀に悪徳業者や不正を働く貴族の悪事を暴く。一部からは支持されるが、悪事を暴いても金目の物は華麗に盗んでゆくため、犯罪者には変わりない」
「随分と辛辣だな」
さっき起きたばかりなのにお喋りなお嬢様だ。と笑いながら付け加え、部屋を出ていった。
鳥の鳴き声がする。塔で聞こえるものとは少し違う。
ルーテシアは起き上がろうとしたが、背中が痛くて諦めた。
「痛い」
「当たり前ですよ。完治するまで大人しくしてください」
部屋に入ってきたのはレオともう一人、眼鏡をかけた黒髪の男だった。
「酷く腫れているからね。はい、服脱いで」
男はルーテシアの体を優しく起こして言った。
「あれ?レオから聞いてない?」
キョトンとしているルーテシアを見つめると、男は吹き出した。
「ごめんごめん。まだレオから聞かされていないんだ」
レオ、ダメじゃないか。ちゃんと説明しないと。笑いながらレオを叱責する。
この人たちは笑ってる。
ルーテシアはわからなかった。
「ごめんね、ルーテシアくん。驚いてるだろう?僕は──」
「知ってる。リュカ・マーティン。腕の良い医者で、嘗ては先代国王陛下の主治医を務めた、若きエース。しかし、手術失敗で死刑宣告されたものの牢屋から逃走。それ以来行方不明」
ルーテシアから淡々と述べられる事実に、リュカは驚きを隠せなかった。
「だから言ったろ?辛辣だって」
「これは凄い。という訳で服、脱いでもらえる?背中の腫れを見ます」
ルーテシアはボタンに手を掛けて、一つ一つ外していく。
「レオは出てってね」
「へいへい」
レオが部屋から出ていった頃には、ルーテシアの背中の痛々しいアザが露わになった。
「少しは引いたみたいだね」
リュカが背中に温めたタオルを当てて包帯で巻いた。
「内出血が止まって腫れが引き始めたら、こうやって患部を暖めるんだよ。アザを残りにくくするためにね。まあ君は知ってるだろうけど」
ルーテシアは何も言わない。
「君はね、ここに運ばれてから丸二日は眠っていたんだ。お腹が空いたろう。後で食事を持ってくるよ」
包帯を巻き終わり、ルーテシアが服を着るとリュカは薬箱を片付けて立ち上がった。
「君は聞かないんだね。国兵が君を狙った理由も、レオが君をここへ連れ去ったのも」
ルーテシアは答えない。
「それとも、君は全て知っているのかい?」
ルーテシアは俯いたまま。まるで答えなど持っていないかのように、シーツをぎゅっと握る。
リュカは溜息をつくと「おやすみ、ルーテシアくん」と言って、部屋から出ていった。
私は知らない。国兵の目的も、レオが私を連れて来た理由も。あの塔に居れば、知る必要の無いことだったから。記録には書かれていなかったから。
ルーテシアは背中の痛みを無視して、膝を抱いて蹲った。
シャルル・ジャエノンが言った通りだった。あの塔の世界は小さい。そんなことを思って、ルーテシアは眠りについた。