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魔王だって大変なんです  作者:
序章 魔王の在り方
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第01節 やって悔やもう

「んー…………」


 持参のノートPCの画面を難しい顔をして見据えながら、悩ましく唸る。

 上下黒いジャージに、黒い縁の眼鏡。あどけなさを僅かに残した端整な面持ちは、中々に女性受けしそうな健康的な魅力を兼ね備えている。

 紫煙を吐き、

「まぁ、仕方ないか」

 そう呟いた。


 玉座のみが点在する空間――玉座の間にて、今その青年――才藤孝富(さいとうたかとみ)は業務をこなしていた。

 書斎は魔王になってからというもの掃除をしていない為、十数年分の資料や本の類で埋め尽くされ、使えない状況下にあり、食堂でやるというのもアレだからと玉座の間を選んだらしいが、玉座の肘掛に灰皿を置いて、膝の上にノートPCを乗せ作業する魔王が今まで存在しただろうか。いやない。

 ……まぁ、書斎を掃除すれば済むだけの話なのだろうが、十数年分の、それこそ唯のゴミ溜まりだったらまだしも、書類や本の類である為、整理をしながらの掃除を強いられる。掃除や整理の嫌いな人間でないものの、十数年分となると話は別のようで、メイドに任せようかと悩んだようだが、下手に書類や本を捨てられたり仕舞い込まれようものなら後々面倒になるからと結局頼まなかったそうな。

 

 膝の上に置かれているPCの画面に映っているのは、今孝富の統治下にある村や国の状況だ。収穫物の総量、人口の増減、新たな武装等の開発状況等、様々な事柄が細かに記されており、そう言った確認が苦手な者が目の当たりにしようものなら眩暈を起こしてしまいそうである。

 元より、天恵を受け、勇者としてこの世界に降り立った彼だが、その天恵こそ勇者側よりも魔王側に着いた方が役立つ事が多かった。

(本当、【天知(てんち)】って便利)

 【天知】。

 天恵として受けた力の一つであり、知りたいと思った事全てを知る事が出来るものだ。その性能故、勇者だった頃は滅多に使わなかったのだが、魔王になった途端、統治下に置いた村や国の情勢を村長や国王に聞きに行くのが面倒になったようで使い始めた。そうしたらどうだろうか、ちょこちょこ聞きに行かずとも情勢を確実に、正確に知れるではないか。引き籠もりが悪化するとか言わない。

 【天能(てんのう)】と称する力も有しているが、此方に関しては魔王になっても基本使われない力だ。

 理由は、圧倒的であるが為。

 戦闘面、説得面、士気増強面、ありとあらゆる事柄に対応可能で、上手い事組み合わせる事が出来れば、一週間と掛からず全世界を支配下に置く事も可能だとか。唯、全世界を支配下に置こうものならより日々唸らなければならなくなる為やらないとの事。

 孝富曰く、勝利が、栄光が確約されてしまう能力。

 総じて【天知天能】と彼は呼んでいる。

 馬鹿馬鹿しくなるくらいに圧倒的で、至高で、最強の能力のようだが、決して彼は多用も、勿論乱用もしない。

 先の事が確約されてしまった日々程面白くないものはない。

 だから、多用も、乱用もしないのだ。

 手の内を全て晒さないという点もあるようだが、基本的には面白くないからという理由で多用も、乱用もしていない。

 

 一旦休憩、と肘掛の灰皿で煙草を消し潰し、背凭れに掛けてある外套を取るため腰を上げようとした、その時だった。いきなり正眼の風景が歪み、ぼやけ、やがて、ぐい、と切り開かれた。

「おお、お帰り。どうだった?」

 切り開かれた空間に向け、特に意に介する事無く問いかけた。

「アスベルが不味いわね」

 染める前の絹を思わせる白い髪に、血のように紅い瞳。

 黒い、漆黒のドレス姿の女に、

「どう不味いんだ?」

 と問い返す。

「ほら、あそこって採鉱で政経賄ってるじゃない? だからそれで労働者の多くが今珪肺で苦しんでるらしいの」

「珪肺か……。んー、不味いなあ。対処のしようがない」

「えっ?」

「対処のしようがないんだ。蘇生やら肺の中から不純物を取り除く魔法なんていうのはゲームの中だけの話だ。そんな便利な魔法もなければ、道具もない」

 どうしたもんかな、と顎に手を当て思考を巡らせる。

 寿命を延長させるだけなら可能だが、それでは長い間苦しむだけになる。

 ならいっそ――いいや、出来る限りの治療はしてやりたいところだ。

 統治下にあるのなら、どうにかして救いたい。……流石に死人を蘇らせて欲しい等という注文は聞けないが。

(蘇生……。いや、待て)

 そこで、引っ掛かった。

「そうか、ああ、そうか! 対処法あるわ!!」

 指をパチンと鳴らし、満面の笑みで頷く。

「本当っ!?」

「ああ、本当だ。生き返らせなければ良い。長い間苦しんで、苦悶の海に沈んで逝くのが宿命なら、任せろ。引き摺り上げてやるさ」

 玉座から腰を上げ、外套を引っ手繰る。

 黒を基調に、金糸で刺繍の施された王専用の外套。

 最早外出用のコートと同じような扱いになっているが、使われないよりマシだろう。

「ロス、万全か?」

「ええ、勿論!」

 立ち上がった孝富の腕に自らの腕を絡め、上目遣いに頷く。

「まぁ、百パーセント上手く行くかと問われれば微妙なところだろうが、格好付けて引き摺り上げてやるなんざ言っちまった手前、やらないよりやって後悔しよう」

「そうね。やらないで後悔するのなら、やって後悔しましょう。もし最悪な結果になってしまったら、その罪は一緒に背負うから」

「ああ、その時は遠慮無く頼らせて貰うよ」

 赤絨毯の上を歩み、玉座の間を後にする。

 行くは統治下、北東の鉱山村・アスベル。

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